第25話 二十三日目(中)

パチパチ……


ぬかるみを歩き続けたせいで靴までぐっしょり濡れていたが、焚き火で乾かす事ができた。

水分が補給できたことで、一気に元気を取り戻した。


さあ、出発しよう。


小さくなった焚き火に、泥水をかけて火を消して歩き出した。


「ああ、これで食べるものがあれば最高なんだがなぁ」


呟くと、楓くんが隣でコクリと頷いた。

朝は水さえあれば、なんて思っていたが。

水が手に入ると今度は食べ物だ、人間の欲には限りがないんだろう。



……



足下がぬかるむ沼地帯を抜けたようだ。しっかりとした足場が嬉しい。

歩きやすくなった事で、余裕が出来た俺たちは話をする余裕がでてきたんだ。


「お兄さんも、田中さんト同じように他の世界から来たんですよね?」


「そうだよ」


その通りだ、他の世界から来たのか、他の世界がやって来たのか。どちらでも同じことか。


「じゃあやっぱり、二人ともいつか帰ってしまうのでしょうか」


そうか。

考えた事もなかったが、彼も孤独なんだ。

俺や田中さんを、家族のように考えてくれているのだろうか。


「帰りたいなぁ、その時は楓くんも一緒に行こうか」


彼はちょっと驚いた顔を見せて、にっこり笑ってこう言った。


「楽しみです」



……



日が沈もうとしている時、ついに家が見えた。


周囲には小鬼は居ないように見えるが、警戒しながら近づいていく。


家は…


悲惨な状況だった、玄関のドアが完全に壊されて外れている。

家の中も戸棚などが破壊されており、食料を漁ったのだろうか、滅茶苦茶になっている。


楓くんは良く我慢しているが、いつも以上に真っ白な顔をしている。


そして何者かの血痕があった。


ここで戦闘行動があったのは間違いないだろう。

しかし、田中さんの姿も、小鬼の姿も見えない。


(無事でいてくれ…)


奥の部屋を調べていく、まずは俺が寝ていた部屋だ。

寝具以外、特に何も無かったためか足跡はあるが、荒らされた形跡はなかった。

あの逃げだした時のままだ。


次は田中さんの寝室だ。


ガチャガチャ


鍵がかかっている、鍵をかけられるのは一人しかいない。

すぐさま部屋の中に呼びかける。


「田中さん!無事ですか?俺です!」


カチャ…という音とともにドアが開けられた。


「おぉ、無事だったか!」


その声を聞くやいなや

ぱっと隣から楓くんが駆け寄った。


「お父さん!」


そう叫んで抱きつく。


「あっ…田中さん!」


呼び違えた事に気がついて、慌てて訂正していた。


「お父さんでも構わんよ、無事で良かったなぁ」


そういう田中さんの足首が、紫色に変色して異常に腫れている事に気がついた。

動かないように添え木をしている。


「足、やられたんですか?」


心配させまいとしたのか、白い歯を見せて笑いながら答えた。


「あぁ、これは折れてるなぁ。でも、これくらいで済んで良かったわ」


満身創痍ではあったが、俺たちは再開を喜んだのだった。



……



「ここはもう危ねえ、お前たちはお兄ちゃんの家に逃げな」


「お父さんは?」


「わしは、この足だから行けねえよ」


「じゃあ嫌だ!」


いつも従順だった楓くんには珍しく、はっきり反対意見を言ったのだった。


「今日は、もう日が暮れます。とりあえず今日は3人でここに泊まりましょう」


「まぁ、そうだな」


「家の中は全て荒らされていますから。残っている食料や水を探してみます」


そう言って動き出そうとしたが、すぐに呼び止められた。


「あぁ、待て。ちょっとした備蓄は納屋にもあるんだ。そっちは無事かもしんねぇ」


納屋は、この母屋の隣にある建物だ、入ったことはないが、以前薪割りをしていた時に見た覚えがある。


「僕が見て来ます!」


すかさず、楓くんがそう言って飛び出して行った。

怪我をした田中さんを助けようと考えているのだろう、健気な子だ。


「いい子ですね」


「あぁ、ホントになぁ」


そう言って、目を細める。彼もまた、自分の家族のように思っているのだろう。

お互いが、大切な存在なのだ。


その時


ガタンッ!


「うわっ!」


表から物音と、楓くんの叫び声が聞こえた。


(一人で行かせるんじゃなかった!)


部屋にあった田中さんの槍を手に取り、そのまま部屋を飛び出して玄関へ向かう。

田中さんも、負傷を感じさせない素早さで立ち上がると玄関へ飛び出した!


そこで見たのは、三匹の小鬼だ。

そのうちの一匹が楓くんを肩に担いで、連れ去ろうとしているところだった。

楓くんは頭から血を流して、気を失っているようだ。

恐らくあの棍棒のような木製の武器でやられたのだろう。

三匹はこちらに背を向け、逃げようとしているように見えた。


考えるより先に、足が動いた。

不思議と恐怖は無かった、怒りに任せて飛びかかる!


「うおおおおぉぉぉ!!」


一番近くにいた小鬼に向かって、槍を突き出す。


びゅうっと空を切る音。


雄叫びに気付き、こちらを振り返ったヤツの胸に刃が吸い込まれていく。


ズッ


一筋の光は肋骨を掻き分け、彼らにもあるだろう重要な器官を完全に断つ。

切っ先が見えなくなる直前に、一気に引き抜いた。


グッ!という声にもならない呻きをもらす。


ボタボタボタッ


血を胸から溢れさせながらよろめいたかと思うと、前のめりに転倒した。


それを見た残りの二匹のうち、一匹は楓くんを担いでいる方だが、それは林の奥へ小走りに逃げていった。

だが、もう一匹はこちらに向かって来た!


やつらの武器は50cmほどの棍棒である。

リーチの優位はこちらにある、再び槍を構えて、まっすぐやつの体の真ん中目掛けて突き出した!


しかし、下段に構えた小鬼の棍棒がぶわっと半円を描き、槍を弾いた。

体勢を崩し、開いた腹にズドンと足がめり込んだ。蹴りを入れられたのだ。


くの字に体が曲がり、たまらず槍を落とす。


「っくぁ…」


肺の空気が絞り出されたようだ、呼吸ができない。

下がった頭に、棍棒が振りかざされた。

もはやと思った瞬間、玄関の方からびゅうっという音とともになにかが小鬼に飛び込んだ!


ドスッ


ナイフだった。田中さんが投擲したソレは、やつの右胸に突き刺さった。


「●△▲□!!」


大きな叫び声をあげると、棍棒を捨て、逃げ去っていった。

俺はその場に膝をつき、崩れ落ちた。


「……っはぁ!はぁ!」


ようやく肺が元の働きを思い出して、呼吸が始まった。


「大丈夫かぁ!」


負傷している足を庇いながら近づいてくる。


「俺は…平気です、楓くん…が!」


ようやく絞り出した声で、そう言う。


「追わないとっ!」


しかし言葉とは裏腹に、立ち上がれない。


「まて、ちょっと落ち着け。」


田中さんに諭されて息を整える。


「はぁっはぁっ……ふぅー。」


近くまで来て、諭すように話した。


「やつら生かしちゃおけねぇ、それはわしも同じ気持ちだ。でもよ、ちょっと考えろ。闇雲に追いかけても追いつくわけねぇ、もう日が沈むし、林で迷うだけだ」


でも、と言いかけて口を閉じる。

俺以上に、田中さんが、怒りを抑えている事に気がついた。


「わしに考えがある、やつらには必ず代償を払わせてやる」


そう言って、納屋に向かって歩き始めた。

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