孤高のマリアはイビツに笑う ③

「でもぉ、タクトは私の所有物モノって自覚が無いよねぇ?まだ、自分が鈴音ちゃんの彼氏って意識があるよね?まぁ、そうだよね、告白、多分成功したんだよね?両想いだったし。」


彩愛さんは独白を続けていく。


想いを吐露する毎に目の濁りが増していく。


「でもね、今この瞬間、主導権を握ってるのは私で、君は私の気分次第で............ 」


そう言って、彼女はその細くしなやかな手で僕の首をゆっくりと掴み、徐々に力を入れていく。


苦しい、ということはないが、いつでも殺すことは出来るぞ、とでも言いたげな目を僕に向けている。


..........下手なことはするな、と釘を刺されてしまった。


ゴクリ、と緊張から生唾を飲む。


「分かったみたいだねぇ♡聞き分けのいい子は大好きだよぉ♡まぁ、もともとタクトは好きだけど。」


そう言いながら、今度は何か固いものどうしがぶつかる音が聞こえた。


「ふんふーん.....ふひひ♡」


カチャカチャと、鎖でない何かが音を立てている。その音に、何故か僕は今までの死の恐怖とはまた別の何かを感じ取っていた。


「はーい、準備できましたよー♡」


そう言った彼女の手は、注射器と小さな四角い布を持っていた。


注射器の中の何か透明な液体から、天井の光が透けて映っている。


あれは、何だ?


「ふんふーん」


ピンっ、と注射器の先を軽く指で弾くと針の先端から透明な液が漏れ出る。


不意に右腕の関節に冷たい何かが当たった...いや、擦り付けられている。


これは、あれだ。医者が注射する時に行う消毒。先程の四角い布は消毒液を染み込ませたガーゼだったようだ。


「はーい、ちょっとチクッてするけど痛くないからねぇ♡」


そして、すぐに関節に何かを打たれる感触を覚えた。


何かを注入されている。鎖と注射中であることから身動きが取れない関係上、今僕は何をどれだけ注入されているかよく分かっていない。


ただ隣の彩愛さんの顔のその濁った目が、その口が、三日月が如く綺麗でどこかイビツに歪んでいるのが見えるだけ。


もう、嫌な予感しかしない。


でも、ここで僕が暴れて、注射器の針が体内に入り込んだままになったらどうしようもない。


そうして少しの静寂がこの小さな部屋を包む。恐怖を駆り立てていく。


何本かあるのか、何回か、刺される感触と抜かれる感触を味わう。


カシャンと、金属の上に何か置く音と同時に、


「ふひ、終わったよぉ、頑張りましたねぇ♡」


よしよし、と言いながら僕の注射した部分にテープを貼り、彩愛さんはまた頭を撫で始めた。


一体彼女は僕に何を注射したのだろうか?


毒?の可能性は低いと思う。毒なら最初の時点で僕を殺せているだろうし、今までの行動を見るにサイコパスな考えの持ち主ではない、はず。


..........次に媚薬?と言っても、僕はこの世界に本当に媚薬なんてものが本当にあるのか?と疑っている。あんなもの小説の中のアイテムじゃないか。現実世界にそんなものがあったら世の中たまったものじゃないだろう。


最後は、うーん、麻酔薬かな?でも、そんなことしたら危ないのでは無いだろうか?この感じ部分麻酔って訳じゃ無さそうだし、そもそも学生がそんな高度な処置が出きるとは思えない。


最も、彩愛さんが天才でなければ、の話ではあるが。


..........そう言えば、注射されても痛くなかったな。少し刺される感覚はあったが鋭い痛みというのはなかった。もしかして、上手いのか?本当に天才なの─


「練習したんだよぉ?」


なっ!?れ、練習?どういうことだ?


「あれぇ?言ってなかったっけ?私の家、というか両親共々医者の家系なんだよ?まぁ、よくある風邪とかを見る耳鼻科と産婦人科なんだけどねぇ。私の家の親は家には帰って来ないけど、他の人からしたら、あの二人、私のことを溺愛してるらしいからねぇ。それに、私が医者になることを望んでるらしいから、注射してみたい、なぁんて言ってみたら二つ返事でオッケーしてくれて、何回か実践出来たんだよぉ。老若男女問わず、いろんな人に注射してきたし、それよりも前に腕の模型を使って痛くない角度と場所をしっかり体に叩き込んだからねぇ、腕には自身があるんだよぉ。」


成る程、それなら頷ける。


そうか、帰ってこないのは二人ともが医者だったからか。


「...........よし、そろそろかなぁ?」


ふぅーーー


いっ!?


唐突に、耳に風が当たる。


室内で風が自然発生するわけもなく、それは彩愛さんのものだと分かった。


でもっ、何かおかしいっ。


さっきの、耳に息がかかったからって、こんな変な気持ちに、なるわけ無い!


「ふひ、ちゃんと効いてて良かったぁ♡ちゃぁんと敏感になったねぇ♡」


び、敏感!?まさか、俺に入れられた薬は、


「そうそう、体が敏感になっちゃう薬♡よくネットとかで見る感度が上がる薬だよぉ?一種の媚薬に近いかな?摂取した対象は十分間だけ体が普段の五倍は敏感になっちゃうっていう海外から取り寄せたばかりのもの♡自分に使ってみたけど、凄かったねぇ、トんじゃうかと思ったよぉ♡...........でも、あれだけじゃ調教には足りなかったから、少ぉし特殊なことをしてぇ、濃度ら濃くしてみたんだぁ♡」


!?の、濃度を濃くするって、大丈夫なのか!?...........っくそ、さっきから心臓の鼓動が激しくて、うるさい。


「ラベルにはねぇ、本製品は原液のままでは効果が高すぎて人体に多大な影響を与えるため、原液を精製水で薄めて人体に使っても問題ないようにしてあります、って書いてあったんだけど、薄めちゃったら元も子もないって思わない?相手をめちゃくちゃのドロドロに出来てこその媚薬でしょ?だから、家にある器具を拝借して、頑張って作ったんだぁ♡配合も難しかったけどぉ、タクトのためならって思って頑張ったよぉ♡」


...........不味い。彼女が言うことが本当であれば......いや、本当であるから、俺に打たれたものは想定されてる効果よりも強いものだってことだ。だったら、体に酷い影響が出るかもしれない。


........悪あがきでもいいから、少しでも抵抗して拘束をっ!?


う、動かない?!


「あ♡言うの忘れてたけど、それ、薬は一種類だけを入れた訳じゃないんだぁ。三倍に薄めた精神安定剤と、二倍に濃くした惚れ薬にぃ、海外で使われてるっていう犯罪者鎮圧のための痺れ薬を六倍希釈したものを入れたんだよぉ♡私のことは今までより魅力的に映るし、最初の頃よりも落ち着いてるし、何よりぃ............動けないでしょ?」


ふぅーーーーーーーーー

ツーーーーーーーーーー


「んんんぅっ!?」


耳と首筋の両方を、彩愛さんの吐息と、細い指で同時に攻められて遂に耐えきれず、僕は声を上げてしまった。


それが、いけなかった。


「ふ、ふふふ、ふひひひひっ♡」


優しかった笑顔が、ついさっきまで僕に調教という名のキスをしてきた時の目で、裂けたイビツな笑顔で、僕のことを狙っていた。



「あっ、もう無理。食べよ」





そして僕は、何をされるか分からない恐怖と、芽生え始めた期待で心がぐちゃぐちゃになっていた。





─────────────────


本作品で書いた薬やその用法は現実のものとは関係はなく、フィクション上のものであるため、勝手な配合はもちろん、その使用もお医者様の指導のもとでなければ絶対に行ってはいけません。というか、配合なんて絶対にしないでください。

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既にヤンデレはそこに居る。 時亜 迅 @ToaJinco18

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