雪山サバイバル十日目(後半)
ギィという音と共に扉は開いた。
「入りますよー」
アイゼン、ゴーグルを外し薄暗い部屋に目を慣らす。
締め切った部屋特有の埃っぽい匂いが鼻をつく。ぱっと見ただけでわかる、生活感の無い室内。
目につくのは壁に飾られている鹿の剥製。五つの首が並んでいる異様な光景だ。
家具は、木製のテーブルとマットの無いベット。マットがなくて骨組みが剥き出しなのは、つまりしばらく使われていないということだろう。
部屋の角に、薪ストーブが備え付けられていた。薪も近くに積まれている。上手く使う事が出来れば、暖をとることが出来そうだ。
(奥にもう一部屋あるな)
奥の扉の先は、物置のようだった。空のポリタンク、天板の無いドラム缶。中身は分からないがダンボール箱も積まれている。
棚には工具と思われる道具たちと、ノコギリが置かれていた。
部屋の状況からして、家主は不在だろうし、緊急避難だ。この家を使わせて貰おう。
「大丈夫ですかー?」
後ろから声がかけられた、中々出てこないので待っていられなかったのだろう。
「あぁ、大丈夫。ここには今はだれも住んでいないみたいだ」
「へぇー、残念ですね」
まぁ、残念か。敵意あるものがいなくて安心してはいるのだが。
「そんなだから家にあるものを使わせて貰って、ここでしばらく休ませて貰おう」
「わっかりました!」
二つ返事で承諾してくれた。
「ひとまず、使えそうなものを探してみよう」
「はいっ!」
元気の良い返事。そう言うと、一緒にダンボール箱の中身を探り始めた。
……
外はもう暗くなっているようだ。
ぱちぱちと、自分の役割を思い出した薪ストーブが炎を抱えている。
少し曇ったドアガラスの中では、先程くべた薪が力強く役目を果たしているようだ。
その光が、二人の顔を黄金色のペンキでも塗ったかのように照らし出す。
「あったかいなぁ」
「うん」
今では上着が必要ないほど、室内が温まっている。家って良いなぁ。
さて、住居の問題が解決したところで、次は食事だ。
フローリングの床に、見つけ出した食料を並べている。
ずらりと並んだ缶詰。非常用に備蓄してあったのかダンボールに詰め込まれていた。
しかし、その殆どが英語(実は英語かどうかもわからない)のラベルであり、馴染みの無い品物ばかりだ。
「とにかく食べてみようか」
ひときわ大きなChicken soupと書かれた品を手に取り開封する。中身は、濃縮されたスープのようだ。うどんのような麺と鶏肉がぎっしり詰まっている。
おそらく、鍋で水を加えて温めるのだろう。ストーブの天板で、湯を沸かしていた鍋に投入する。
しばらく加熱すると、立ち込める鶏出汁の匂い。美味しそうだ。
物置にあった金属製の容器に取り分けて、頂くことにする。十分、二人分の量があった。
ずずっとすする。
「美味いっ!」
「美味しいっ!」
スープは、湯で薄めすぎたのか薄味だったが、疲れて固形物が入っていない胃には最高の癒しだ。具の方はうどんも鶏肉も、歯が必要無いほど柔らかくて、優しい味わいだ。
あまりの空腹に二人とも無言で、ずるずると一気に食べてしまった。
大満足の食事会だ。
暖かい家で、暖かいスープを飲んで、ほっとした。なんだか涙が出そうだ。
目線を正面にやると、彼女は声を殺して泣いていた。
「うっく、うっく」
「だ、大丈夫?」
「うぅ……」
頷きながら、返事をする。
「食べ物もないし、寒いし、死ぬかもって何回も思って、でもどうしようもなくてっ」
どんどん言葉が溢れてくる。
「それで、ストーブついて、ご飯食べれてっ、安心してぇっ助かったって思って」
「わああああああああっ」
堰を切ったように大声で泣き出した。
今まで気丈に振舞ってはいたが、彼女だってまだ10代の少女だ。この過酷な世界で生き残るために、己を押し殺していたのだろう。
あぐらをかいた俺の腹に抱きついてくる。そのまま、彼女の頭をぎゅっと抱えてやった。
「うううううう……」
「……」
しばらくして、静かになったと思ったら寝息が聞こえてきた。
ごろんと俺の膝の辺りで転がり、仰向けに寝ている。
どうやら俺が膝枕をする事になったようだ。このままだと動けないのだが。
「……まぁ、いいか」
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