⑳
その日は一日宿屋の店番。椅子に座り、痛む腕を擦りながらさりげなく微弱ながら使える回復魔法【ヒール】で腕を癒す。
「おい、がきんちょ」
「あん?」
「二人予約頼むわ。夜に来る」
「あ、じゃあ此処に名前を」
「あいよ」
客のほとんどは優しく常連さんなのか言わずとも記入を済ませる。槍を持った細身の男と大きな盾を持ったがたいの良い高身長の男二人組。その他に弓使いの美しき女性に長髪美形男子など様々な人が来店。
早朝は片付けメインと分かっているのか駆け込みで来る者はなく、忙しそうにマリアが目の前を何度も往復。布団やシーツ、枕と今日は太陽輝くいい天気。そのせいもあるのだろう。汗をかきながら一人必死で家事をこなす。
「ブラッティ、店番させてゴメンね」
全て終わったのは昼前。息を切らし疲れたのか椅子に座り込むマリアに俺は水を出す。
「ありがとう。優しいのね」
「いつもこんな感じなのか?」
「うん。天気がいい時は皆が気持ちよく眠れるように太陽の光をたくさん布団やシーツに浴びさせて、掃除もして。大変だけど気持ちよく寝てくれる、ありがとうって言われるだけで嬉しいから」
自分よりも他人。そんな彼女の考えに「無理するなよ」と俺は外に出ようと歩み出す。
「どこ行くの?」
「飛ばされてないか見てくる」
「大丈夫よ。しっかり留めてるから」
その言葉に俺は鼻で笑う。
「じゃあ、見張ってる」
なんてのは嘘で少しでも彼女を休ませたく、一人にさせたかった。
*
外は空気が良かった。もちろん宿屋の中も悪くはないが建物が古いせいか埃や湿気と少しだけカビ臭さがある。それが俺の中では気になり、少しでも良くしてやれないかと店裏に干してある布団の様子を伺いながら金貸しギルドへ。
「珍しいな、お前さんが怪我だとは大丈夫か?」
受け付けカウンターの爺さんに「ホホホ」と笑われるも「なぁ、爺さん。建物のリフォーム費用って高いのか?」と暇そうにしていることを裏手に聞いてみる。すると、「お前さんがそんな話をするとは珍しい。頭でも打ったか」と小馬鹿にされ、俺は奥底から溢れる怒りを必死に抑える。
「冗談じゃよ。そうだなぁ、此処は負債者の溜まり場だからのぅ。上手く建築やクラフトスキルが付くなら話しは別だが」
「スキル……」
「クラフト系ならゴーレム系やスケルトン系を倒すといい。奴らの素材はクラフトにはうってつけだからなぁ」
「なるほど。ありがと、爺さん」
「ホホホッ何かあったらまたおいで。いつもの悪い爺さんとはワシャ違うからな」
確かにこんなに親切な爺さんは珍しい。いつもなら負債者を毛嫌いしているやからばかりだが今日はやたらと――。
「ジャルス、だろ」
「はて?」
「怪我の俺を見て笑いに来たのか?」
俺の言葉に爺さんは表情を曇らせ、ニヤリと笑う。爺さんを包み込むように闇が生まれると周囲は騒然。皆、武器を引き抜く。
「ご名答ー。魔釜屋のジャルス。そうだよ、店にいるのがつまらなすぎてお散歩しに来たんだ」
と、魔釜屋のダークエルフ【ジャルス】に一同驚愕。引きこもりで人に干渉はしないと噂の彼が外に出向き、受け付け人になり済ましブラッティと堂々と話す姿に騒ぐ。
「おい、あの負債者――」
「あのダークエルフと仲良いのか――」
陰口に俺は「やってくれたな、ジャルス」と頭を抱え、背を向けると「だって、君のこと気に入ってるんだもん。死なれちゃ困るしね」とカウンターを飛び越え、背中から抱き付かれる。
「離せ、このっ」
「ほら例の件もあるし。興味深いんだ。フフッボクの店来なよ。話しはそれから。まぁ悪いことじゃないから警戒しなくていいよ」
ニコニコ、ヘラヘラと笑うジャルスに俺は言う。
「何が悪いことだ。もうこの時点で最悪だろ」
その言葉にジャルスは手を叩き笑うと自分と足元と俺の足元に魔方陣を展開させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます