雪山サバイバル七日目(後半)
「ただいまー」
どさりと今日の獲物を置く。
持って帰る前に首の血管も切って、担いで帰ったので少しは血抜きになっただろう。
「おかえりーって……うわっ!」
白ナマズを持ってきた俺の姿に、びっくりするゆみちゃん。ずさりとばかりに飛び退いて、クロの後ろに隠れてしまった。
「な、何ですかコレ」
「さあ、わからないけど。食べられるんだ」
白ナマズの顔と俺の顔を交互に見やってから、恐る恐る近づいてきた。
「へぇー」
つんつんと突いたり、顔を覗き混んで見たりと観察している。一瞬驚いたようだが、すぐに慣れてしまったようだ。
適応力が高くてよろしい。
「さあ、解体するよ」
「手伝います!」
お腹を裂いて内臓を取り出し、頭を落とす。ウロコも足も無いし、捌きやすいのだ。
ゆみちゃんもてきぱきと動いてくれて、すぐにバラす事ができた。
「これ、どうやって食べるんですか?」
おおよそ綺麗に分けられた時に、声をかけられる。俺も彼女も今日はまだ何も食べていない、腹ペコなのだ。
「赤身の部分を焼いて食べると、美味しかったよ。脂身は燃料に使うから食べなかったけど」
「わぁ、焼肉。良いですね!」
ぱあっと顔がほころぶ。
良い笑顔だ、誰かの為に食事を用意すると言うのが、なんだか楽しい。
日本にいる時は、他人と接することが煩わしいと思ったこともあった。
でもここに来てからは、人とコミュニケーションを取る事が嬉しくて仕方がない。
さあ食事の準備をしよう。
鍋の底で焼こうとしていると、助言があった。
「このコッヘルの蓋、フライパンに使えるよ」
そう言って持って来たのは鍋の蓋だ。
どうやらこの鍋のような器具は、コッヘルと呼ぶらしい。
「おっけー」
さあフライパンに脂身を引いて、肉を投入!
じゅぅと威勢の良い音と共に、美味しそうな匂いが立ち込める。
「「おおー」」
二人の声が重なった。クロもキラキラした目でフライパンを見つめている。
さあ食べてみよう!
ぱくりと二人と一匹が同時に頬張った。
「……」
もぐもぐ
少し硬いが、肉を食っている!という感じがする。
「美味いっ!」
この間よりクセもなくて食べやすい。
前回は少しクセがあったので、今回は血を抜いたのが正解だったようだ。
「美味しいー!」
ゆみちゃんも喜んでくれたようだった。
クロも慌てて食べているところを見ると、好評なのだろう。
あとは締めに、餅も茹でて食べる。
大盛況のディナーとなった。
……
「南高校の2年生なんですよ」
腹も落ち着いて、コーヒーを飲みながら雑談に花を咲かせていると、そんな話題になった。
南高校といえば中高一貫の進学校だ。私立でわりと偏差値も高かったように記憶している。
「へぇ、勉強できるんだ」
「んー、勉強は落ちこぼれです。登山部に入っていて」
「なるほど、どおりで詳しいわけだ」
「でもうちの学校、高校生は2年生からはクラブ禁止なんですよ!ひどくないですか?」
「そうなんだ」
彼女は話をするとき手振り身振り、オーバーリアクションなので見ているだけでも楽しい。しかもよく喋る。
「でも絶対山登り続けてやろうと思って、隠れてバイトして、お金貯めて。夏休みは一人登山満喫してたんです」
「山好きなんだね」
「そうなんですよ!お兄さんは山好きですか?」
「うーん」
好きだ嫌いだという以前の問題だろう。気がついたら、家の前が山だった。そのおかげで苦労させられてはいるが。
「好きとか嫌いとかじゃなくて、気がついたらそこにあったって感じかな」
「えー、なんかカッコいいですね!」
はたしてそうだろうか?この状況、カッコいいのか。
「はははっ……その、ありがとう」
認識の齟齬を感じるが、褒めて貰って悪い気はしない。
「はぁー、お父さん心配してるかなぁ」
「そうだね、心配してるだろうね」
しばらくの沈黙。
二人でランプの明かりの中、ゆらゆらとオレンジに色付いた天井を見上げる。
「お兄さんのご家族は?」
「兄貴と、両親もまだ健在だよ。心配してるだろうね」
「……」
「帰りたいですね」
彼女は、しんみりとした声でそう呟いた。
確かに帰りたい、まだ向こうの世界でもやり残した事がたくさんある。
「うん、その為にも絶対、生きよう。生き残ろう」
これは彼女に伝えたかったのか、自分に言い聞かせたかったのか。
「っ……はい!」
一瞬の硬直の後、ゆみちゃんは、そう笑顔で答えた。強い子だ。
ふっとある事を思い出した。
「そうだ。ちょっと外出てみよう」
「え?」
「風も無いし、雪も降っていないみたいだから」
そう言って、彼女をイグルーの外に連れ出した。
風が無くても恐ろしく寒い。
そして恐ろしく静かだ。
静寂を壊さぬよう、手招きしてジェスチャーをする、空を見ろと。
無言で二人で空を見上げる。
そこは一面の星空で、それぞれが自分の好きな色に輝いていた。
遮るモノが何もないこの地では、考えられないほど空が近い。両手を掲げると、触れられそうな位だ。
「神様が宝石箱をひっくり返したみたい」
はっと驚いたような顔でそう言った。
「ははっ詩人だね」
この世界に来てから酷い目にあってばかりだ。しかし偶に来て良かったかも、なんて思う時がある。
あのまま日本でずっと生活していたら、こんな経験出来なかっただろうな、なんてね。
ちらりと彼女の方を見る。
瞳に宝石を映し取って、微笑んでいる。
どうやら彼女も、この空から何かを感じ取っているみたいだ。
明日も晴れてくれますように。
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