第13話 十三日目

朝起きると、子犬は居なくなっていた。

少しがっかりしたが、生きている限りまた出会うこともあるだろう。

昨日の残りの焼き魚を食べながらそんな事を考えていた。


今日はいい天気だ。

昨日栄養を摂取できたの良かったのだろう体調も良い。焚き火を手早く片付けて出発する。


同じような景色のためか、まったく始めての場所にも感じるし、何度も通った場所にも感じてくる。


ふと立ち止まる。


(一生森で生きていくしかないのかな…。)


だめだ、弱気になってはいけない。

家に帰ってあったかい布団で休むんだ!

気を取り直して歩き始めた。



……



ガサガサガサッ!!


大きな物音ともに

藪から突然蛇頭鳥が飛び出してきた!


「うああぁ!」


驚いて飛びのく、運良く尻餅はつかなかった。


「ギャアア!!」


雄叫びとともにバタバタ暴れているが、近づいて来る様子はない。


(なんだ?)


槍を鞘から取り出して、身構える。

その間、視線はずっと蛇頭から離さない。


「ギャアアッー!!」


牙を剥き、顎を開いたり閉じたりしているが、こちらまでは来ない。

攻撃はしてこないが逃げる様子でもない。


視線を蛇頭鳥の足元に向けると、理由がわかった。

細いワイヤーのようなものが足に絡まっている。そしてそのワイヤーは近くの木に繋がっていた。


罠?だろうか。

一体だれが?これはどうしよう?

槍を構えたまま立ち竦んでいると急に声がした。


「誰だ!」


驚いて飛び上がった。

大きな野太い声だ。すごく久しぶりに人の声を聞いた気がする。


奥の暗闇から60~70歳台だろうか、真っ白な髪の、しかしそれに似合わないがっちりした体格の男が現れた。

彼も槍を持っていた、柄の部分も金属のようだ、鉄パイプのようなものの上に両刃の小さな刃が真っ直ぐ付いている。


「誰だ!…んー?日本人か!」


男が少し驚いた様子で声をかける。


「あっあの、俺は、その日本人です!」


突然で混乱してしまった、上擦った声で返事をする。


「何をしとるんだ?」


男は罠の主なのだろうか、彼はもう落ち着いている。


「いやあの、二週間くらい前に突然こんな事になって。でも俺は怪しいものじゃなくて、その、助けて下さい!」


もはや何を言っているのかわからない。

男は俺を足元から頭までじろりと眺めたあとこう言った。


「お前もか、わしも日本人だ。話は後でしてやるから、とりあえず手伝え。」

そう言って蛇頭鳥の方を顎で示した。


(手伝えって…)


まごついている俺に対して

男の動きは素早かった、彼の槍の動きで蛇頭鳥の注意を上に向けた後、一瞬で首の付け根の少し下を突き刺した。


…ドクッドック!

次の瞬間大量に血が垂れてきたかと思うと、震えてすぐに倒れた。


そして倒れて動かなくなるが早いか首をナタのようなもので切断してしまった。


「バラすのを手伝え、肉も分けてやるから。」



……



むしりむしりむしり

羽毛をむしりながら話す。

「自己紹介がまだだったな、わしは田中という。」


むしっむしっ

結構大変だが、田中さんの話しだと、この生き物はすごく羽がむしりやすい方らしい。


「俺はー…俺の名前は。あれ?何で名前が出てこない。」


「ここじゃあ何があってもおかしくはないわな。まぁ名前はいいよ。」


自分の名前が出てこない事に焦った、何だって言うんだ。


「わしは1年前くらいか、突然この世界に来てな。」


「やはりここは日本では、ないんですか?」


「信じがたいがなぁ、いくらか歩き回っては見たが、おかしな生き物ばかりだ、異世界。なんだろうなぁ。」


ショックである。薄々日本じゃないだろうとは思っていたが、ちょっとだけ、自衛隊なんかに救助される日が来るんじゃないかと思っていたのに。


「それで、あんたはここで何をしていたんだ?」


どきり、と現実に引き戻されたような感じがした。


「実は…。」


田中さんに沢山話した、林で迷子になっていたこと、飢えと渇きで大変だったこと。死ぬかと思ったこと、人に会えて嬉しかったこと、言葉がどんどん出てきて話が止まらなかった。


それで、ちょっとだけ泣いた。



……



「それじゃあな。元気でやれよ。」

田中さんは林を抜けるまで一緒に来てくれた。抜けるまで1時間ほど歩いただろうか?何日も彷徨っていたのはそんなに広い範囲ではなかったようだ。


林を抜けるとぽつんと我が家が見えた!


(あぁ、帰ってこれたんだ。)


「本当に!ありがとうございます!」


水も肉も分けてもらった。リュックは一杯である。それに、たまに生きているか見に来てくれるそうだ。

感謝してもしたりない。

知っている人がいる、そんな事がこんなに、心強く嬉しい事だとは思わなかった。


大きく手を振って、家に向かって歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る