後編『事件解決……』
私は紆余曲折あり、探し人と会うことができた。
見せてもらった写真と同じ姿で女将さんはこちらに微笑んでくる。
「初めまして……探偵の
「あら、ご丁寧にどうも。女将の
「お孫さんの
しかしそれも束の間、すぐさま嬉しそうな表情は悲しそうな表情へと変わった。
「そう、
何を言い出すかと言えば女将さんは一方的に私達を追い返そうとしてきたではないか。
「どうして……そんなので
「貴女には信じられないかもしれませんが私はもう既に死んでおります。それだけでしたらこの骸をお渡しするのも吝かではありませんが、今の私にはこの子達がおります」
女将の視線の先には私達を取り囲んでいた従業員の人達がいた。
従業員達も心配そうに女将を見つめている。
「見たところ、ここでこの人達を匿っているようですが彼らにも捜索の依頼が来ています。事の次第ではこの人達も連れて行くしかないのですが……」
「二階堂さん、貴女がどう聞いてこの子達を連れ戻しに来たかは知りませんが我々をこの宿から連れ出させるわけにはいきません」
私の話を聞いた上で女将の意志は固いようだ。
真っ直ぐ見つめる瞳を見たらそう思わざるを得ない。
「そんな………」
「どうしても納得できないご様子で……でしたら貴女にもお見せいたしましょうか」
「え?……それってどういう」
私が言い終える寸前、女将と私達の間に障子戸が出現して私と冷子を飲み込んでしまった。
「この子達の末路を見ても貴女は同じことが言えるでしょうか……」
扉の奥の闇に堕ちていく最中、女将さんの悲しそうな声が聞こえた気がした。
暫く落下すると落下は止まり、辺りは徐々に明るくなった。
「冷子、大丈夫?」
「マスターこそご無事でしょうか?」
「あ、そこにいたのね良かった……私は無事よ」
「マスターの無事を確認。ご無事で何よりです。ここは旅館ではないのですか?」
「え、そんなはずは……」
冷子に促されて私も辺りを見渡す。
すると、先程まで旅館だったはずなのに今いる場所は高層のマンションだろうか?
窓からは街を見下ろすことができ、家具や家電もとてもお洒落な物で揃えられている。
きっと住んでいる人は富裕層なのだろう。
そんな推察をしていると閉まっていた扉から何かが飛び出してきた。
何だろうと目を向けるとなんと風貌に違いこそあったが私達を案内してくれた中居さんが床に転がっている。
「やめて!! これ以上はやめてください……」
よく見ると中居さんは身体中に傷や痣があり、
一体どのくらい満足に食べられなかったらこんな身体になってしまうんだろうか。
「ふざけんな。ジジイババアが死んだからって俺に楯突いてんじゃねぇよ」
「ごめんなさい……でも、もう両親の治療費は要らないのでせめて私にもう少し生活費を……」
中居さんが必死に謝る先には偉そうに中居さんを見下す男が立っていた。
私はその男に見覚えがある……他でもない私の依頼主だ。
この男は大企業の御曹司で金の力で押し倒すタイプの人間である。
仕事も遊びも、そして彼女との結婚もきっと金で何とかしたんだろう。
「あのな、お前から言ってきたんだろ? 両親の治療費を出してくれたら何でもするって?」
「でも、このままじゃ私死んじゃう……」
「は? 知るかよ。お前には俺に借金分の奉仕をしてもらうんだからお前がどうなろうと関係ねぇから」
「そんな……」
これ以上ないほど見ていて胸糞が悪い。
依頼主だったから仕方ないとはいえ、どうして彼の素性を調べなかったのかと私は後悔した。
そう思っていると再び視界が暗くなり、どこからか女将さんの声が聞こえてくる。
「私の
なるほど、全て分かった。
依頼主は妻は妻でも死にそびれた妻を探していたんだ。
自分に復讐に来るかもしれないという恐れ、世間に自分の悪行をバラされてしまうかもしれないという恐れ、いずれにしても彼は恐れていたのだろう。
そうなると私は葛藤してしまう。
依頼とはいえ本当に中居さんを依頼主の旦那に差し出してよいのか。
「彼女に限った話ではありません。ここにいる全員が何かしらの理由でここに身を寄せている可哀想な子達なのです。ですのでどうか2度目の人生を頂けた私達をそっとしておいてください」
いつの間にか私達は旅館へと戻っていた。
そして、女将さんは床に座り深々と私達に向かって頭を下げ始める。
それを見て周囲の従業員達も次々に土下座をしてきた。
私はどうすればいい?
現実から逃げることは悪い事なのか?
そのどれも私は否定することができなかった。
否定してしまえば私や探偵所の所員達を否定することにもなるから……。
私が言葉を詰まらせていると突如後ろから悲鳴が上がった。
何事かと振り向くとそこには何かにぶつかって床に倒れる従業員達がいた。
何にぶつかったのかと確認するとそれは……血塗れの田中さんだった。
次の瞬間、天井から同じく血塗れになった忍者が降り立った。
「
「キ、キャアアアアア!!!!!」
禍々しい忍者を目の当たりにして従業員達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
私も冷子を庇うよう身構えようとした瞬間、忍者と私の間に障子戸が現れた。
「可哀想に……貴方も
そして扉は開き、私と忍者の2人は扉の闇へと飲み込まれていった。
次はどんな場所を映し出すのだろうか。
私の不安をよそに暗闇は徐々に薄れていき、景色は燃え盛る豪華なお屋敷へと変貌した。
「ここは……どこなの」
少なくとも私の見たことのない光景。
となるとここを思い描いた人物は……。
「サエ!!!死ぬな!!! 今助けるからしっかりしろ!!!」
屋敷の奥から叫び声が聞こえてくる。
叫び声しか聞いたことがなかったけど、私は聞き覚えのある声の元へと向かった。
声の元へと辿り着くとそこには身体中が千切れたメイドとメイドを抱き抱える執事の2人がいた。
「
「もういい……喋るな……サエ」
涙を流す執事……その顔は私達を襲った忍者だったがとても同じ人間の顔とは思えなかった。
「
景色が消える。
再び辺りは暗闇になり、目の前には復讐に囚われた忍者が現れた。
「俺は……どうすれば良かったんだ?」
「え……そ、それは……」
この時、私はどう答えてあげれば良かったのだろうか。
私が答えられずにいると、暫く待った後に忍者は言葉を続ける。
「どうでもいい……もう後戻りはできないのだからな」
そう呟くと忍者は拳を頭上に振り上げ始めた。
そして、そのまま足元に向かって拳を振り下ろす。
その瞬間、暗闇がひび割れて景色は再び旅館の物へと戻っていった。
眩しさで目を細めながらも忍者の方を見る。
するとそこには鮮血を浴びた忍者と仰向けに倒れ忍者に腹部を貫かれた女将の姿があった。
「女将!!!」
「い、いやぁぁぁ!!!」
遠巻きから様子を見ていた職員達の叫び声が聞こえる。
一方で響き渡る叫び声など意に介さず、女将は変わらぬ優しい表情で忍者の額を撫でていた。
「可哀想に……
「もう後戻りはできない……俺はお前ら
女将の言葉に悪意がないと分かっているからだろうか。
忍者は
「そう、貴方が決めたというのならそれも否定はしません。ですがもし貴方が私の命に価値を見出してくれるというのなら、私の子達を見逃してはもらえないでしょうか?」
「………」
「ここは
そう言い残して女将の撫でる手は床に倒れた。
忍者はゆっくりと女将を床に寝かせて立ち上がる。
「約束は果たす……今この宿の
そう言うと忍者は冷子の方をギロリと睨みつける。
そんな、まさか……私が不安を抱くと同時に忍者は冷子に向かって走り出した。
冷子も臨戦体制へと移行したが田中さんを倒したぐらいの奴だ。
冷子が敵うはずもない。
そう思うと私の体は思うより先に冷子の前に入り込み、忍者の前に立ちはだかった。
「マスター!!」
「ひっ!!!」
私は目を固く閉じて覚悟を決めた。
しかしいつまで経っても痛みは感じず、恐る恐る目を開く。
すると、忍者は振り上げた手を震わせ私を見つめていた。
「サエ……」
燃える館にいたメイドの名前を呟くと忍者はハッと我に返り、覚束ない足取りで後退る。
そして逃げるように突き破って入ってきた天井を通り去って行った。
「マスター、ご無事でしょうか?」
「女将さん……」
冷子に抱きしめられながら私は横たわる女将を見ていた。
すると、従業員達が女将さんを担いで私達に向かって話しかけてくる。
「我々はこれからも女将と共にここで暮らします……ですので、どうかお帰りください」
目の前に依頼の探し人がいたが、経緯を知った上こちらも負傷者がいる。
そのため私達は彼らの言う通り何も見なかったことにして宿を後にして山を降りた。
その後、私は依頼主達との契約を打ち切りにしてこの事件からは身を引いた。
田中さんからは般若のような顔で叱られたけど無理もない。
既に亡くなり、人に危害を与える力を持つ
女子高生と探偵事務所やってます(短編) 白真 @hanaorizon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます