雪山サバイバル九日目
空が白み始めた頃に、活動を開始する。
どうやら天候に恵まれたようだ。
「でも……寒っ!」
小窓から外を確認していると、後ろからゆみちゃんが応えてくれた。
「やっぱり朝、起きた時が一番冷えますね。お砂糖たっぷりのコーヒー淹れますよ?」
「ありがとう」
もう慣れた手つきで、ナマズランプの火を使い、雪解け湯でコーヒーを淹れてくれた。
手先をコップの熱で温めて、火傷しない温度になったコーヒーをぐぐっと飲む。砂糖たっぷりのそれを飲み干すと、一気に元気が湧いて来た。
「あーなんか血糖値バーンって上がってる気がする」
「来てる来てる、バーンって来てますね!」
二人でカフェインと糖分は偉大だ!などと、ひとしきり騒いだ後、クロにも冷ましてから分けてやった。
もう餅も全て食べてしまったので、食料は無い。なんとかしなければ、これから絶食状態で日々を過ごす事になる。
先頭は俺、真ん中がゆみちゃん、しんがりをクロが務める隊形だ。
昨日の化け物に出会わない事を祈って出発した。
……
「はぁーはぁー、なんだろうあれは?」
どれくらい歩いただろうか。
遠目から見て、白い煙が上がっている場所を見つける。
「何ですかねぇ?」
煙の正体はわからない。
しかし相談の末、そこを目指して歩いて行く事にする。
この世界に来て初めて分かった事だが。
地図も、コンパスもなしに道のない場所を歩き続けるというのは、肉体的にもそうだが、精神的にすごくキツイ。
何か目標を決めないと、足が動かなくなってしまうのだ。
「目標、煙地帯っ!行くぞー!」
「おおー!」
ふるふるっ
クロも尻尾で返事してくれた。
……
ふっと横から吹く風で転びそうになる。
「少し風が出て来たな、大丈夫?」
「……」
そう言って振り返るが、返事は無い。
「ゆみちゃん?」
「……えっ、はい」
彼女の様子がおかしい。
先程から、転びはしないものの歩くスピードが落ちて来ている、遅れるようになってきていた。
声をかけても生返事だ。
朝から何も食べずに、こんな荷物を背負って歩いているんだ。疲れがでない方がどうかしている。
このペースで歩き続けると十分、あの煙の元まで辿り着けそうだが……。
どうするべきか?
もう、今日はこの辺りで野営してしまうか?休憩しながらでも目標地点まで歩き続けるか。
「大丈夫、いけます」
彼女は下を向いたまま、そう言ってはいるが。
明日も天候が良いとも限らない、進むべきだろうか、歩けるうちに。いこう、そう言いかけた時、ぐっと足元を引っ張られた。
ふと目線を落とすと、クロが俺の裾を引っ張っている。
「クロは進むのに反対か?」
クロは、じっとこちらの目を見ている。どうやら、野営すべきという意見のようだ。
「今日はここらで野営しよう」
そう二人に告げる。
「大丈夫、大丈夫、私はいけます」
あわてて、彼女が進もうと意見する。自分の所為でストップしてしまう、という責任を感じているのだろう。
「いや、クロも休みたいみたいだから、ここで休もう」
「……わかりました」
しばらく待った後、そう答えた。
……
雪洞を掘り終えて中に入る頃には、ゆみちゃんは傍目から見てもわかるほど具合が悪そうだった。
がちがちと震え、歯の根が合っていない。
「大丈夫?聞こえてる?」
「……はい、大丈夫」
何を聞いても大丈夫しか言わない、これは大丈夫では無いだろう。
とにかく温めようと、雪洞内に入る。
彼女をリュックの上に座らせ、腕の中にクロを抱かせた。
ふっかふかの毛皮で、触れているとクロはすごく温かい。
寒さに異常に強いし、体温も高い。ヒトとイヌ(?)の種族の、超えられない差なのだろうか。
いや日本ではコタツに入る犬も見たが、犬種によるのかな。
彼女を温めるのをクロに任せて、ランプで湯を沸かす段取りをした。
湯を沸かすその間に、雪洞の入り口も拳大の小窓を除いて埋めてしまう。
こうしておいた方が、風が入って来ないので温かい。
……
沸いた湯を、飲ませてしばらく休んでいる、どうやら元気が戻ってきたようだった。
「すみませんっ」
そういう彼女は、震えも止まって、顔色も戻って来ているようだ。腕の中のクロはその様子をちらりと見て、抜け出してきた。
「いや謝る事はないよ、昨日は俺の方が命を救われたし。お互い様って事で!」
少し考えた後、彼女は笑顔でこう答えた。
「あぁーそうですね、ありがとうございます!」
うん、そうですねって言うのもおかしい気がするが、大事にならなくて本当に良かった。
今は自分だけで歩いてるんじゃないんだ、メンバーにも目を配らないと。
少し反省した。
「外は風が強くなって来たし、外には出られない。今日はもうここで休もう」
「はい」
食料は尽きている。
空腹だ、寒い、不安の種は沢山あるが、騒いでも仕方がない。
彼女も不安を口にせず耐えているのだ。
……
しんと、静まり返った夜。
またぐらぐらと地面の揺れる感覚で起こされた。
昨日よりは遠いか?
今日もあの恐竜が歩いているのだろう。
小窓から外を覗くが、この場所からは姿を見ることはできなかった。
あんな化け物に見つかれば最後だ。
俺達に出来ることは、見つからないよう祈りながら、通り過ぎるのを待つだけだった。
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