第24話 二十三日目(前半)

「寒っ…」


この世界に来た時は、暑いくらいの気候だったが、最近は朝晩肌寒くなってきた。

いや、気候の為ではなく地面に寝ていたせいだろうか。


(喉が渇いた…)


横を見ると、楓くんがまだ寝入っていた。

もう辺りは明るいのに早起きの彼には珍しくぐっすりだ、どうやら昨日はかなり疲れたんだろう。

俺も、こんな山中でしっかり眠れるようになるとは思わなかった。初めて野営した時は殆ど眠れなかったのになぁ。


(やはり人間の適応力はすごいな)


さあ、活動を開始しようと体を起こす。


「うっ…うん」


もぞもぞと彼が動き出した。


「あ、起こしちゃったか。おはよう」


「おはようございまス」


こんな状況でも挨拶は重要だ。

いや、こんな状況だからこそだろう、人間は誰かと一緒にいる事でこんなに活力が生まれるのだから。


二人で顔色を確認しあう、どうやら二人とも体調に大きな変化はないようだ。

しかし昨日は一日何も口にしていない、水も水筒の水を二人で飲んだだけだ。

食事は我慢できるとしても、何も飲まずに歩き続けるのは難しい。


「水を探しながら、家に向かおう」


楓くんもコクリと頷いた。

不満をあまり口に出さないが、彼も渇いているだろう。


出発前に装備を確認する。

俺のリュックは失っているので、ほぼ楓くんの持っていたリュックの中身になる。


空の水筒、500mlの空のペットボトル、刃渡りが10cm程度のナイフ、キャンプ用の金属のカップもある。

それに、いくつか本が詰められている。

リュックのポケットには車のキーのようなデザインの金属棒が入っていた、キーよりは少し大きいだろうか。

小さな金属の板のようなものと紐で繋がっている。


「何だろうこれ」


「さあ?何でしょう、田中さんが入れてくれていたみたいです」


用途不明だが、あの人が入れてくれていたという事は、必要なものなんだろう。

彼に渡すと、使い方を考えて色々触って見ていた。


その時


チチッ


こすり合せる音とともに、大きな火花が飛び散った。


「うわっ!」


火花を上げた本人が驚いて飛び上がっている。

金属棒を受け取って、付属の板で擦り合わせてみた。


チチッ


パッと一瞬火花が生まれる。

何だろうコレは、火打ち石みたいなものなのか?何にせよ火口があれば、この火花を利用して火を起こすことができそうだ!

この道具を見つけたのは大きな進展になるだろう。


本で重い楓くんのリュックを代わりに背負って、意気揚々と出発した。



……



出発してから、どれくらいの時間が経っただろうか。

水が全く見つからない、沢も、池も都合良くは現れてくれないのだ。

しかも足元はぬかるんで歩き辛く、思うように先に進めない。


(ぬかるんでいるということは、水があるんじゃあないか)


立ち止まって、足元を見る。


「どうしましたカ?」


急に立ち止まったことを不思議に思って、聞いてきた。

その声を手で遮って、自分の歩いている足痕を見つめる。かなり深い足跡だ。

じっと見つめると、その足跡にジワリと泥水が溜まっていくではないか。


「いや、この泥水を飲もう」


「えっ」


「このままでは無理だろうけど、濾過すれば飲めるんじゃないだろうか」


彼は濾過が何なのかわかっていないようでポカンとしている。

とりあえず何かで聞き齧った方法を試してみよう、ペットボトルを使った濾過だ。


楓くんには、水が手に入ったあと煮沸できるよう、火口になりそうなものや燃料になる薪が手に入らないか探して来てもらうことにした。


こちらは水の準備だ、足と手でとにかく深く穴を広げた。

思った通り、泥水がその穴に溜まっていく。

それをカップですくうと、真っ茶色な泥水がたっぷり手に入った。


早速濾過しよう。

空のペットボトルの底の部分をナイフで切り裂く。飲み口の部分はキャップをしたまま、ナイフの先で穴を開けることにした。

これでひっくり返して底の部分から水を入れて、先端部分から取り出すことができる。


頭に巻いていたタオルを少し切り裂いて、一番先端に詰める。

その上から小石を入れて、またタオル、小石の順で詰めていく。


横から見ると何層かに別れている。

底の部分から泥水を入れると新鮮で清潔な水がキャップの穴から手に入る予定だ。そこに水筒をセットして、水を貯めることにする。


さあ実践しよう。


泥水を上から入れて漉していく、ゆっくり下の穴から水が出てくる。


その水は、うっすら茶色い。


(完全に透明にはならないかぁ…)


ちょっとがっかりしたが、大きなゴミなどは全て取り除けているようだ。

煮沸すれば飲めるだろう。



……



水筒にいっぱい水が溜まった時に、楓くんが薪を持って帰って来た。

火口になりそうな繊維のようなものは無かったが、小枝をたくさん持って帰って来ている。


この辺りは地面が湿っているので、直接この上で火をつけるのは難しそうだ。

腕ぐらいの太さの丸太をナイフを使って折り取り、小石で地面からすこし浮かせて、何本か並べた。


この上で焚き火をすれば、湿った地面の影響を受けずに済むだろう。小さな枝を組む。


火口は…


申し訳ないが、楓くんの本を何ページか頂いて、くしゃくしゃに丸めて使うことにした。


(……)


非難の眼差しを受けたが、非常事態という事で我慢してくれたんだろう。

文句は言わなかった。


準備はできた。さっきの金属棒を擦り合わせて、火花を火口に何度も押し付ける。


チッ…チチッ……ポ


「おおっ」


紙に火がついた!

慌てて細い枝や枯れ枝を焚べながら、息を吹きかけていく。

しばらく、焚き火が安定するまで様子を見ていたが、途中で消えることなく運良く安定してくれたようだった。


炎が安定して来たので、カップに移し替えた水を、煮沸する事にした。


(……)


出来上がった白湯を二人で見守るが、わりと茶色い。すこし冷ましてから飲んでみる。


「うん、ちょっと泥くさい!」


そう言いながら、楓くんにカップを渡す。


「ほんとうだ」


そう言って、笑った。

少し茶色だろうが命の水だ、二人で感謝しながら飲んだ。

火で温まったこと、水を飲めた事で安心して、少し疲れている事に気がつく。


腰を下ろして二人で休息をとる事にした。

もう少し飲み水を作って、水筒に溜めてから出発しよう。

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