ちょっと寄っていかない?
辺りが少し薄暗くなってきた。
季節のわりに早い日暮れ。
世界が暗くなっていくのに対して、僕の心は逃げ切ってまた鈴音さんに、宗次郎に会うのだというやる気で燃え上がっていた。
膝を擦りむいていることなど気にしていなかった。
ただ前を向いて走り、時々歩く。
これをずっと繰り返していた。
親友の家を出てから一時間た程度しか経っていないはずなのに、僕の喉は渇き始めていた。
いつも以上に体を動かしたのと、極度の緊張が相まった結果だろう。
僕のバックの中身を見て財布を探す。
幸いにも、今僕は自動販売機の近くに来ていた。
財布の中にあったのは1500円。
学校の自動販売機や食堂を利用するときに使おうと考えていたので、なかなかの額が入っていた。
でも、少ない。
最低でも2日、リミットは3日。
彼女から逃げ切るために走ったりする。
もうここらに知っている人の家など一軒二軒ほどしかない。
僕はその人たちにも巻き込まれてほしくないので、誰の家にも訪ねるつもりはない。
すると問題になるのは飲料水だけに止まらなくなってくる。
食料問題
その場凌ぎでは生きていけない。
人間3日何も食べなければ死んでしまうらしい?のだ。
これっぽっちのお金じゃ、一日で食料が尽きるほどしか、いや、それよりも早くつきてしまう量しか買えない。
日雇いバイトなんか無理だ。
レジ打ちも料理もやったことはないし、何より作業中に捕まる。
こんな選択肢を考えること事態バカである。
とにかく、隣街に来てから色々と問題点を見つけた。これらから考えるに、僕は一度家に戻る必要がある。
もちろん風呂に入るためなんかじゃない。
家にある僕の貯金全てと衣服、そして定期券を手にいれるためだ。
高校に進学するまではお小遣い制だったため、月に一度必ずお金が手に入っていた。
僕は友達が多い方ではなく、また物欲もあまりなかったので、お金はどんどん貯まっていった。
その結果僕の貯金は5万ほどまでになっていた。今こそ、その貯金を消費すべきなのだ。
まずは実行に移そう。
僕はそう思ってまっすぐ進むのをやめて曲がろうとした。遠回りで家に帰ろうとした。
「拓人?拓人ー!」
だが、僕の行動はその声によって止まる。
僕の名前を呼ぶ声。
少し遠い場所から発せられているのか、不鮮明だ。
嫌な汗が流れる。
キョーコちゃん、もう追い付いたのか?
あまりにも早すぎる。
想像していたよりもキョーコちゃんは索敵能力と脚力があるのかもしれない。
もしキョーコちゃんならば今振り替えるべきではない。
無心になって走るべきだ。
だけど怖いもの見たさで振り返ってしまった。
「彩愛さん?」
「そうだよ!私以外に君の知ってる彩愛ちゃんはいないよ?」
走ってくる女の子、彼女は僕のクラスメートの東城彩愛さんだった。
僕が巻き込みたくない人、その一人だ。
「どうしてここに?」
「私は親に買い物を頼まれてね、今日と明日帰ってこないから、自分の分は今日のうちに買っておけーって。それより、私の方こそ聞きたいよ。何でここにいるの?」
「...........それは、」
言っていいのだろうか?
彼女は僕の恋のキューピットでもある。
僕が鈴音さんに告白したいと相談したとき、色々アドバイスをくれたのだ。
僕が鈴音さんに告白できたのは彼女のお陰と言っても過言じゃない。
だからこそ、巻き込みたくない。
でも、
言わなければ彼女は知らないままキョーコちゃんに殺されるかもしれない。
鈴音さんをピンポイントで狙いに来たってことは、多分僕と関わりのある人間について知っているんだと思う。
なら、狙われる可能性は十二分にあるのではないだろうか。
好意を寄せてるわけではないけど、今のキョーコちゃんは何をするか、分からない。
だから僕は、
「今日───」
事実を話した。
「ひ、酷い。」
彩愛さんは真っ青になっていた。
それもそうだろう。
話してる内容が内容で、信じられないものだと思う。だが僕の必死さがそれが本当にあったことだと彼女に悟らせたのだろう。
ふいに僕の体が彼女に引き寄せられた。
「怖かったね。」
「っ!」
「殺されるかもって、ずっと苦しかったんだよね。鈴音ちゃんが無事かは分からないけど、きっと大丈夫だよ。」
「............ 」
「頑張ったね。」
「っ、う、うぅぅぅぅ」
彼女の労いの言葉が、温かい言葉が僕の心を癒してくれる。
死と隣り合わせだった緊張感が抜けて、僕はいつのまにか泣いていた。
ポンポンと、僕の背中を優しく撫でてくれる彼女の手が心地よかった。
──ひひっ、ちょっと予定が狂っちゃったけど結果良ければ全て良しだね。私を頼ってくれてとっても嬉しいな、ひひひ♡──
そんななか、彼女の呟いた声なんか聞こえるはずがなかった。
また、顔がしたに向いていたので、彼女の顔も見えなかった。いや、見なくて良かったのかもしれない。
彼女の顔は、口が引き裂けそうなほど歪んだ笑顔になっていたのだから。
「ところでさ、」
「ぐすっ、な、何?」
鼻が詰まって上手く話せない。
「これからどうするの?また家に戻るの?」
「うん。とりあえずそうするつもりだよ。その後、隣の県にいこうかと思ってる。そこまで逃げれば流石に追ってこないと思うし。」
「そっか、ちょっとの間会えなくなっちゃうんだ。」
「状況がひどかったら、もしかしたら戻ってこないかもしれない。」
「えっ?」
「だって、人が1人刺されたんだよ?こんなの普通とは言えない。殺害されそうになってまで学校にいこうとは思わないよ。」
「そ、そっか。」
彩愛さんはそう言うとうつむいてしまった。
仕方ないのかもしれない。
まだちょっとの付き合いかもしれないけど、クラスメートであり友達なのだ。
急にいなくなると言って戸惑ったりするのは当たり前だ。
だがその顔は数秒後に上を向いた。
あれ?案外悲しまれてない?
「ならさ、ちょっと寄っていかない?家に。」
「え?」
彼女は唐突に提案してきた。
その提案は、あまりにも予想外すぎて、僕は口をあんぐりとする他なかった。
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