雪山サバイバル七日目(前半)

どす、と何かがぶつかった感覚で目が覚めた。どうやら同居人に寄りかかってしまったらしい。


「ああ、ごめんなさい」


返事はない、当然だ。彼は死んでいるのだから。


この世界に来てから1ヶ月ほどだが、短期間に色々ありすぎて、最近は多少の事では動じなくなって来ている気がする。


表は明るくなっているが、クロはまだ眠っているようだ。

外は風が強いようだが、雪は降っていない。風がやめば外を探索することができるだろうか。


目覚めのコーヒーを淹れるために、湯を沸かす段取りをする。


どさり


鍋を火にかけた時に、入り口の方から物音が聞こえた。

何者かの襲撃か、嫌な予感がする。


慎重に入り口の外を伺うと、そこには女の子が倒れていた。


「大丈夫?」


近づいて声をかけると、顔を上げてこちらを見た。生きているようだ。

顔は雪で真っ白になっていて、よく見えないが、高校生位だろうか。


「助けて……」


消え入るような声でそう呟いた後、彼女はそのまま雪に突っ伏した。


ぱっぱと手袋を外させて、脈を取る。

とくん、とくんと一定のリズムを刻んでいる。ほっとするが、その手は氷のように冷たい。

このまま放置すると、低体温症で長くは持たないだろう。


イグルーの中に担ぎ込んで、手近なものを下に敷いてから仰向けに寝かせた。とにかく温めてやる必要がある。


彼女の服装は、この環境に適しているとは言えない。手袋と帽子は良いが、赤と白色のパーカーにハーフパンツである。タイツを履いているとはいえ、雪山にこの軽装では自殺行為だろう。


近くの遺体が着ていたダウンの上着を脱がせて、女の子に着せてやった。


これだけでは不十分だ。


すぐさま、鍋の湯に彼女の手をつけて温める。

靴も脱がせて、クロの毛皮の中に足を突っ込んでやった。一瞬びっくりしたようすを見せたが、協力してくれるようだ。

黙ってされるがままに寝そべってくれている。


この毛だが、雪山に来てから急に伸びている気がする。この数日で適応しつつあるのだろうか。


とにかく体を温めてやる。

後は、彼女の生命力と運次第だ。



……



「……ううん」


どれくらい時間が経っただろうか、彼女がもぞもぞと動いた。


「あっ、気がついた。良かったね」


手を入れている鍋に、湯を注ぎ足しながら続ける。気温が低いからだろう、湯は沸きづらいし、冷めるのも早い。


「自分の名前言える?」


「……広山ゆみです」


仰向けじ寝たまま顔を左右に動かして、何かを確認してから続けた。


「ここはどこですか?」


「さあ、わからない。でも外よりは安全な所だよ。」


俺にもわからないのだ。

いや、本当に教えて欲しい。どこだここは。


「そうですか」


そう言って、呆然として天井を見上げる。


「あったかいコーヒー飲む?」


「ありがとうございます」


凍えて強張る顔で、必死に笑顔を作ってそう答えた。



……



ほぅっ


二人で甘いコーヒーを飲んで温まる。お砂糖たっぷりのやつだ、日本にいた頃はブラック派だったのだが。甘みに飢えている俺には、これが最高に美味く感じた。


「ゆみちゃんは高校生?」


「はい」


「どうして、そんな格好でこんな所に?」


彼女はその問いかけに、ぴくりとした後、堰を切ったように喋り始めた。


「あのっ、昨日までテン場で一人でテントにいたんですけど。ご来光見たくて、というか携帯繋がらなくなって、いや早朝にドスンって雪がそれであのバーって!あの……」


手振り身振りでバタバタと必死に喋ってくれている。全く伝わらないが。


「ゆっくり喋って良いよ、聞いているから」


「はい……昨日は」



彼女の語る事の顛末はこうだ。

昨日は夏休みで、一人テント場でテント泊をしていたらしい。登山が趣味だそうだ。

朝起きたら、突然周りが雪山になっていてテントも雪で潰されて埋もれてしまった。

命からがら雪から脱出するも、荷物も何もかも雪に沈んでしまったと。

それで助けを求めて彷徨っているうちに、ここにたどり着いたということだ。


この内容を解読するのに30分はかかったな。



「大変だったね」


「そうなんですっ!」


前のめりになって話す彼女を見ていると、だんだん人となりが分かって来た気がする。


「さっきも聞きましたけど、ここって何処なんですか?」


「うーん……俺も、日本じゃない。くらいしかわからない」


「またまたー、お兄さんそんな冗談ばっかり」


「……」


「……」


緩やかに沈黙が流れる。

先に動いたのは彼女の方だった。


「本当なんですか?」


「残念ながら」


「ええーっ!?」


オーバーリアクションで驚く。


「じゃあ一体どこの国なんですか?」


「うーん、俺は異世界って呼んでる」


「……どうしよう」


泣きそうな顔でこちらを見る。ふわふわの帽子から黒髪が覗いている、よく見ると結構可愛い。


「どうしようもないけど、頑張って生きよう」


「そうですよね!生きていたらいつか帰れますよね!」


大きな目をぱっと輝かせて、笑顔でそう答えてくれた。


天然なのか、バカのふりをしているのか。元気で、すぐに人の話を信用する山ガールと出会ったのだった。


さあ、まだ日は高い。

今日やるべき事を考えよう。

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