雪山サバイバル十三日目(前半)
昨晩、竜に破壊されたドアを補修しながら考える。今後の事を、いや、あの竜の対処法を。
ゆみちゃんは肩を落とし悄然としている。襲撃の後、眠れなかったのだろう。
かくいう自分も魂魄に刻まれた恐怖が、すぐにでも心を支配しそうである。
この環境に置かれて以来、生き残る為に必要なのは物質的な充足だけではない、精神力こそ生存力に直結していると感じる。
この理不尽を乗り越えて生きる為には、恐怖を従えて行動する他ないのだ。
……
日曜大工が終わり、風通しの良かった室内も落ち着きを取り戻し、人間らしい住居となった。
暖炉の火で身体を温めながら、切り出した。
「あの竜の事なんだけど、良いかな?」
「はい」
ついに来たかと、そんな表情で返事をする。
「殺そう」「逃げましょう」
暫しの静寂。
どうやら意見が分かれたようだ。
「えっ、無理無理無理無理!無理ですよ!殺すって!?第一どうやってやるんですか?」
「やり方はこれから考える」
「そんな……」
何を言っているんだとばかりに、オーバーリアクションで天を仰ぐ彼女。
誤解が生まれないように、慎重に言葉を選んで続ける。
「落ち着いて聞いてほしい、逃げるのも良いと思う。でもこの拠点を捨てる必要がある事、逃げた先に何がいるとも分からない事、竜が追いかけて来ないとも限らない事を考えると、先手を打って奴を排除した方が生存率が上がるんじゃないかと思うんだ。」
「俺は生き残れる確率が高まるなら、何でもしたい」
「それは……この付近には他の大型生物は見ないし、もしアレが居なくなったらしばらくは安泰でしょうけど」
それも竜を排除する事の理由の一つだ。逃げた先の不明な脅威より、強大だが正体の見えた脅威の方が対処しやすい。
「うん、竜の縄張りがあるんだと思う。恒久にとはいかないけど、上手くいけば、しばらくは他の捕食者も来ないだろうと思う」
「でもあんなの倒すは無理ですよ」
「どうして倒せないと思うのかな」
「だって単純に、大きくて強いですよ。敵わない」
そう、でも。
「うん“大きくて強いだけ”だ」
「死なない生き物はいないんだから、頭を絞れば何か手段が見つかるはずだ。まずは竜を殺す方向に頭をスイッチして、手段を一緒に考えて欲しい。上手くいかなければ逃げる方法を一緒に考えよう」
「うーん、でも」
難しい顔で暫く呻いていたが、心が決まったようだ。今日一番の威勢のいい声で答えてくれた。
「わかりました!」
方針は決まった。
……
「まずは、竜の生態について考えて、作戦を練ろう。気がついた事を二人で上げていくのがいいとおもう」
「はい!まず竜は大きくて、力が強い。ドアを破っても怪我ひとつ無いようでした」
「確かに、体表は硬いと見て良さそうだ。鱗なのか硬い皮膚なのかは分からないけど」
「後、ドラゴンっぽいですけど体温は高く維持しているんじゃないかと思います」
「うん、俺もそう思う。爬虫類よりは鳥類か哺乳類に近い気がする。胸から腹に体毛があったのは気がついた?」
「それは見てないです、体が大きいので、この寒さでも体温維持が出来るのかなぁって」
図体が大きければ、体積における表面積の割合が小さくなるので、体温維持は容易になるだろう。
「重要な臓器が胸から腹にあって、体毛はそれを保護し温度を維持する役割なのかも」
だとすると、腹部や胸部が弱点とも言えるか?だが目玉が頭部にある以上、脳も頭部にあると考えて良さそうだが。
脳が二つあると言うのはどうだ、胸部と頭部に二つの脳、可能性はあるな。
「前足が小さくて、後ろ足が大きいです」
うん、と頷く。
映画で見た暴君竜のシルエットに似ている。
「うーん、喉が鳴っていたし、肺呼吸でしょうか」
「うん、今まで解体してきた生き物達から考えても、地球の生物と似た構造の部分が多いと思う」
思いつく限りの特徴を上げていったところで。
「お腹を刺す?」
彼女の口から、物騒な言葉が飛び出した。
急所と思われる部分を、物理的に断つのは良いアイデアだ。
「急所までどれくらいの厚みがあるかなんだよね、これ位じゃ血も出ないかも」
そう言いながらナイフを取り出して見せた。例えば象のお尻にコイツを刺したとして、到底殺せるとは思えないし。やつの体表は象の尻よりも分厚い可能性がある。
「目を突き刺すか?」
「痛そうだけど、死なないんじゃないですか」
確かに。脳まで届くとは思えないし、ちょっと暴れられただけで、簡単に此方がやられてしまうだろう。
「毒を食べさせる?」
「いいかもね、どうやって毒になるものを手に入れるかは問題だけど」
「爆弾で爆発させる?」
「うん、それも良いかも。例によって爆弾が手に入ればだけれど」
使えるのは、この雪山にある素材だけだ。毒や爆弾になりそうなものはあっただろうか。
考えを巡らせる。
「落とし穴に落として、槍や石をぶつけるか」
いつか見た教科書に書いてあった方法だ。原始的だが、上手くハマれば実現できるかもしれない。
罠という考え方もあるだろう。
必要なのは、必ず仕留める事だ。半矢で仕留め損なうと反撃されるだろう。そうなれば狩られるのは、こちら側と言うことになる。
できれば一撃で、確実に絶命させる方法。
もしくは安全に、気付かれずに絶命させる方法は……。
暫く思案した上で、口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます