第54話 戦術的勝利と戦略的敗北

 後に第二次ソロモン海戦と呼称される戦いは、双方の艦上機による洋上航空戦に終始し、水上打撃艦艇による砲雷撃戦は生起しなかった。

 同海戦で第六一任務部隊が「ワスプ」と「レンジャー」の二隻の空母を沈められ、さらに「エンタープライズ」が撃破されたのに対し、第三艦隊は歴戦の「飛龍」を撃沈され「翔鶴」と「瑞鶴」が深手を負った。

 第六一任務部隊のほうはすべての空母が無力化されたのに対し、一方の第三艦隊の側は「隼鷹」と「飛鷹」、それに「瑞鳳」の三隻が健在だった。


 その「隼鷹」と「飛鷹」、それに「瑞鳳」は第六一任務部隊が撤退したのを確認した後、ガダルカナル島奪還のために運ばれてきた川口支隊の上陸支援にあたった。

 同島のヘンダーソン飛行場に展開していた米航空戦力は海戦の冒頭で「飛鷹」それに「瑞鳳」の艦上機隊によって大打撃を被っており、その抵抗は微弱だった。


 ガダルカナル島の友軍救援ならびに同地の米陸上兵力撃滅の任を負った川口支隊は三隻の空母の艦上機隊ならびに第三艦隊の水上打撃艦艇の手厚い支援もあって無事に上陸を果たす。

 このことで、帝国海軍はガダルカナル島の米海兵隊を逆包囲、殲滅させることが出来ると考えていた。

 ふつうに考えれば、制海権と制空権を失った孤島の軍隊に待つのは破滅のみだからだ。


 しかし、米軍は意外な方法で事態の打開と収束を図った。

 第二次ソロモン海戦から一週間後、米軍は第三艦隊が同戦域から引き揚げたことを確認するやいなや「サウスダコタ」と「インディアナ」、それに「ワシントン」と「ノースカロライナ」の四隻の新型戦艦を基幹とする水上打撃部隊をガダルカナル島に夜間突入させ同地の日本軍に対して艦砲射撃を実施した。

 その際、四隻の新型戦艦から合わせて二〇〇〇発近い砲弾が同島の飛行場や日本軍の支配区域に撃ち込まれ、ガダルカナル島の日本軍は大打撃を被る。

 その混乱の隙に別動隊の高速艦艇が同島の海兵隊を収容、絶体絶命の危機に陥っていた彼らはすんでのところで救出され全滅を免れた。


 それでも、この一連の戦いで帝国海軍は機動部隊同士の激突で戦術的勝利を挙げ、さらにガダルカナル島の奪回を達成したことで戦略的勝利を獲得したのもまた自分たちだと考えていた。

 しかし、実質的には豪州の戦争からの脱落を阻止した米側の大勝利と言ってよかった。

 第六一任務部隊は空母三隻を撃沈破されるという大損害を被ったものの、一方で第三艦隊に対して少なくない出血を強いた。

 実際、日本側が失った搭乗員はその多くが実戦経験豊富な手練れであり、一朝一夕で補いがつくような人材ではなかった。


 情報収集能力に優れた豪州はこの一連の戦闘の結果、ガダルカナル島の日本軍を叩き出すことこそ出来なかったものの、しかし一方で日本軍のこれ以上の南下もまた無くなったことを確信する。

 日本の攻勢限界点、つまりは日本の国力の底が見えたのだ。

 そしてそれは、豪州の戦争継続を意味した。

 実際、現時点において日本軍は豪州北部はおろかポートモレスビーに侵攻する力さえも喪失していたので、豪政府あるいは軍首脳部の下した判断は正しい。


 一方、米軍のほうは、今後はガダルカナル基地復旧のための資材を運ぶ輸送船を徹底的に沈めるなど通商破壊戦で日本を締め付けるとともに、太平洋における攻勢は一時棚上げしてしばらくの間はインド洋失陥に伴って経済的苦境に立たされている英国救援にその戦力を傾注することを決める。


 米海軍はすでに六隻の新鋭戦艦を就役させ、戦艦戦力ではすでに帝国海軍のそれを大きく上回っていたものの、しかし空母のほうは艦隊戦に使えるものが「エンタープライズ」ただ一隻のみであり、こちらは複数の空母を擁する帝国海軍とは大きな開きがある。

 その差を埋めるための「エセックス」級空母は年末にようやく一番艦が完成する程度であり、一定数が戦力化されるのは来年半ば以降の話だ。

 このことで、この第二次ソロモン海戦以降、しばらくの間は日米間での大きな艦隊決戦は生起せず、戦いの主軸は基地間における航空撃滅戦と通商破壊戦によるものとなった。

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