雪山サバイバル十四日目(中)

どれくらいの間待っただろうか。

仕掛けた袋爆弾は、もはや自然に破裂しそうな程、パンパンに膨れ上がっている。


そして遂に、何度感じても慣れないあの地面の震えと共に、その時が来た。


「来た」


クロとゆみちゃんに小声で小さく合図する。

覗き窓として開けている、拳大の小さな穴から外を伺う。


竜だ。

灰色の皮膚にギョロリと覗いた爬虫類を思わせる目玉。頭の先から尻尾の先までならば、10mはあろうかという巨体だ。


暴君のその姿に、心に刻まれた恐怖が鎌首をもたげる。冷静にいこうという志とは裏腹に呼吸が荒くなる。


先日と違い、口の周りと、胸から腹にかけての体毛が赤黒く染まっていた。

どうやらお食事を済ませて来たらしい。


真っ直ぐに、そしてゆっくり、巣に向かって歩いて来た。


巣の手前でぴたりと足を止める。様子がおかしい。


顔を擦り付けるように地面に近づけて、巣の周りを徘徊し始めた。


匂いを嗅いでいるように見えるが。

俺達が来た痕跡を、見つけられたのだろうか。


「お兄さん……」


不安そうに声をかけて来る彼女を、手で制して押し黙る。

見つかれば終わりだ。


ぐっと静かに頷きながら、彼女の手を握る。手は震えているが、ぎゅっと握り返して来た。

しばらくすると落ち着いたのか、震えは止まった。


ゴォォォ……


ヤツの喉の奥から聞こえてくる唸り声。無限にも思える時間が流れる。


ォォォォ……


ゆっくりと頭を上げて、巣に向かうようだ。ズシンと地を鳴らしながら歩いて行った。


どうやら、見つからなかったらしい。

ひとまず胸を撫で下ろす、しかし本番はこれからだ。


雪洞から出て、竜の巣に向かう。


全力で駆けてしまいたい気持ちを抑え、気取られないよう慎重に近づいていく。

歩きながら松明に着火して、いつでも投擲できるよう準備をする。


ゆみちゃんには、かなり手前の地点で待つように指示して、俺だけがクレーターの外周から顔を出した。


そこで見えたのは、今まさに、膨らんだ袋を一つ咥えようとする竜の姿だった。


次の瞬間、パァンという音と共にパンパンに膨らんでいた袋が破裂した!

一気に周囲に撒き散らされる気化燃料。一瞬驚いた竜と目があった気がする。


「伏せて!」


彼女らにそう叫びながら、松明を巣の中心、竜に向かって投げ込んだ!

松明が描くその軌跡を、目で追うより先に、俺も巣の外側に伏せて耳を塞ぐ。


一瞬、音が消えた。


するとすぐに巣の向こうから、どぉんと言う轟音と共に、辺り全てを吹き飛ばすような衝撃波が襲った。


辺りは太陽が地球に降り立った、とも思えるような明るさで黄金色に照らされ。黄色と黒で着色された悪魔の舌が天を舐める。


少し離れた位置で伏せたにも関わらず、俺は体の上を過ぎる熱風で、後方へ転がってしまった。


視界が回る。


数メートルは斜面を転がったようだが、まだ手も足も付いている。幸いにも生きている事に喜び、体を起こした。


少し離れた位置で、ゆみちゃんが何か叫んでいるが、聞き取れない。

耳の奥でキーンと言うばかりで、馬鹿になった耳では音が拾えないようだ。


「上手く行ったか!?」


巣の方を見ると、めらめらと揺れる炎と、真っ黒な煙が天に登っていく。


自分の身体を確認するが、命に関わる怪我は無さそうだ。そこら中を打ったらしく痛みがあるので、しばらくは動くのが億劫になりそうだが。


やり遂げた達成感と安堵で、俺は立ち尽くし、黒煙を見上げるのだった。

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