雪山サバイバル六日目(後半)

イグルーの中には何かあるようだ。

しかし外から中を覗いても、暗くてよく見えない。ぐぅっと体を入れて確認する。


何かいる!


人間のように見える。

防寒具に身を包んで、壁に寄りかかるように座っている。帽子を被って俯いている為、顔は確認できない。


ピクリとも動いていない事が気にかかる。


「大丈夫ですか?」


声をかけながら、ゆっくり近づいていき、そっと顔を覗き込んだ。


「!」


その顔は真っ白で、目元口元は青い。

目は見開いたまま、完全に動きが止まってしまっている。

どうやら、凍えて死んでいるようだ。


日本人風の男で、年の頃は40代位だろうか。

背丈、体格は俺と同じくらいのようだ。


イグルーの中は、3、4人が座れるほどに広く、さらに色んな道具が散乱している。


手帳、鍋や食器。食べ物の後らしきゴミ。

リュックサックにダウンや手袋など防寒具。

ピッケルのような金属製の道具、スコップ。

ガスバーナーのような機材、これは燃料が切れてしまっているようだ。


手帳を手に取る。

何か書かれている、半分ほど破れているようだが。



……



二月十二日(吹雪)


予想外の吹雪が止まず、ここで足止めになった。天気予報はあてにならない。

村上は明後日から出勤とのことで悪態をついていた。


二月十三日(雪のち晴)


何が起こったのかわからない。朝、外に出ると景色が一変していた。ここはどこだ?携帯は電源が入らず、GPSは壊れてしまっている。

動かず様子を見ようという私と加藤、下山を主張する村上とで口論になった。

一日様子を見て、明日朝から下山を試みる。


二月十四日(晴)


下山を試みるが、引き返す。

恐ろしいモノに出会った、この世のものではない。加藤を連れていかれた、もう助からない。

村上はザックを失った。

私は足を捻ってしまい、歩けなくなった。


二月十五日(吹雪)


あんなものがいる中、下山するのは不可能だ。救助を待つしかないだろう。

燃料はもう尽きた。


二月十六日(吹雪)


ヘリの音を聞いた気がして外を見るが幻であった。


二月十七日(曇)


吹雪の中、救助を待つ。

村上は発狂した。

彼は突然暑いと言い出し、服を脱いで外に出て行ってしまった。


二月十八日(晴)


寝ているのか、起きているのか不明だ。

満子、今まで苦労をかけた。


二月十九日


いき



……



最後は手帳からはみ出すほど大きな文字で、殴り書きされている。

おそらく、手が動かなかったんだろう。


どうやらこの遺体が、生前この日記を残したらしい。そして彼らはここで全滅した、そう考えるのが妥当だろう。


一体、彼らは何と遭遇したのだろうか。

やはりこの場所にも、恐ろしい生物が潜んでいると考えておくべきだろう。


遺体の目を閉じてやり、手を合わせる。


「……」


「さてと」


がさりとおもむろに、彼の所持品であろうリュックサックの中身を確認する。

生き残るためなら、どんなものでも利用させて貰うのだ。


リュックの中身は、カメラ、スマホのような機械、ヘッドライト。

これらは全て動かないようだった。

マッチも入っていたが、これは使えそうだ。

食料にはお餅とインスタントコーヒー、それにコーヒーシュガーをいくらか発見した!


「おおっ助かった!」


ありがたく使わせて貰う事にしよう。


早速お餅を頂くことにする。そのままだとカチカチなので、お湯に入れて少し柔らかくしてから食べよう。


ナマズ脂のランプに火を灯す。鍋に雪を入れて火にかけ、湯を作る用意をした。


その間に……


「お借りします」


そう呟いて、もう一度遺体に手を合わせる。


そして遺体のブーツを脱がせた。

実はこの靴も拝借して、使わせて頂こうと考えているのだ。この付近の雪は固く、滑りやすい。

今俺が使っている長靴では、身動きが取れなくなってしまう可能性があるからだ。


どうやら、彼が使っていたのは登山用に作られた靴らしい。スパイクになるのだろうか、金属製の爪が取り付けられている。


履いてみるが……。

足のサイズもちょうど良かったらしい。ぴたりとフィットした。


外を少し歩いて見ると、ざくざくと自由自在に動くことができる。恐ろしく高性能だ!

しかし沢山爪が飛び出ているので、気を付けないと自分の体を傷つけてしまいそうである。


「おっと」


お湯が沸いたようだ。

沸騰した湯に、固くなった餅を入れて2、3分待つ。すると、柔らかなお餅が復活する。


火傷しないように気をつけて、ぱくりと口に入れた。


「これはっ……」


もちっもちの食感に優しい甘み。

最近は固い干し肉や、干した魚ばかり食べていたので、この柔らかさは新鮮だ!


もぐもぐ…


幸せを噛みしめる。

はっと気がつくと、隣でまだかとばかりに見上げるクロと目があった。


喉に詰まらないよう、小さく千切って与えてやる。ぱくりと食べてしまった。


その後も、いくつかの切り餅を柔らかくして食べる。二人共満足のいく食事を取ることができた。


心配事は尽きないが、今日はゆっくり眠れそうだ。

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