雪山サバイバル十一日目(前半)
「んー……」
目を覚ます、窓の外はもう明るい。昨日はどうなったんだったか。膝枕をしている間に、俺も寝てしまったようだ。
ばさりと体を起こす。
熊の毛皮のようなものが、毛布のかわりにかけられていた。ゆみちゃんが気を使ってくれたのだろうか。
何か物音がする方向を見る。
視線の先では、むしゃむしゃとコンビーフみたいなものをクロが食べている。
「目、覚めました?」
後ろから、声をかけられた。
「ああ、おはよう。寝坊してしまったみたいだな」
のそりと起き上がる。薪ストーブもすでに火がつけられていて部屋は暖かい。
雪洞やイグルーでは小さく丸まって、寝てるのか寝ていないのか、わからない夜もあった。手足を広げて、こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだ。
「おはようございますっ!雪洞暮らしじゃあ満足に眠れませんでしたから、寝溜めですよ!」
「確かに、久しぶりに手足を伸ばして眠れたね。生まれ変わった気分だ」
「あははっ生まれ変わったは言い過ぎですけど、コーヒー飲みます?」
生まれ変わったは言い過ぎだろうか?生き返ったという表現の方が良いかな。暖かい住居があり、食料があり衣服も欠いていない。
衣食住とはよく言ったものだ。
そういえば、コーヒーはもう無くなったのでは無かっただろうか。
「コーヒーってもう無くなったんじゃないかな?」
「あー、いえ、この家にコーヒー豆があったんですよ。ドリッパーとペーパーがあったので、豆もあるだろうなと探したらありました!」
そう言いながら、カップなどの器具を用意し始めた。
「あ、本格的なやつだ?」
「うーん、インスタントよりは手間がかかるかな?でも豆も焙煎されて粉に挽かれてましたし、ドリップするだけ。そんな本格的でもないですよ」
「おおーなんかわからないけど詳しいんだね」
生まれてこの方、自分ではインスタントコーヒーしか淹れた事はない。コーヒーは好きだが、コンビニコーヒーで大満足の人間だ。
「お父さんが、コーヒーに凝ってて。淹れ方とか、ちょっと教えて貰った事があるんですよ」
そう言って、腰に手をやって続けた。
「ゆみ、コーヒー豆は生鮮食品だから、飲む直前に挽くのが一番美味いんだ。なんてね」
全く伝わらないがお父さんのモノマネだろう、妙な口ぶりでそう教えてくれた。
そうこうしているうちに、コーヒーにお湯が注がれる。こぽぽという水音の後、すごく良い香りが漂ってくる。
「うわっ良い匂いだなぁ」
「ですねー」
しばらく待った後、湯をくるくる回しながら注ぎ始める。なにか作法があるのだろう。
「さあ、どうぞ。お砂糖は残念ながら切れてるので、そのままです」
「ありがとう」
口元に近づけ香りを楽しんだ後、ずずずっと飲む。液面は真っ黒で濃すぎるかと思っていたが、そうでもなく、さらりと飲みやすい。それでいて香りは特に良いのだから最高だ。
「あっ美味しい」
「ほぅー落ち着きますね」
しばらくコーヒー談義が始まった。
その後は朝食会となり、新種の缶詰に舌鼓を打ったのだった。
……
「今日は、温泉の周りを探索してみようと思う」
改まって、ゆみちゃんとクロに今日の予定を告げる。寝坊したので、もはや昼前だが。
「はいっ!」
「そこで、ゆみちゃんには留守番をお願いしたいんだけど」
「おっけーです!ちょうどいいです、濡れた装備とか、服とか、乾かそうと思ってたんで」
そういえばそうか、ずっと着た切り雀という訳にもいかないよな。濡れていると急激に体温を奪われるし。俺の装備も持っていかないものは、一緒に乾かして貰おうか。
「クロはどうする?」
彼はふいっとこちらを見たかと思うと、すぐに顔を背けて寝てしまった。どうやら留守番が良いようだ。
「じゃあクロは留守番だな。よし各自仕事開始っ!」
「おおー!」
……
温泉の周りは流石に雪も少なく、アイゼンは置いてきた。ブーツの滑り止めで十分だ。
今日は風も雪もなく、比較的歩きやすい。
外周をぐるりと回って歩いていると、水音が聞こえた。
(何かいる?温泉内に?)
見逃すまいと、音の方を見つめる。
その時、パシャリと言う水音と共に水面で何かが跳ねた。
魚か、それに準ずる生き物がこの中に居るのかもしれない。温泉内に生物がいると言うのは予想外だった。
何か、あれを捕まえる手段を考えておこう。
「おっ」
生き物がいるものだと思って水中を見ると新しい発見があった。
貝のような生き物だ。アワビのような一枚貝に似ている、岩場に張り付いているようだ。
素手でとってみようとするが、硬くて取れない。
「うーん」
少し隙間が空いている部分にナイフを刺し込んで、ぐっと引き剥がす。
今度はぺろりと取ることができた。
じっと観察する。
殻はゴツゴツしていて牡蠣の殻に似ている。身の部分はアワビに近い。
異様なのはその殻だ、灰色に近い黒でわずかに光沢がある。そして何より恐ろしく硬い、この質感は鉄もしくはそれに準ずる金属だ。
温泉に含まれる金属を濃縮して、殻にしているのだろうか。それとも自前の殻に金属が付着しているのか。
理由は定かではないが、とにかく金属質な殻を持つ貝を手に入れた。
完全に勘だが、こいつは美味しそうだ。
……
温泉をぐるりと一周し、家の前まで戻ってきた。
「外周一周、歩くだけなら30分てところか」
途中、採集などをしたので、その時間を省いての予想所要時間だ。
足場に慣れば、もう少し速く回ることは出来るだろうが。
まぁとにかく広い。まともな温泉の規模ではない。
外周部分はどこも湯温は体感40度ほどだが、中心部はもっと熱いんだろうか。
「また、調べるとしよう」
一先ず、帰宅する事にした。
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