Stage4-24 また聖者に近づいてしまった悪役御曹司

「やった……! 【聖者】様がやってくれた……!」


「勝ったんだ……! 俺たちはあの魔龍に……!」


 司令部で空の激戦を眺めていた部下たちが拳を天に突き上げ、中にはその場にうずくまり、涙を流す者もいた。


 それほど魔龍というのは人類にとっての脅威だった。


 俺たちの築き上げてきた歴史が、技術が、失われずに済んでいる。


 魔龍という脅威さえいなくなれば、砦の向こう側にいる魔物なんて苦労する敵でもない。


 これまでのように俺たち自慢の魔導具で追い払うだけ。


 それができるのもあいつが魔龍による被害を最小限に抑えてくれたから。


「……俺は夢でも見たのか……?」


 あの魔龍が空から落ちていく。


 たった一人の人間の手によって。


 オウガ・ヴェレット。弱冠十五にして【聖者】となった人類の新たな光。

これはまさしく偉業だ。


そして、そんな奴の右腕にはめられた義手。……間違いない。


作ったのは俺の娘だ。ユエリィの作った魔導具が【聖者】と共に魔龍を討ち取ったのだ。


 俺にも出来なかったことを……あいつが……。 


「……そうか。やっとくだらねぇ憧れから解き放ってやる時が来たんだな……」


 あいつは昔から『父さんみたいになりたい』と言って、工房に入り浸っていた。


 最初こそ娘の可愛い言動だと思っていたが……あいつが作った魔導具を見て、考えが変わった。


 こいつは間違いなく俺なんかよりももっと腕の立つ機械技師になる。


 だから、絶対に俺の工房では働かせたくなかった。俺なんかを目指したらダメだ。


 せっかくの才能を腐らせてしまう。ユエリィだけは外の世界を経験させてやらなければ……!


 鍛冶場を与えて鍛錬はさせてやっても絶対に雇いはしない。いびつな構造はこうして生まれた。どれだけ嫌われても俺は折れる気はなかった。


 自分の子のためならなんだってやってやるのが父親ってもんだろう。


 どうにかこいつが仕えるにふさわしい環境はないか。中途半端なところではダメだ。必ず成長を促すような……そんな悩みを抱えていた俺の元に届いた顧客からの一通の手紙。


 それは『オウガ・ヴェレットというガキの義手の面倒を見てやってくれ』というラジニス・カブーニカからのものだった。


 オウガ・ヴェレットの名前は聞き及んでいた。若くして、国のために身を粉にして悪に立ち向かう【聖者】の称号を得た青年だと。


 そして、俺は即座に作戦を立てた。


 オウガ・ヴェレットの依頼をあえて拒否し、ユエリィを追い出す形で出会わせる。

ユエリィが俺の娘であることがわかれば、オウガ・ヴェレットも食いつくだろう。


 まさにその通りに事は運んだわけだが……まさかここまで上手くいくとはな。


オウガ・ヴェレットの名前は天下に轟く。


そして、また新たな試練があの男には降り注ぐだろう。


 フローネ・ミルフォンティの件といい、奴はきっとそういう星の下に生まれてきた男だ。


 ならば、あいつのそばにいる人間はいやでも成長を求められる。


「……やはり、こいつしかいない」


 喜びの喝采に満ちあふれる中、俺はあることを決めた。




      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 魔龍の頭蓋を貫いた俺は腕に着いた緑の血を振り払う。


【龍滅拳・改】……想像以上に素晴らしい出来映えになっていた。


 もはや義手というよりもアーム・ウェポンと言った方が正しいかもしれない。


 今回が初動だったが、体に違和感はなし。


 あとは【龍滅拳・改】に異常が無いことをユエリィに確認してもらえば――


「オウガ!」


「――カレン!」


 俺が魔龍と戦っている間、隠れているように指示していたカレンが駆け寄って抱きついてくる。


 勢いを殺さないように一回転すると、改めて俺からも彼女を抱きしめた。


「本当に……本当に良かった……!」


 カレンは俺の手を握りしめ、もう片方の手で俺の視界を塞いでくれた。


 つまり、俺の右腕が切り落とされる瞬間を見て、音を聞いていた。


 だから、より強く俺の無事を祈ってくれていたのだろう。


 カレンの後ろには、ニッと口端を吊り上げたユエリィが送り出したときと同じように拳を突き出している。


 その表情は達成感に満ちあふれていた。


「やったなぁ、少年!」


「ああ、証明してみせたぞ、こいつの実力」


「おうともよ!」


【龍滅拳・改】の拳をぶつけると、ユエリィは腹の底から湧き上がってきた達成感を吐き出すように空に向かって叫んだ。


「見たか、クソ親父ぃぃぃぃ! これがアタシの実力だぁぁぁぁ!! ……はぁっ……げほっ、げほっ……あ~、すっきりしたぁ……」


 たまっていたものを全部吐き出した彼女は酸素を求めるように息を吸い込んだ後、その場に倒れ込む。


 そして、また両腕を突き上げる。


 その姿を見て、すっかり涙が引っ込んだカレンと一緒に笑う。


 やはり彼女の目標へ懸ける情熱を信じてよかった。


 ユエリィは夢を叶えようと努力し、前へ進むことができる人間だ。


 この実力……たった一度の義手製作で縁切れるのは惜しい。


 前から考えていた。彼女が満足いく義手を作ったならば……いや、違うな。


 依頼受注から製作以外を切り捨てているとしか思えないハイペースでの試作完成。


 狭く、深く。それでいい。


今の俺が必要としているのはまさに彼女のような人物。


ユエリィは知ったはずだ。自身の作った魔導具が活躍する喜びを。全てが報われたような達成感を。


 きっと今後を迷っている。今までルルダーン工房が全てだった小さな世界で、新たな感情を知ってしまったから。すっきりして、胸の内が空っぽになってしまったから。


ならば、俺がその穴を埋めてやればいいだけだ。


「クックック……決めたぞ、ユエリィ」


 目標を達成し――まるで次の道を渇望しているかのように空へと伸ばされた彼女の手を握りしめた。


「俺はお前をヴェレット領へ連れていくことにした」


「っ……!」


 ピクリとユエリィの肩が震えた。


「……何言ってんのさ、少年。知っているだろ? 親父の工房で働きたいんだって。魔龍を倒せる魔導具も作った。今度こそ絶対に」


「ああ、知っている。だが、俺がお前を欲しいと思ってしまった。ヴェレット家の長男であり、【聖者】でもあるこの俺が、だ」


「そんなの関係ないよ。ここは独立機械都市・エンカートン。少年の立場も役に立たない」


「残念ながら今回ばかりはそうもいかない。俺はこの街を救った英雄だからな」


「それは……」


 確かにエンカートンは貴族の影響を受けない街だが、崩壊の未来から救った俺の要望を断るのはいささか外聞が悪すぎる。


 もしそのような対応をすれば今後、それこそ魔龍に襲撃されたとしてもどこも助けてくれなくなる。


 それはエンカートンにとっても困るはずだ。


 なぜなら、過去に魔龍を撃退した龍撃墜弾では退けられず、【龍滅拳・改】は俺の腕にある。もしユエリィが新たに【龍滅拳・改】を作ったとしても使用できる人材は限られるからな。


「だから、お前は俺のもとに来るしかないのさ」


 そして、なぜ俺がこんな悪役ムーブをしているのか。


 それは絶対にお前を逃さないとユエリィに意思を見せるため。


 彼女が『ルルダーン工房』と『オウガ・ヴェレット』のどちらかを選択をすることで後悔を生まないようにするためだ。


 こうやって連れて帰ればユエリィは俺に無理やり連れていかれたという建前ができ、ルルダーン工房。ひいては父親のデュード氏に負い目を感じる必要がなくなる。


 ついでに俺の悪評を流すことが出来れば、【聖者】の印象を変えられるかもしれない。


 フローネを倒した後も奉公を続ける人生なんてまっぴらごめんだからな。


 ここで民衆からの評判を落としておくのだ。


「お前は迷う必要なんかないのさ。高みを目指して、腕を振るい続ければ良い」


 それに、と続ける。


「……これはまだ完成していないんだろう?」


 そう言って、トントンと右腕を叩いた。


「……っ! ……そっか。アタシはそうするしかないんだね?」


「ああ、俺に従うしかない。だから、デュードにも今の会話をありのまま伝えておけ」


 あとでデュードに文句を言われても面倒くさいし、事前に説明をしておくように言付けておく。


 それに俺の予想ならあの男は許可するはずだ。


 誰よりも娘の腕に惚れ込んでいるからな。


「明日、ヴェレット領行きの飛行船の前に来い。わかったな?」


 魔龍出現の情報を聞けば、父上はすぐに迎えの便を手配してくれるはずだ。 


 理由は簡単。愛息おれがいるから。


「……少年は優しいね」


「クックック……何を言うかと思えば。俺は俺のやりたいように動いただけだ」


 掴んでいた手を引っ張って、彼女を立ち上がらせる。


「待っているぞ」


 それだけ告げて、俺はその場を後にした。





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