来栖川、最後の墓…その者の名は棺。
戰場の中に生き、戦場で中で活き、軍畑の中で粋る者。
それが来栖川…いや、棺と呼ぶ人間の真髄である。
その配下、幹部の者は来栖川を付けない。
ただ【棺】とだけ、棺様とだけ呼ぶ。
血筋や権力ではない、棺という名に従う。
そして国、棺という名の国に、誇りと矜持を持つ。
傭兵という職業、それを核とした国。
命を軽んじている、宗教や洗脳国家と批判もされる…が、棺の国の民は揺るがない。
棺自身が何をベースに国を統治しているかは分からない…が、民が思い描く姿は同じである。
それは………最前線で見る、棺の背中である。
その傑物は有栖川という名家の分家としては生まれた。
いつかはこの国の中枢に入ると言われる有栖川 家の長女、どちらかの王に嫁ぐべき才…天賢・有朱の付き人として、来栖川家からやってきた。
既に死んでいるもの…棺という名前と共に。
棺は生まれつき特異な体質であった。一番の特徴は両性を持っている事。
男性器も女性器もあるが卵巣は露出しておらず、卵巣に精巣があるが、子を成す事も身籠る事も出来ない。
ホルモンというものがそもそも無いので、棺という名前だけが存在証明だった。
そして既に死んでいる少年は有朱に出会う。
逸れは運命の出会いだった…有朱は賢者の名を持つ才、故にそれが例え小学生であっても合理的かつ先進的であった。
「棺…私は家を関係なく、私の意志で王を選ぶ。その為に私は学ぶ…貴方も学びなさい。」
「はい、お姉様…」
彼女自身は運命を信じている。
自分は【皇】たる人物に嫁ぎ、支えるべき使命があると。
更に年が下の棺少年は迷うこと無く、血の繋がらぬ姉を支えようと思った。
しかしそこで転機が訪れる。既に皇は死んでいた。
「棺…既に皇はお隠れになられていた。私の生とは皇と共にある事。それがどういう事か、分かりますか」
まだ十歳前後の少女、有朱が…全てを悟った時
棺という少女は、気付いていた。彼女が後を追う事を。
棺という少年も、覚悟していた。彼女の後を追う事を。
そして…自殺ではない。それは意志の力による、原因不明であった皇と同じ死に方である。
有朱は覚悟を決めると、棺に語り続けた。
名家とは、自分の使命とは、天賢という記憶から見えたものとは…
「最後に…機があれば死の王に会いなさい。貴方は私の賢の才以外の全てを待っている。私は天賢の全てを伝えた。そして…貴方の目に敵わないなら、私の後を追って構わない」
―――さようなら、棺…私の分身…最愛の
そして有朱は亡くなった、棺に意思を遺して。
程なくして棺は会う、白座の家の当主・白座孫六の葬儀にて、次期当主・白座孫一…またの名を死の王。
棺は有朱から学んでいた。人間の識別の仕方を。
引き継いでいた、異能を見れるその目を。
葬儀以前に定満千代に会った事がある。
異能を越える権能。
鍛えていたとはいえ、一般人である自分を遥かに越える身体・知能・特異な能力…有害物質の無効化と、超速度の細胞分裂による自己治癒。
姉、有朱も千里眼的な能力や先読み等、特異なものはあったが、千代のコレは馬鹿げている。
人としての性能に余りに開きがある。
そして死の王…白座孫一。
定満千代は見えてはいない筈だが感じる事ぐらいはしているだろう。
棺の目に写ったのは…数え切れぬ程のおびただしい数の異能の魂…青白い人の様な何かが孫一を中心に漂っている。
その絵は、まるで宗教絵画の神への祈りを捧げる様な荘厳な崇拝…天の与えた…否、彼そのものが天上であった。
その魂を見る目は無…しかし、その無は何処までも…どの様な汚れでも受け入れる無地のキャンパスでもあった。
棺は決める…皇の事は分からない…だが、有朱は知らなかった筈。死の王、白座孫一を。
この御方は間違いなく、この世界の魂の悲願に届く。
身体?精神?命?…違う、魂を捧げるべきだと。
「貴方の生贄になれなければ死ぬだけです、駄目ですか?血肉一滴まで貴方様の物です、ですから…私をお側に…」
棺は懇願した。有栖川、来栖川の家なぞ知った事ではない。
ただ、不要で無能な自分をその魂達の末席に置いて欲しかった。
そして言い過ぎたと思った。生贄なんぞこの方には無用、お側に就くなど傲慢な要求だ…何もない死体の様な自分は、ただ信奉する事しか出来ないと正直に伝えれば良かったと棺は後悔した。
撤回しようとした、だが…孫一は抱擁した。
強く、熱く、劇的に、刺激的、激しく…
それは…棺にとって神の抱擁と同じであった。
『私の代わり、私の全てと成れ。私にとって、血肉となれ、欲を解放せよ、そしていつか私を手に入れてみよ…』
その時、目的の無い、有朱の後を追うだけの棺の全てが解放された。
特に【欲】…内に秘め、出る事の無い筈だったものが解放された。
溜まっていた全ホルモンと感情が解放され、本来であれば肉体は内側から瓦解し、精神は狂い、脳が焼き切れる所を孫一の抱擁によっておしとどめられた。
後年、孫一はそんな事言ってないと言った。
そして孫一は知らない…抱擁され孫一の全てを感じながら精通し、とめどなく溢れ出ていた棺の、孫一への欲情と多量の種を…
―――孫一様 貴方様にこの棺 人の世のあらゆるもの 全てを捧げたく存じます―――
そこからの棺は神速の勢いで動き出す。
この数年行ってきた自らを鍛える、学ぶ事をやめた。
時は有限であり、積み重ねはあくまで勝利と成功の条件の1つに過ぎない。
何よりも必要なのは然るべき時、然るべき状況で、然るべき行動を取れる事。
そして自らの駒を正しく動かすのは合理的支配である。即ち、天賢から学んだ合理性である。
私兵を募る、天賢から得た眼で異能を囲う。
その力を持ってして、無能の自らが先頭に立ち戦場を駆ける。
異能達は伝えられている。棺の国とは棺の事ではない事、棺の国とは異能であれ凡人であれ、自らを信仰、信じる事にある。
自らの為に進み、目的を達する事を最優先とする。
その国の信念を体現する為に、棺は右足と左手、左目を失った。
自らの国の首相が義手義足義眼、そして両性具有
それでも歩みを止めず、自らを犠牲に技術革新を行い世界を転戦した。
世界から見れば十四、五の小娘が二年程で棺の国を作り、来栖川を乗っ取る程の力を付け、その際に天戦…最強の権能・アマテラスと契約し、たった六年程で小国並の権威と軍事力を持つ傭兵組織となる。
気付けば本家であった有栖川も棺の傀儡と成り果てた。
その時に知った。孫一が死んだという噂を。
棺は慟哭した。自分の全てを支えて来た孫一という絶対者。
それを失った時、棺は変わった。
幼き時に見た、孫一が見せた果てぬ絶望を知る魂達の楽園。
棺の国が目指すべき道が、棺の中で定まった。
自らが白座孫一になると決めた。
『手始めに定満を…その背後にいる不知火とやらを潰し日本を取る…』
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