僕はウルトラマン係になった

@sinnkiyu-za-desu

僕はウルトラマン係になった

僕はウルトラマン係になった。

 

 学活の時間、起きたら黒板に、「ウルトラマン係:田中」と書かれていた。なにするんだかよくわからない奇妙な係になってしまった、と思ったがその時には、学級委員が「それでは皆さん、これから自分の仕事にしっかり責任を持って頑張りましょう」なんて気取って言い終わったあとだった。帰りの会の後で先生に、ウルトラマン係って何をするんですかと聞きに言ったら、「宇宙怪獣ベムラーを追って地球を訪れ、怪獣や宇宙人から地球を守って戦う。 スペシウム光線を始めとした数多くの必殺技を持つ。M78星雲・光の国が故郷。強さだけでなく、罪無き怪獣をいたわるやさしさも持ち合わせている。地球での姿は科学特捜隊のハヤタ隊員。『ウルトラ兄弟』の一員でもある。」と返された。いや、ウルトラマンが何者かを聞いてんじゃないよ、地球上での姿は田中だよ、と思いながら、家に帰った。僕はうさぎの飼育係とか、のほほんとした係をやりたかったのに。


 係名を見て少し身構えてしまったが、実際は何の役割も無いようだった。皆がせっせと係活動をしているのをぼーっと見ながら、これはこれで良かったんじゃないかと思えてきた。特にこれといった事件はなく、1学期は、終わった。


 2学期に入ってからは、僕達は1ヶ月後に控える運動会の練習に汗を流していた。僕達の学年は集団行動をやる。(組体操は危険だからやってはいけないと国からお達しが来ているらしい。)これがまた面白いことに、集団行動は、上から見ないと意味がないのだ。他の学年の子たちや、保護者は校庭に座って見るということを知らないのだろうか。そんなくだらない事を考えていたとき、先生に呼ばれた。「おい、田中!」脳みそ読み取られたか?と思ったが、先生は続けて、「係の仕事だぞ、急いでけ!」という。周りの友達が、ウルトラマン係なら、ウルトラマン帽かぶれよ、といって赤白帽子を半々にしてかぶってみせた。僕は状況がよくわからないまま、とりあえず先生が指す方向に走った。


 走りながら、確かにウルトラマンならそれっぽい衣装が必要だな、と友達の冗談をまともに受けて、かぶっていた赤白帽を半々にしてかぶり直した直後。


 ピカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっっっっっっっっっっ


 な、なんだ?


 僕の体が発光しだした。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ


 これってもしかして、ウルトラマンになっちゃうやつか??強くなって…


               * * *


 僕はミニトラマンになっていた。名前の通り、「ミニ」な「トラマン」だ。僕の体は赤と銀色に包まれていて、ピコーンピコーンとなるやつもついている、どう見てもウルトラマンそのものだったが、大きさは10分の1になっていた。


 大きさが小さいから、走っても走っても全然進まない。でも、不思議と体は疲れを感じなかった。無意識のうちに足が勝手に街に向かっていた。 

                                    

 街に出ると、ウルトラマンが避難誘導をしていた。住民の話を聞く限り、海底に潜んでいた怪物が暴れだし、日本に向かってきているところだという。上陸前に住民を安全な場所に避難させているようだ。ウルトラマンが呟いた。「あー電車と車だけじゃ人が多すぎて足りないなー」こいつ、緊張感ないな、と思ったその直後、僕の体が再び光を放った。


パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ


 これってもしかして、体がでかくなって、みんなを肩に乗せ…


 僕はシャトルバスになっていた。またもや期待した自分が恨めしい。住民をのせて走行中に気づいた。ウルトラマン帽をかぶっている間の僕はミニトラマンで、ミニトラマンは、ウルトラマンの思ったとおりに変身する、子分みたいなやつではなかろうか。田中健10歳、僕は今、ウルトラマンの忠実な子分である。東京臨海部と内陸の安全なところを光の速さで数十往復したところで、指令が来た。脳に直接だ。さすがウルトラマン。いや、その同類、ミニトラマン。ん?ウルトラマンもどき?それともただ光ってるタイツマン?そんなのどうでもいい。どうやら怪獣が上陸したらしい。これからが正念場だ。本物のウルトラマンがしゃがんで僕の方に腕を差し出した。ミニトラマンに戻った僕はその腕を伝ってウルトラマンの肩に乗り、次の司令を待った。


 「ミニトラの田中よ、聞こえますか。私はウルトラの母、名前もウルトラの母です。」僕らの周りが柔らかな光に包まれた。「ウルトラマンとともにこの美しい地球を守るのです。そなたは今、大容量脳みそを持っています。更にこの情報誌を授けます。ウルトラマンの目として、脳みそとして、全力を尽くすのです。あなたが今、何をなすべきなのか、それは自ずとわかるでしょう」

 その直後、ズドーンという音とともに、怪獣が現れた。え、ちょっとまて、ウルトラマンの目と脳みその働きって何すればいいんだ?自ずとって、一体いつだよ、もう怪獣そこにいるぞという焦りを見透かすように、ウルトラの母が、「やっぱりマニュアルを渡します。これに沿って戦いなさい」といった。僕はコォォォォォォォォッという神秘的な音に包まれて落ちてくるマニュアルを必死につかみ、ウルトラの母は彼方に消えた。


 『まずは怪獣の情報をウルトラマンに教えること。』

僕はひたすら受け取った情報誌をめくり、目の前の怪獣のページを探した。焦りと少しの混乱で、1枚めくるのに途方も無い時間がかかっている気がした。あった!僕はわけもわからないままできる限りの情報を必死に叫んだ。「怪獣の名前は**、急所は尻尾の第2関節と左手首だ!!!なんとかかんとか!!!」ウルトラマンは、少しだけうなずき、相手に的確な攻撃を食らわせる。さすがプロ、という感じだった。僕はただ振り落とされないように必死にしがみついていた。数分後、なんとかマニュアルの次の項目に目を落としたとき、激しい攻防戦はなおも続いていた。


 『次に怪獣及びウルトラマンによって破壊された建造物を記録すること。』

ミニトラマンになった僕の脳みそは、いわば大容量パックの除湿剤である。記憶しようと思ったものはまるで空気中の余分な水蒸気のように、面白いほど脳みそに吸い込まれる。しっかりとウルトラマンにつかまりながら、砂埃を上げながら倒れていく家やビルを正確に記録していく。結構シュールな仕事だな、と思ったが、何よりも大容量脳みそをいかして記録という後世に残る作業をしている、という優越感が勝った。


 そうこうしているうちに、今までにない大きな衝撃を覚えた。怪獣が吠える音で、空気が激しく揺れる。まずい、振り落とされる。


 静寂。


 土埃が落ち着いてあたりを見渡すと、怪獣はすでに倒れていた。息をしていない。よっしゃ、勝ったぞと思ったのもつかの間、僕を肩にのせたままのウルトラマンは、苦しそうに腹をおさえてしゃがみ込んでいた。怪獣と戦って相当なダメージを受けたのだろう、これが限界だ、というふうに、くっっ…と痛みをこらえていた。自分がいくら傷つこうとも、他人を守るために精一杯力を振り絞って戦う姿が、言いようもなくかっこよかった。僕もそんなふうになりたい、と心から思った。大丈夫ですか、僕になにか出来ることはありますか、と必死で聞いた。「心配するな、ただの腹痛だ。朝ごはんに母ちゃんが昨日の残りを出したのがまずかった。9月といえどもまだ残暑厳しいからな。お前も残り物はきちんと冷蔵庫で保管するんだぞ」前言撤回。なんて反応したらいいのかわからなくて、はい、わかりました、とうなずいてみせた。ピコーンピコーンピコーン。


 ウルトラマンの胸のランプが点滅しだした。そろそろ別れの時間だ。最後の会話は抜きにして、ウルトラマンの助けになれたことを誇らしく思った。ウルトラマンが言った。「お前がいてくれて本当に助かった。感謝している。これからは東京の復興に向けて頑張ってくれ」そして、「出会ったときからずっと思っていたのだが、伝える機会がなかった。お前の頭の上の赤と白のやつ、イカしてるな。この地で共に戦った記念として私にくれないか?」そう言うと、すっと僕の頭に手を伸ばして、赤白帽をとってから自分の頭の上にのせた。僕は人間に戻った。「ではさらばだ、シュワッチ!」ものすごい速さで飛んでいき、青い空の端がキラリと輝いた。目の下がちょっと濡れていたのは、言うまでもない。


 僕の手には、マニュアルだけが残った。


 『破壊されたビルと全く同じものを新たに建て直し、以前と変わらない状態にすること。

 なお、この間は、大容量脳みその機能は維持される。』

漫画やアニメと違って現実の世界では、破壊された建物が勝手に元の状態になることはない。要は自分たちで後始末をやらないといけないというわけだ。その日のうちに僕は全国の建築会社の人を集めて、復興の指示をした。(手に持っていたマニュアルになにか不思議な力でも宿っているのだろうか、彼らは恐ろしく素直に指示に従ってくれた。)


 数カ月後、東京復興は完了した。すっかり元に戻った街を見て僕は目を細めた。


 復興が完了したその日、あのとき「人間だった」すべての人の記憶から、怪獣とウルトラマンの記憶が消えた。


               * * *


雪が降って、桜が咲く季節になった。新しいクラスの係決めのとき、僕はドキドキする気持ちを抑えて、ウルトラマン係を探した。でも、どんなに注意深く探しても、それは見つからなかった。僕はうさぎの飼育係になった。


 家に帰ると、お母さんが「新学期、どうだった?」と聞いてきた。うさぎの飼育係になったよ、というと、「まあ、一年生の時からやりたいって言っていた係になれてよかったじゃない」と嬉しそうだった。そして特に意図はなく「そういえば去年は何の係だったっけ?」と聞いた。 僕は胸を張って答えた。


 「ウルトラマン係」  

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