逃走2

どれぐらい走ったか見当もつかない。

でも、僕は走り続けた。

正気じゃないキョーコちゃんから逃げるために。命の危機から逃れるために。

来た道を戻って、住宅街を出て隣町へ行こうとした。はずなのに、


「ここに、居るんでしょう?早く出てきてよぉ♡じゃないと、刺しちゃうよ♡」


住宅街から隣町に行ける唯一の道に、キョーコちゃんが立っていた。


どうして?という疑問が浮かぶ。

この住宅街は裏道や一方通行の道がとにかく多く、道が複雑なので人を撒くのにはうってつけだった。僕は、いつも使う道を絶対に通らず、いくつもの裏道を通って、タイミングだってずらして、予測できないようにした。

はずなのに、さも当然のように、そこにいた。


あり得ない。僕が学校に行く可能性も、家に戻る可能性も、警察署に、友達の家に行く可能性だって考えられるはずなのに、何故ここに来ると予想できたのか。

僕には全くわからなかった。


幸いにも、隣町に繋がる道の近くには人一人隠れられる程の大きな物が存在していて、僕は、道から一番遠い場所に存在する物に身を潜めた。

一個一個調べるのならば時間がかかる。

その間に逃げることだって可能だ。

また、ここに来るまで彼女を観察できる。

もし数個の物陰を調べて諦めたならそれこそ僕の勝ちだ。

だが、そんな考えがとても甘かったことを、僕はこれから痛感することになる。


右手には包丁が握られていた。

あの時から変わらず真っ赤な血で染め上がっている。だが、キョーコちゃんの顔や服に血は付いていなかった。そこで、新たな疑問が生まれる。

どこで洗った?どこで着替えた?

僕は彼女の家の場所を知らない。ここから近いのかもしれない。そうなのだとすれば、色々と合点が行く部分がある。

だが、それにしても偶然が重なりすぎている。僕は、この時間帯に、この場所に彼女が現れたのが偶然だとは到底思えなかった。

何か、裏がある。


「そこに、居るよね♡」


すると、彼女が何か言葉を放ち、こちらに向かって歩いてきた。

急いで物陰に隠れる。目があってはいけない。姿を見られてはいけない。

ここに居ることがバレれば、僕は確実に捕まる。そうなれば、僕は無事では済まないだろう。


頼む、他の場所に行ってくれ!

心のなかでそう懇願するが、こちらに向かって近づいてくる足音は一向に止まなかった。

止まって、くれなかった。

コツコツコツと、同じリズムで音が刻まれる。

心なしかその音はスキップの際のリズムで刻まれ始めた。

瞬間、僕の生存本能が今すぐ飛び出せと僕に命令してきた。訳も分からないまま飛び出す。

後ろを振り返って見てみると、僕の今までいた場所に向かって包丁を突き出すキョーコちゃんの姿が見えた。

背筋が凍った。あの一瞬で数メートルもの距離を縮めてきた。もし、このままあの場所に留まっていたら、僕は無事では済まなかっただろう。

僕の精神は限界を迎えそうになっていた。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


叫ばずにはいられなかった。


「ウフフフフ♡そこにいたんだね?みぃつけたぁ♡」


その声に気付いた彼女がゆっくりと、こちらに向かって歩き出す。

僕がとるべき行動は、変わらない。


「鬼ごっこして遊ぶの、楽しいねぇ♡私、もっともっと遊びたくなってきちゃった♡だから、頑張って逃げてね?捕まっちゃったら、死んじゃうよぉ♡ウフフフフ♡」


言われなくても、分かってる!

僕はまた、自分の持てる最大限の力を振り絞り、駆け出し始めた。













そのとき、彼女はもう僕の後ろにはいなかった。








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