雪山サバイバル八日目(前半)
ゴゴゴゴゴ……
やけに遠くの方から地震の音が聞こえてきた。
ここは、揺れも感じないほどだ。
「うわあっ何!?」
地震の音より彼女の声の方が大きかった。
そしてそれに全く動じず、寝続けているクロの肝っ玉も大きいようだ。
「地震みたいだね、この世界に来てから結構あるよ」
「そうなんですか」
「うん」
そんな事を言いながら、出発の段取りをする。
このイグルー内にあった物資は、使えない機器以外ほとんど持って行かせてもらう事にした。
かなりの重量になるので俺とゆみちゃんと、二人で手分けして持つ。
幸いにもザックとピッケル、アイゼンもゴーグルも二人分あった。
何に使うのかは分からないが、彼女はロープも束ねて持って行くそうだ。
束ねると結構重そうだが、大丈夫だろうか。
ただ、これだけ装備があっても全滅した彼らの事を考えると、備えすぎると言うことは無いのだろう。
今日は絶好の天気だ。
「さあ行こう!」
「はいっ!」
……
ざくりざくりと進んでいく。
アイゼンの効果は抜群だ、がっちりと雪面に噛み付いてくれる。
ピッケルが要らないくらいだ、というか効果的な使い方がまだイマイチ分かっていない。
俺が先頭を歩き、その少し後をゆみちゃんが、そしてしんがりをクロがつとめる。
ふっと空を見上げるが、天気も良い。
「そういえば、お兄さんの名前はなんて言うんですか?」
ついに来た、この質問。
実は以前に田中さんと話して居た時にもあったのだが、俺は名前を忘れてしまっている。
記憶喪失かと言われると、それも分からない。
他の事は全部覚えているのに、日本にいた時の自分の名前の記憶だけが、すっぽり抜け落ちている。
いや、まてよ、家族の名前も思い出せない。
「うーん……」
名前を聞いただけなのに考え込んでいる俺の姿に、ゆみちゃんは困惑した表情だ。
「実は、この世界に来てから名前が思い出せないんだ。」
正直に答える。
ほんの少し、彼女の動きが止まった。
「ええっ!大変ですね!」
「まぁ……あんまり不便を感じないけど」
そうなんだよな、あんまり他の人間と接触しなかったからだろうか。
「えー、でも。呼ぶ時困るし。」
「そうだ!思い出すまでの名前付けましょうよ!」
うんうんと彼女は一人で納得して話を進めている。
「たとえば?」
嫌な予感しかしないが、一応候補を聞いておこう。
「うーん、この子がクロだから……シロ?」
「却下!」
「ええっじゃあ…」
「いや、もうお兄さんとかで良いよ」
「そうですかぁ」
しばらく残念そうだったが、すぐに忘れてしまったのか、いつも通りに戻ったのだった。
……
それから小一時間は歩き続けただろうか。
風も雪もなく、余裕がある。
「大丈夫ー?」
後ろを振り返りながら、無事を確認する。
その時だった。
突然、地面が崩れる。
体がふわっと浮く感覚。
いや浮いているのではない、これは落ちている!?
「うわっ!」
ガガガガともザザザザともつかぬ音が耳の横で鳴る。滑落しているのか。
視界が回る、ドンっという衝撃。お尻から背骨に衝撃が走った。
どうやら背中を打ったようだ。
しかし、それでも止まらず斜面を滑り落ちていく。
ざあああと雪を掻き分け進む音、何とか止めようと仰向けの態勢から、うつ伏せに体を捻る。
その間にも、どんどん上がっていくスピード。
雪を掻き分けて滑る音に、いつの間にか風を切る音も混ざっている。
「うおおっ!」
ぐっとピッケルを雪面に突き立てる。
「止まれえええっ!」
ザザザザッ……
ガアンッ!
しかし斜面との衝撃に耐えられず、ピッケルが飛んでいってしまった!
そして、それがきっかけとなる。
また仰向けに戻ってしまい、ヘリのローターのように体が回転し始めた。
ぐるぐると回る視界、そして轟音。
もはや制御不能である。
「うわあああああぁぁぁ……」
どんと言う衝撃とともに、視界が黒く染まった。
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