目の前を通る鎧や武器がぶつかり鳴るガチャリガチャリとした音。上級者漂う堂々とした気配と笑い声。俺はさりげなく札から目を逸らし、声する方へ顔向ける。そこに居たのは――だった。

 ガーディアン、バーサーカー、プリースト、アサシン。名前も分かるがあえて口にはしなかった。


 “ガーディアン”それが“本当の俺で”

 “今の俺”は――ただの負債者。


 楽しく笑い、時より反省の声を愚痴のように吐き散らかす。その仲睦まじい姿に無意識に涙が頬を伝う。

 俺は“あのガーディアン”に身体を乗っ取られ全てを奪われた。あの中に居るのは俺ではなく、この身体の奴で――俺はコイツの借金を背負わされた。


 何の魔法をかけられたかは覚えてない。

 握手を求められ、握っただけ。

 その時に入れ替わったらしい。


 目を覚ませば牢獄でギルドや名前を言ったが「そんなことあるか」と馬鹿みたいに笑われた。投げ捨てられた割れた鏡には俺ではない顔。「お前の名前は――」と告げられたときは驚愕したものだ。

 負債者が上級冒険者に手を出すのは珍しくない。だが、それを逆手にとって事が起きるのも少なくはなかった。


「おーい、ブラッディ」


「あん?」


 名を呼ばれ反対を向くと小汚ない巾着を持ったグランの姿。


「はい、緑のお豆」


「はぁ!? また、豆かよ」


「だって、借金早く返済したいからって貧乏暮らしするって言ったのブラッディだぜ?」


「あぁ、そうか。ったく、たまには肉食べたいっつーの!!」


 仕方なく巾着を受け取り、グランと仲良く半分こ。豆は長期保存ができるが味が悪い。さりげなく思い出す酒場の上手い飯が恋しいが今はコイツで我慢。俺は二、三粒口に放り込むとベルトループにくくりつけ歩き出す。

 向かったのはレンガ造りの“宿屋”の屋上にあるボロボロのテント。中にはランタンや寝袋と借金まみれのため満足な生活も出来ていない状態だが何かと幸せだった。

 城塞を警備して居たときに聞こえた女性の悲鳴。我先にと駆け寄ると隣街に出掛けていた美しい二十後半の女性がモンスターに襲われていた。「糞野郎が!!」と間一髪のところで俺が投げた槍がモンスターを仕留め、助けたのがきっかけ。どうやら彼女は俺に一目惚れをしたらしく――彼女の青い瞳は宝石のように潤み美しかった。


「アナタ、優しい子のね。やだ、汚れてるじゃない。それに怪我も……良かったら家に来てお礼するわ」


 普通なら毛嫌いされるが住所の書かれた紙を貰ってしまったため、そこへ足を運ぶと宿屋だった。中に入れば親切に「助けてくれてありがとう。お礼に好きに使って」と言われたが男性比率の多いこの街。

 治安が悪いのだろうと思った俺は「暇なとき此処で店番する代わりに風呂に入りたい」と俺は言うと彼女は嬉しそうに笑った。名前は“マリア”というらしい。何故か恥ずかしくて全く名前を呼んだことはなく、服や食料は貧乏で良いがせめて身体だけは清潔で居たかった俺には嬉しい出来事だった。


「あら、ブラッディ。お帰りなさい」


 仕事の邪魔をしないよう外階段から屋上に上がったが足音が聞こえたのだろう。マリアがパンを持ってやってくる。


「グランもいるじゃない。ダメでしょ、お友達連れて来てるなら言わないと」


「あーうん。ごめん」


 照れ臭くなった俺はパンを受け取り、半分千切るとグランに渡す。


「私、店番あるから行くね。いつもお仕事お疲れ様」


 女神のような笑顔に俺は視線を逸らす。だが、グランはメロメロで「この糞」と俺は脇を肘でド突いた。


「ぐえっ」


「見すぎだ、バカっ」


 寝袋に倒れるグランに俺は毒を吐く。


「えーだって、マリアさん独身なんだぜ。お前、歳近いから付き合えば良いのに」


 ブーブーとおちょぼ口でグランは意地悪なことを言うと俺は「は?」と指を鳴らす。


「待て待て待て待て。じょーだんだって。本気になるなよ、相棒」


「誰が相棒だ」


 この一言に土下座するグラン。


「すまん、すまん。少し弄っただけだ」


 頭を下げ、手を合わせる姿に俺は「フンッ」と素っ気なく返すや背を向ける。少し暖かいパンを噛み付くように頬張ると「お? さては恋してるな!! 白状しろ、このー」と飛び付いてきた。


「はぁ!? 誰がするか!!」


「二十前半のお前が恋か。くぅーっ痺れるぜ!!」


「してねぇーよ」


 ポカンッと俺はグランの頭を叩き、パンを食べ終えるや寝転ぶ。目を閉じさりげなく「攻撃強化、防御強化」と口にするもバフもエフェクトさえも出てこない。


「まだやってんの? お前、スキル0なんだろ」


 グランのバカにする言葉に俺は「ほっとけ」と寝返りを打つと「やっぱ使えないよな」と小声で前の身体が恋しくなった。

 防御・属性耐性強化、攻撃力強化大、ターゲット集中にカウンター。ガーディアンとしてのスキルや技術は――今の俺には何もない。


「明日、スキルを得に行ってくる」


 背中合わせにグランに言うとパンを一気に食ったか喉を詰まらせ噎せながら言う。


「魔釜屋!? マジかよ、マジかよ。俺らただでさえ相手してくれねーのに街で恐ろしいと噂のあのダークエルフに会うつもりかぁ? こえーぞ、こえーぞ」


「煩い。んなの、分かってる。でも、俺には必要なんだどうしても……」


「ひゅーひゅーマリアさんのためか。イケメンだねぇ」


「だから、ちげーっての!!」


 なんでもかんでも恋愛話に振るグランを殴りたくなるもののグッと堪え、あえて聞こえないように返す。


「俺には力が必要なんだ。何がなんでも」

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