中編『現地調査します』
私達は険しい山道を登っていた。
「もう……もうムリぃ!!!」
「所長、泣き言は目的地に着いてからにしてください」
「マスター……お気を確かに」
少し前まで私達は田中さんが運転するレンタカーで山道を進んでいた。
しかし道の途中で大岩が道を塞いでいて仕方なく徒歩で山を登ることとなったのだ。
「うぅ……忍者や冷蔵庫と一緒にしないで! 私は妖怪でもなんでもない一般人なの!!」
2人には申し訳ないけど、かれこれ3時間も歩き続けているのだ。
私は2人に当たり散らして罪悪感に駆られながらも歩を進める。
その途中、少し言い辛そうに田中さんは私に話しかけてきた。
「所長、杞憂かと思いますが念のためご報告いたします」
「え、急に改まって……嫌な予感しかしないんですけど」
「この事件、
「ちょっと待って……それ聞いてないんだけど」
「えぇ、今言いましたので」
予想外のカミングアウトに私は驚いた。
冷静に聞く冷子と対称に私は動揺していた。
警察ですら匙を投げるこんな珍事件を追う人なんているとは思えない。
同業者だとしても割に合わない仕事だ。
思い付く限りの候補を考えたが全く思い浮かばない。
「田中さん、それって誰なの?」
「それは……!!? 伏せろ!!!」
田中さんが答えようとした時、彼は目を見開いてそう叫んだ。
それに応じて冷子は私を押し倒すように地面に転がる。
そして次の瞬間、目の前で火花が散った。
「お頭……やはりお越しになっていましたか」
「
私は顔を上げ目の前の状況を確認した。
するとそこにはトンファーのような武器を握って応戦する田中さんともう1人姿があったではないか。
薄黒い汚れた布を纏った恐らく男……田中さんがお頭と呼ぶ男は布の合間から目を血走らせながら素手で田中さんを襲っていた。
「田中さん!! そいつは……」
「ぐっこの御方は……かつて私が身を置いた忍軍の頭領です」
「それって……
だとしたらこの状況は不味い。
この山には黒巣さんのお祖母ちゃんがいるし、そもそも目の前には
「
確認するまでもなく向こうは2人を殺す気満々だ。
しかも頼りの田中さんは押されている様子でこのままでは全員殺されてしまう。
「所長、どうか先に宿へお向かいください!!」
「でも……田中さんが……」
「たわけ!! 全滅したいのか!!!」
「!? ………は、はい!!!」
私は田中さんの指示に従い、冷子の手を引っ張り山道を走り出した。
走り去る最中、私達を追いかけようとした忍者を田中さんが必死に食い止める姿を目にしながら。
「マスター……田中様の件、良かったのでしょうか?」
あれから暫く走って息を切らした私と冷子は再び歩き始めた。
冷子は無表情ながらも田中さんのことを心配をしているようだ。
「あそこに私達が残っても足手まといでしょ。だから今は田中さんを信じて旅館を目指しましょう」
「……畏まりました。マスター」
そんな話をしていると、不意に木々の隙間から何か聞こえてきた。
「ようこそお越しくださいました……2名様ご案内」
そう聞こえると強い風が吹いてきて枯れ葉が私達を包み込んだ。
「うわぁぁぁ何これ!?」
「マスター……私にしっかりお掴まりください」
私は冷子にしがみつき暴風が止むのをじっと耐えた。
そして暫くすると辺りは静寂になり、ゆっくりと目を開くとそこには美しい光景が広がっていた。
「なに……これ」
「まさに驚愕……山の中にこのような場所があるのデスネ」
目の前に広がるのは紅い外装の木造建築。
私達と建物を隔てるように流れる清らかな蒼い川。
そして建物に向かって川に掛けられた白い橋。
全てが……そう、文字通り全てが美しかった。
「これも
「
私と冷子は困惑していると建物の方から中居さんのような服を着た女性がやって来た。
「ようこそお越しくださいました。ホテルマヨヒガ職員一同、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
女性は深々と頭を下げて建物へ入るよう促してくる。
突然のことで私は戸惑ってしまう。
「あの、ここって……黒巣さんの旅館ですか?」
「はい、ここは迷い家となった女将が迷える
一応、ここが目的地で合っているようだ。
だけど黒巣さんのお祖母さんはやっぱり
依頼主への対応に悩んでいた私に中居さんが再度中へと案内してきた。
「女将のお知り合いでしたら女将にお会いになりますか? とはいえ長旅でお疲れでしょう。ひとまずお部屋にご案内いたします」
「如何いたします? マスター」
「うーん、とりあえず、入ってみるしかないんじゃない? すみません、案内お願いします」
こうして私達はホテルマヨヒガなる宿へ入っていった。
中へ入ると外観に負けず劣らず美しいの一言だった。
玄関に真新しい物は置いてなかったが、その代わりどこか懐かしさを感じてすごく居心地が良かった。
続いて個室へと通されたが綺麗な和室で外を覗くと紅葉に染まった山々が見える。
「私達、普通に癒されてるけどいいのかな……」
「田中様がご無事だと良いのですが」
田中さん……あの忍者から逃げ切れてたらいいけど。
癒される空間にいながら私は不安で潰されそうな心地だった。
そんな時、部屋の扉がノックされる。
扉を開くと先程の中居さんだった。
「お待たせいたしました。女将にお二人をお招きするよう仰せ付かったのでご案内いたします」
「……お願いします」
ついに黒巣さんのお祖母さんと会える。
緊張しながら部屋を出るとふいに中居さんの名札が見えた。
「その名前……」
「あ、申し遅れました。中居の
その名前は最近見かけた名前だった。
「すみません、つかぬことをお伺いしますがいつ頃からこの旅館で働いているんですか?」
「そうですね……先月頃からだったでしょうか」
「もう1つ質問すみません。
「……どうしてあの人の事を?」
そして探しているのは失踪した伴侶。
まさかこんな所に逃げ込んでいたとは誰が予想できただろうか。
「私は探偵をしています。それで旦那さんから依頼を受けて貴女を探していました……まぁ今回は別件でここに来たのですが」
「やめて……これ以上私を苦しめるのは……やめて!!!」
次の瞬間、辺りに紅葉が舞い散り中居さんの顔は鬼に変わっていた。
比喩などではなく世間一般がイメージする牙を生やし角を立てた鬼の姿がそこにあったのだ。
「ひぃっ!? れ、冷子!逃げよう!!」
「イエス、マスター」
私の指示を聞くや否や冷子は鬼に対して吹雪を吹き掛けた。
鬼の身体は凍り付いたが纏わりつく氷はみるみる内にひび割れていく。
「マスター、そう保たないと判断します」
「なら逃げるよ冷子!!」
私は冷子の手を取り廊下へ出てそのまま駆け出した。
とにかくこのまま逃げながら黒巣さんのお祖母さんに会わなければ。
そう思い走り続けると中居さんの叫び声を聞きつけたのか職員の人達が私達の進路を妨害してきた。
「そんな……この人達、全員……」
「検索……ターゲットに該当データあり」
受付、板前、清掃員……その全員が失踪して捜索依頼を受けた人達だった。
探しても見つかるはずがないわけだ。
全員
「客とはいえ我々を連れ戻しに来た奴を生かすわけにはいかない」
受付の老人がそう言うと職員や追いついた中居が私達を取り囲み、ジリジリと迫ってくる。
もうダメだ……絶対絶命のピンチだと半ば諦めかけたその時、通路の奥から優しい声が響き渡った。
「あらあら皆さん、どうされました?」
その声に呼応するかのように職員の人達は声の方向を向いて次々と頭を下げていく。
そのおかげで人の壁に隙間ができ、私は声の主の姿を見ることができた。
「初めましてお嬢さん。私に何か御用かしら?」
ようやく……ようやく辿り着いた。
目の前には黒巣さんから見せてもらったお祖母さんの姿があった。
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