第31話 二十五日目(後半)

我々を囲む5つの光。ゆらゆらと揺れるそれからは明確な殺意を感じる。一つ一つが俺達を狙っていると考えると、背中に冷たいものが走った。


「やるしかない」


誰にも聞こえない大きさで、口の中で、しかし確かに声を出して唱えた。

そう、やる、しかないのだ。でなければやられるだろう。


まずは、距離が近い前方の三匹から狙う事にした。

姿勢を低くして、狙撃しやすい位置に走り込む。この距離だ、スコープも明かりも無い向こうには、大体の場所はわかっても、こちらの正確な位置は把握していないだろう。


ザッ!


小鬼の体が見える位置にきた。射線が通った!

急いでスコープを覗く、くるりと体をこちらに向けて……目が合った気がする。


(うおおおおっ!)


心のうちで雄叫びをあげて、やつの体の中心に向かって引き金を引く。


ドォン!!


銃口から飛び出した破壊のエネルギーは、空を一閃して暗闇に消えた。


(外した…!)


痛恨のミスだ、スコープから目を離して次弾の発射準備をする。


「●○△◇!!」


今ので完全にこちらの場所がバレたようだ、五匹がこちらに向けて、一斉に走り出した!


「くっそっ!」


手が震える、ボルトハンドルが固い!掌底で叩くようにハンドルを打ち上げる。

ガンッとばかりに稼働したそれを前後して、次弾を薬室に送り込んだ。


もう一度。

揺れるレティクル、手の震えが止められない。しかし、やるしかない!



……ドォン!!



放たれた弾頭はバッと地面を穿ち、砂埃を上げる。まただ、当たらない!


「なんで!?」


もう一度ボルトを操作して、次の発射準備をする。


その時。


「うわあああああっ!!」


背後から楓くんの声、まだ距離はあるはずだが。慌ててそちらを見る。

雄叫び共に立ち上がった彼は、声を上げながら走り出した。クロもその後を追う。背後から迫りつつあった二つの光は、そちらを追いかけ始める。


「お兄さん、前見てっ!」


そう言って駆けて行く、彼は囮になろう、というのだ。

俺に前方の三匹に集中しろと、後ろの二匹を引きつけたのだ。


その心に答えなくてはいけない。


先程の小鬼に向き直り、もう一度スコープを覗きこむ。この一瞬で、心が決まった。


ぴたり、と照準が定まる。


前傾姿勢で走り寄ってくる、その頭から背中のラインに向けて、引き金を引いた。


ことり、と引き金が落ちる感触。



ドォンッ!!



少しズレたが、肩に当たった。バランスを崩しそのまま地面を転がる。排莢しながら、次の目標に向き直る。

スッと最小の動きで銃口を動かす。


いける。

スコープを覗き、もう一度引き金を引いた。


ドォンッ!!


直撃だ、胸の真ん中に吸い込まれた弾丸は、周りの組織を破壊しながら後ろに突き抜けた!


間髪入れず、素早い動きでボルトハンドルを操作して射撃準備を完了させる。


(あと一匹は!?)


松明の光が、見当たらない。

どこだ、と辺りを見回した瞬間、すぐ近くの藪から小鬼が飛び出してきた!

動物の骨を被ったボス格の個体だ。


松明を捨てて、走り寄って来ていたのだ。

接近に気が付かなかった、咄嗟に銃口を向けて引き金を引く!


ドォンッ!!


バッ!


弾丸は、やつの兜の骨を掠めて少し砕いただけで虚空に消えていった。

次の瞬間、目の前まで来て、手に持った棍棒をこちらに振り下ろす!


ガッ!


頭を守るため、銃を横に構えて受け止めた。

返す刀で銃を鈍器として振り回すが、すぐに骨兜は飛び退いて、ぶぅんと空を切った。


「はぁっ…はぁっ…」


至近距離だ、銃に弾を込めるスキは無いだろう。一瞬、銃をどうするか考えてしまった。

その刹那、再び飛びかかって来た!


弧を描く棍棒、銃でもう一度防ごうとするが間に合わない!

したたかに左上腕を打ち据えられた、衝撃で銃を取り落とす。


それを見た骨兜は、体ごとぶつかってくる。

どんっという衝撃とともに地面に倒された。

視界がぐるんと回って地面を転がる。


気がついた時には、馬乗り状態だ。

兜の隙間から、にたりと歪んだ口元が覗いた、やられる!


「うわああああああ!」


掛け声とともに、腰のナイフを取り出し、やつの首に突き立てた!


ドッ!


「○○●▲△……!!」


声にならない声を上げる。


そのまま握りしめたナイフをグゥッと引き抜く、赤いものが、ばぁと吹き出して、後ろ向きに骨兜は倒れた。


「ふぅー…ふぅー…はぁ」


呼吸を整えながら、ふらりと立ち上がる。


すると、首を抑えながら骨兜も立ち上がってきた。

恐るべき執念と、生命力である。


もはや二人とも、満身創痍だ。


右手でナイフを握って、身構える。

次の瞬間、一足で間合いを詰め、唐竹割りだと言わんばかりに真っ直ぐに振り下ろしして来た。


身体の力が抜けているのが良かったのだろうか。

やけにゆっくりに見えたそれを、身体をひねってかわし、胸元にめがけてナイフを突き刺した!


ドンッ


倒れ込むように体重をかけて押し込む。

ズズッと骨を避けて、深く突き刺さる感覚。


「●○◇□●……。」


何か、口の中で言ったかと思うと、脱力し崩れ落ちた。


「やった……」


そう呟いて、ナイフをしまい、銃を拾い上げた。

打撲のせいだろうか、左手が震えて力が入らない。

何とか片手でボルトハンドルを操作して、射撃出来るよう準備をした。


(楓くんは無事か?)


辺りを確認するが、もはや松明の光もない。

呼びかけよう、そう思って声を出そうとした瞬間。


バチリッ


という聞き慣れない音と共に、遠くの方が青白く光った。

何かあったのか、そちらに向かって小走りで近づいて行く。


「お兄さん!」


そこには楓くんと、クロがいた、元気そうだ。

そして、小鬼が二体倒れていた。


「これは?」


倒れた小鬼について尋ねる、ピクリとも動いていない。死んでいるようだ。


「わかりません。お兄さんがやったのかと…」


「いや……違う」


腑に落ちないが、助かった。

足元でクロがあくびをしている、のんきなやつだ。


「ふぅー」


これで小鬼を八匹全て、やったことになる。

安堵すると身体の力が抜けて、どさりと座り込んでしまった。

楓くんも同じ気持ちのようで、一緒にその場に座り込んだ。


助かったという喜びからか、笑いが込み上げてきた。


「ははは」


すると、楓くんも続いて笑い出した。


「あははははっ」


二人とも泥だらけ、傷だらけでひどい格好だ。熱いシャワーを浴びたいが、無理な相談だろうか。



「さあ帰ろう。田中さんが待つ家へ」


立ち上がり、二人で歩き始めた。

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