雪山サバイバル十三日目(後半)
「硫化水素はどうだろう」
「硫化水素……毒ガスですか?」
そう毒ガス、腐った卵の匂いのアレだ。
「うん、毒性としては酸素が必要な生き物であれば効果があるはずだ。温泉があるから、高濃度で溜まっている場所もあるかもしれない」
「そう考えると、硫黄とかも取れるかも知れないですね」
「確かに、硫黄が使えるとなると、黒色火薬や硫酸も作成できるか……?」
「それに硫化水素なら可燃性もあるから、燃やしてしまうのも期待できるかも?」
可燃性という言葉に引っかかった。
「うん。可燃性……まてよ」
誰もいない斜め上の壁を見る。考え事をする時に、思わずしてしまう癖だ。
そう俺は思い出した、人類が精製した燃える水が手に入る可能性を。
爆発的な熱量を生むアレならば、確実に殺し切れるだろう。
「そうだガソリンが手に入る、かもしれない」
「ガソリン? あっ車ですか?」
「そう、あの所有者の居ない車だ。タンクから抜き出せれば使えるはずだ」
普段触れる事が多い燃料だけあって、危険性には目を瞑っているところもあるが、取り扱いによっては恐ろしい破壊力を生む。
(ただ撒き散らして火をつけるだけでは自殺になるか、ある程度工夫すれば……。)
ぶつぶつと小声で唱えながら考え事をしていると、ガタガタっという物音が聞こえた。
そちらを見ると、ポリタンクを持ったゆみちゃんが物置から出て来ている所だった。
行動が早いな。
「その作戦で行きましょう!」
「うん、とりあえず探しに行こうか。ガソリンはあるのか確認しよう、無ければ他の手段も考えに入れて」
……
手早く装備を整えて、以前車を見つけた場所まで歩いて戻る事にした。
彼女には一人で行くと告げたのだが、どうしても一緒に来ると言うので同行している。するとクロも着いて来るわけで、二人と一匹のいつものスタイルである。
ざくりざくりと、聞こえるのは足音のみの静かな旅路だ。
昨晩は吹雪いていたようだが、今日はもう天候は回復したようだ。風もなく、進みやすい。
一度歩いた場所だからか、目的地が決まっているからか。
以前に比べると、驚異的なスピードで踏破する事ができた。
何より目的地が決まっている事と、どの位の距離なのか、わかっている事が精神的に大きかったのだろう。
「かなり早かったですね、まだお昼位ですよ」
「そうだね、これなら暗くなるまでに戻れるかも」
お互いに顔色を確認し合うが、元気そうだった。
「どうやってガソリンを抜き出すんですか?」
「それは考えてある、上手くいくと良いんだけど」
後部座席に水道のホースがある事を確認する、奇跡的に破損はしていなかったようだ。
ナイフで手頃な大きさに切断した。
そして給油口を開けてホースの片側を突っ込んだ。もう片側の端を口で咥えて、ガソリンを吸い出す。
ガソリンが口の中に入って来ないよう注意しながらだ。
管の中が液体で満たされた事を確認すると、口から放して、ポリタンクに先端を入れる。
灯油ポンプと同じ仕組み、サイフォンの原理だ。スムーズに、そして静かにガソリンが移動していく。
ポリタンク内に十分な量の燃料が移った事を確認して、ホースを外し、キャップを締めた。
「おおーっいけましたね!」
ここまでは予定通り進んでいる。あとは、こいつを持って帰るだけだ。
ロープで背負い紐を作り、ポリタンクを背中に背負う。
水より比重が小さいとはいえ、15キロ位はありそうだ。これを手で持って帰るのは辛いだろう。
「ガソリンってこんな容器に入れても破裂とかしないんですか?」
「しないと思う。この温度でも少しは揮発するだろうけど、この位の時間じゃ問題は無いだろう。もし危なそうだったら偶にキャップを外して圧を抜こう」
「わかりました!」
「じゃあ戻ろう、目的地はログハウス!」
「はいっ!」
……
荷物が増えたので、少しかかる時間は増えたものの、今日のお日様がお別れの挨拶をする頃には家に戻る事が出来た。
「疲れた……寒いっ」
「さすがに……辛いですね」
歩き通しだったので、二人とも疲労困憊だ。燃料の入ったタンクは外に置いて、そそくさと薪ストーブで温まる。
「竜の巣には明日行こう、今日はしっかり食べて、寝て、準備しよう」
「はいっ!」
今は気力体力の回復こそ、生き残る為に必要だ。
「でも今晩、大丈夫かなぁ……」
不安が顔に現れている。昨日の今日だ、無理もない。
「不安なら隣で寝て上げようか?」
先日は彼女はベットに、俺はフローリングにクロと寝ていたのだ、まぁ気を使ってたんだが。
「いいんですかっ!?」
「……えっ、うん、まぁ」
冗談のつもりだったんだが、グイグイ来られて逆に困ってしまった。
「やったー! 寒いし、心細かったんです……なんてね」
「えっ」
などと言いながら、夜は更けていったのだった。
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