⑲
皿に丁寧に盛られた果物。虜になった俺は素手でパクパクと口へ運ぶ。果物は甘く飲み物を飲んでいるかのような果汁にゴクッと思わず軽く噛み飲んでしまう。それを見たマリアに「こら、ゆっくり噛まないとダメでしょ」と怒られ、俺は一瞬口を尖らせ笑う。
「果物は野菜と違って保存が難しいから魔法を施して少しでも長く保てるようにしておかないと。冷蔵庫に入るかしら。野菜にも施しておいて……あっ!!」
沢山収穫できたことに嬉しいのか大きな独り言に耳を傾けているとマリアの声にリンゴを咥えながら顔を向ける。
「ブラッティ、お弁当って知ってる?」
「おべんとう? なんだそれ」
マリアの手には木で出来た四角い容器。
「外でもご飯が食べられる容器のことなの。遠征していたときの兄の物があるから、城塞警備の合間に皆で食べてくれると嬉しいな」
「そんなのあるのか」
「そうなの。この街じゃ珍しいけど……少しぐらいいいよね。嫌いな食べ物ある?」
「いや、ない」
「好きなものは?」
「それも特に」
「んーじゃあ、腕が治って元気になったら作ってあげるね」
「あぁ」
ふんふーん、と楽しみなのかマリアは鼻歌を歌い片付けを始めると窓から太陽の光が差し込む。静かだった外も賑やかになり、室内には宿泊者の足音が響く。
「マリア」
「あ、おはようございます」
手を止め、カウンターへ駆け込むマリア。誰にでも笑顔で接し「今日も気を付けてくださいね」と声かける姿は女神そのもの。
「またよろしく頼むよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
客を見送り、部屋鍵を確認し部屋の片付けをしようとカウンターを出る彼女に俺は「受付ぐらいは出きるから部屋掃除してきなよ」とカウンターの椅子に腰かける。
「えっ、いいの?」
「どう見ても一人じゃ大変だろ。朝は宿泊者が出る時間、その合間を塗って部屋の掃除。十人足らずの宿泊所とはいえ荷が重い。怪我人でも受付はできる」
素直に「手伝うと言えない」俺。だが、俺の言葉に笑みを浮かべ「じゃあ、お願いしてもいいかな?」とマリアは箒、モップ、バケツ、ゴミ袋を手に駆け出す。
「おーい、マリアって……」
次々、起きてくる宿泊客に目を丸くされ「あの人なら掃除で忙しいからガキで悪いね」と笑って返すと皆こう言う。
「おぉ、マリアの子か?」
「は?」
「マリアは優しいから捨て子でも拾ったのか。偉いな、お手伝いしてて」
俺が童顔に見えるのか高確率で少量の金や食料を置いていかれる。
「あまり迷惑かけるなよ。怪我してるようだし負債者なのは分かるが悲しませるな。オレらはこう見えてマリアの兄の知り合いでな。時々遠征帰りに寄るんだ。今日から遠征で当分は帰ってこない、しっかり面倒頼むぜ。坊や」
宿泊客は三十手前から三十過ぎた男性。その中に女性もいるが強気な気配に無言で頭を下げる俺。
宿泊客が言う通り、大半はマリアの兄の知り合いなのか必ず「マリア」とカウンターにしては呼び、差し入れで何かを置いていく優しい人たちなのだろう。
「マリアは恵まれてるんだな。俺と違って」
少しだけ立場の違いや人間関係の深さに少しだけ心苦しくなるとチェックインしていた客は皆外へ。マリアは室内を走りながら掃除や洗濯と家事をこなしていく。
俺は見ているだけ。「手伝おうか」と声かけようと思ったが忙しそうでかけられず、静かに店の見張りをすることに。
「おや、ブラッティ。おはようございます」
それを知ってか、ディルが顔を出す。
「グラン君と警備に言ってきますね。帰りにスキル薬貰ってきますから。今日は安静に」と俺の顔色を伺いながらディルは口開く。
「早よ、行け。バーカ」
「はいはい、行きますよ。では、お幸せに」
静寂に包まれ、逃げ出すディル。俺はボーッとしていたが「お幸せに? はぁ!?」と突然体が熱くなり、慌てて外に出ると「マリアさんによろしくですよー」のディルの言葉に「よろしくじゃねーぇ!!」と俺は照れ隠しで叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます