Stage4-9 名探偵マシロ
前世の飛行船とは違うのは常時魔法によって浮き、推進しているので一度に運べる人数が多いことだろう。
胴体につながっている客室に個室はないが、その分面積が確保されており、各々が窓に沿った形で設置された席に座って景色を楽しんでいる。
「わぁ~! すごい、すごい! 見て、オウガくん! お屋敷があんなに小さいよ!」
「ああ、そうだな。見える景色も綺麗だ」
かくいう俺も飛行船に乗るのは初体験だからな。心躍るものがある。
雲の上に出る飛行機とは違って、これもまた趣深いものだ。
「エンカートンはどんな感じなのかな? ボク、すごい楽しみなんだ!」
「文献だと多くの移民を受け入れているから様々な文化が発展しているらしい。街に着いたらみんなで回ってみようか」
「それはいいね! 私も寄ってみたいお店があるんだ」
「エンカートンは今は商業が盛んな観光都市としても有名ですから、きっとたくさん楽しめると思いますよ。……そうだ。マシロさんのためにも少しだけ説明しておきましょうか」
「ありがとうございます、レイナさん! お願いします!」
「いえいえ。歴史を知っていた方がきっと観光も楽しめると思いますから」
確かに何も知らない土地よりも、少しでも情報があると見え方が変わったりすると聞く。
特にエンカートンは飛行船がなければたどり着くのも一苦労する場所にあるので、マシロはこれまで調べようと思ったこともなかっただろう。
レイナは小さく咳払いをすると、成り立ちを語ってくれた。
独立機械都市・エンカートンは元をたどればただの荒れ地だった。
開けた土地ゆえに四方八方から魔物に襲われる危険性があり、土地に栄養も無かったために食物もなかなか育たない。
そんなどの国も手を出したがらない土地に流れ着いたのは、さらなる地獄から逃げ出してきた様々な国からの流民たちだった。
彼らに共通していたのは税によって苦しめられていたという境遇。
言葉は違えど、同じ思いを胸に抱いていた流民たちが手を取り合うまで時間はかからなかった。
流民はみな平民の出身。魔法が使えない彼らが魔物を追い払うためには武器が必要になる。
そこで鍛冶師をしていた一人の男が流民に己の技術を教え、彼らはみるみるうちに技術力を身につけていった。
自分たちの手で作る武器が、自分たちの生活の平和に直結する。
他の誰も助けは来ない。未来をきり開けられるのは自分たちだけ。
そんな常に死と隣り合わせの環境が彼らの技術力を格段に飛躍させていく。
周囲を囲むのは木柵から鉄柵、砦へ。
噂を聞きつけた流民たちが合流し、村から都市へ。
そして、エンカートンの価値を格段に高める最大の発明が魔導具だ。
特に魔石を使用した魔導具の作成はエンカートンの機械技師しかできないと言われており、今もなお外部にその技術は漏れていない。
こうして己の腕を頼りにのし上がったのが独立機械都市・エンカートンの成り立ちとなる――というのが基本情報ですね」
飛行船に乗っている間、どうしても移動時間が暇になる俺たちはレイナ先生によるありがたい講義を受けていた。
俺とカレンは当然過去に習っているが、マシロは初めての情報に目を輝かせている。
「質問です! そんなにすごい都市になったなら、どこかの国が目を付けたりしなかったんですか?」
「自分たちを苦しめた貴族が支配する国をエンカートンは受け入れなかったと聞きます。それに……ほら、あれを使って窓から下を見てください」
マシロは言われたとおりに窓のそばに設置された望遠鏡から下を覗き込む。
そして、飛び込んできた景色に驚くだろう。
「……えっ、魔物があんなに!?」
マシロの言ったとおり、俺たちが飛んでいる下には人類の敵である異形の化け物が徘徊している。
これが昔からエンカートンを取り込みたい国にとって頭を悩ませる問題の一つだった。
「エンカートンへ行く陸路は危ない魔物がたくさんいるんです。元々、人が住んでおらず魔物が住み着いていた土地でもあったからですね」
「へぇ~……って、待ってください! じゃあ、さっき話してくれた都市ができるまですごい被害があったんじゃ……」
「間違いないでしょう。だから、エンカートンで暮らす人々は祖先の意思を大切にし、どこの国にも属さない独立機械都市と名乗っているのです」
「ちなみに、同じ理由で貴族の権力もエンカートンでは全く通用しない。魔導具の作成も完全予約制で直接工房へ出向かわないと受けてくれないことで有名だ」
「さらに付け加えるなら、隷属はしないだけで交流は行っているよ。この飛行船だって行き来するために作成をエンカートンが、資金はロンディズム王国が出したことでできたものなんだ」
「みんな、すごいなぁ……。ボクももっとお勉強しなくちゃ……」
「マシロは魔法の勉強で今は手一杯だろうから致し方ないさ」
「ううん、もうオウガくんと過ごして半年だもん。いつまでも甘えてられないよ……それに貴族のお嫁さんとして不適切だろうし……」
「…………っ」
あっ、『お嫁さん』ってワードにアリスがほんのわずかに反応した。
「……アリスさんは?」
「わ、私ですか? 申し訳ありません。私もまだ疎くてお三方以上の知識はなく……」
「一緒だ~!」
仲間を見つけたマシロが嬉しそうにアリスへと抱きつく。
彼女は流石の体幹でブレることなくマシロを受け止めていた。
「それは嬉しいような、悲しいような……」
要は知識知らず組という組み分けになるからアリスも素直に喜びづらいのだろう。
「ふふっ。マシロさんはいつでも明るいところが素敵ですね」
「ああ、必要以上に重たい空気になるのは俺も避けたかったから。本当に大助かりして――」
「――あれ? アリスさんからオウガくんの匂いがする……」
一瞬で朗らかな空気が死んだ。
「……オウガ?」
「オウガ君?」
まず両サイドからガッチリ肩を掴まれたので逃げるという選択肢はない。
顔は平静を装いつつも、背中は冷や汗の濁流である。
十中八九、昨晩の添い寝が原因だろう。
だが、俺の天才的頭脳を侮ってもらっては困る。
何事もなくこの状況を乗り切ってみせる……!
「今朝、アリスに着替えを手伝ってもらったんだ。そのとき衣服を持ってもらっていたからかもしれないな」
「はい。オウガ様がズボンは自分でやるとおっしゃられたので、その間上着をお預かりしていました」
「…………」
マシロの視線が突き刺さる。
さぁ……判決はどっちだ!?
「……そっか! もうビックリしたよ~」
無罪の判決を得た俺は心の中でガッツポーズを決める。
マシロの判決を聞いてカレンとレイナも解放してくれた。
……しかし、やっていることが浮気を隠す夫みたいで嫌だな、これ……。
こんな思いをするならば、もっと早くみんなに俺からプロポーズを……っとと。
「どうしたんだ、マシロ。今度は俺に抱きつきたかったのか?」
「うん、そうだよ。オウガくんにこうしたかったの」
いつのまにかアリスの元からこちらまでやってきた彼女は俺の胸元へと顔を埋める。
……ん? 待てよ、この状況……かなりマズいのでは?
そのことに俺が気づいたのと同時にマシロがニコリと目の笑っていない微笑みを浮かべた。
「……あれぇ? どうしてオウガくんにもアリスさんの匂いがこんなにも染みついているんだろう……?」
そこからの行動は早かった。
先ほど以上に強い力で両肩を握られて、空いている方の手でベルトをしっかりと掴まれる。
これで俺は立ち上がることすら封じられたわけだ。
当然、俺を見捨てる選択肢など端からないアリスはその場から不動。
……クックック。これが修羅場というものか。
想像していた以上に恐ろしい。
「どういうことなのか。たっぷり教えて欲しいなぁ?」
「……ええ、ぜひともお聞きしたいところです」
「エンカートンに着くまで楽しみだね、ね、オウガ?」
「……オウガ様……」
こうして三人による俺とアリスへの尋問は宣言通りエンカートンへたどり着くまで行われた。
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