Stage4-10 降ってきた幸運

 結論から述べよう。 


 昨晩、アリスと添い寝したことがバレた。


 ただ事情が事情だっただけに最終的には許してもらえたが。


 ちなみに俺は最初から最後までアリスと添い寝したかっただけというのはもちろん火種となるので伏せておいた。


なんとかマシロたちの嫉妬の炎も沈下し、工房へ向かうぞ! ……となるはずだったのだが、カブーニカさんにおすすめされた工房へ続く道を歩いているのは俺一人だ。


「……まさか一人で赴くことになるとは……」


 あれだけ観光を楽しみにしていたマシロたちの姿はない。


 彼女たちは空港に着くやいなや――


『私たちこれから四人で今後について大事なお話があるから、オウガは一人で工房に向かってくれるかい?』


『先に予約している宿屋に荷物を置いておきますから、交渉が終わり次第、こちらに合流してください』


『時と場合によってはボクたちの今後に関わってくるから……』


『オウガ様……私は大丈夫です。いずれ話さなければならないと思っていたこと……この戦、必ず生き延びてみせます』


 ――と言って、別行動になっていた。


 ただお話しするだけでどうして生死の話が出てくるのかは不思議で仕方がなかったが、俺が助け船を出せるわけもなく。


 四人は他の施設に目もくれず、宿泊予定の宿へと向かったわけだ。


 ……これは俺の予想になってしまうが、おそらくアリスの気持ちについて四人で話し合うんだと思う。


 これまでなら絶対になかったアリスの添い寝。


 それでなくても右腕を壊してからは過保護な態度が目立っていた。


 この変化にマシロたちが気づいていないわけがない。


「……やはりいつまでもうじうじしてられないな……」


 今回、こうなったのも俺がアリスと添い寝した事実を隠していたからだ。


 それは馬車での出来事同様、マシロたちに後ろめたさを感じたせい。


 俺がもっと早く三人に隣にいてほしいと打ち明けていたならば、今の事態にはなっていなかったはず。


 結局、いろいろと言い訳をして恋愛方面で踏み込んでこなかったのはひとえに俺の弱さだ。


 過去のトラウマが恋愛への発展を妨げてきた。


 そんな俺の壁を壊すようにアリスがとてつもなく大きい一撃を入れてくれた。


 よく考えろ。


 想いはいつだって伝えられるとは限らない。フローネとの戦い……最悪を想定するならば俺も死ぬ。


 その前に四人に伝えたい。伝えなくちゃいけないんだ。


「……宿に戻ったら言おう」


 みんなに一斉じゃなく、一人一人に向き合って。


「くっ……決めた瞬間、いつになく心臓が跳ねやがる……」


はやく工房でのやりとりを終わらせたい気持ちがどんどん湧いて出てくる。


 気が急くのを押さえながら、やや駆け足気味に俺はカブーニカさん御用達のルルダーン工房へと歩を進めた。


 




 エンカートンの街のシンボルとも言われる工房は見上げれば首が痛くなるほど巨大な建物だった。


 確かにこれだけの規模ならば俺の義手も最高のものを作ってくれるはず。


 あとはそれがいつになるかどうかの話だが……とりあえず話をしてみなければ始まらない。


 父上から予算に糸目は付けなくていいから満足いくものを作ってもらってこいと言われている。


 フローネとの戦い……つまり、俺の命に関わってくる部分だ。


 遠慮せず、性能を突き詰めるつもりでいた。いたのだが……。


『お客様のご要望の義手となると予約待ちの時間も考えまして、完成は十年後になると思われますがいかがなさいましょうか?』


『……一度持ち帰ることにする』


『かしこまりました。次回、ご来店の際には今回よりもさらにお時間がかかると思われますのでご注意ください』


 さすがはエンカートン最大の工房。


 まさかこれだけ時間がかかるとは……想定外も想定外。


 十年もあったら、フローネがこの世界を戦争で支配している頃だろう。


……この工房を一周する間に頭を整理して、もう一度頼むか決めるとするか。


他に手段がないか、俺は歩きながら考え始めた。


「しかし、あのカブーニカさんの紹介状も何の意味も成さないとは……この街はよほど徹底されているみたいだ」


 ロンディズム王国ならカブーニカさんの紹介状があれば王城でさえフリーパスで入れると思う。


 それほどの影響力があるが、この街ではあくまで一顧客。


 それ以上でもそれ以下でもないというわけか。


 その風趣のおかげで俺も変装せずに街を闊歩できるわけが……。


「しかし、どうする? 他の工房を当たるか?」


 だが、それで性能が下がることになったら困る。


 この義手に関しては妥協したくない。


 俺が手当たり次第で探すよりも間違いなく目利きがあるカブーニカさんも使っているルルダーン工房がいいに決まっている。


「……いっそ俺の右腕に世界の平和がかかっている、とでも言ってみるか?」


 それでも彼らは首を縦に振らなさそうだが。


 それもそうだ。ロンディズム王国以外の国にも強者は数多く存在する。


 事情を知らないエンカートンの人々からすれば、たかが学生一人で何が変わるのか。


 こういう認識をされても致し方ない。


「……となれば、やはり何かの奇跡にかけて予約するしかない――」


「――うわぁぁぁ!?」


「……ん?」


 突如として思考に割り込んできたアルトボイス。


 うつむいていた顔をあげれば道のど真ん中に紺色髪の少女が倒れ込んでいる。


 その隣には溶接面を付けたガタイのいい……それこそ二メートルに届くのではないかと思わせるほどの巨漢が立っていた。


「お前は俺の工房では雇わないって言っただろう、このクソガキ!」


「なんでだよ!? アタシより下手くそな機械技師だっているじゃねぇか!」


「決めるのはこの工房のボスである俺だ! どんな理由があろうと俺が認めないと言ったら、お前はうちでは認められないんだよ!」


「そ、そんなの理不尽じゃねぇか!」


「それが通るのが俺の工房だ。わかったら、さっさと他の工房にでも雇ってもらいにいけ」


「あっ、おい! ちょっと待てよ! アタシの話はまだ終わってねぇぞ、クソ親父~!」


 だが、彼女の制止もむなしく、巨漢は工房の中へと戻っていく。


 ……俺はとんでもない場面に遭遇してしまったのではないだろうか。


 さきほどまでのやりとりを整理するに巨漢はルルダーン工房の長にしてエンカートンの代表も務めるデュード・ルルダーンだろう。


 そして、サイドテールの少女はその娘。そして、工房での仕事に飢えている。


 ……これは空から降ってきた幸運かもしれない!


「クソッ……! もういいよ……! だったら、言われたとおりに他のところで……って、うわぁぁっ!?」


 親父さんとの喧嘩に熱中していた彼女はやはり俺の存在に気がついていなかったらしく、視認すると面白いくらい後ろに大きくのけぞった。


「……大丈夫か?」


「いっつつ……だ、大丈夫。ちょっと尻を打っただけだから……」


 強打した部分をさすりながら彼女は俺の手を掴んで立ち上がる。


「悪いな、驚かせてしまって」


「いや、今のはアタシの不注意だから気にしなくていいよ。こんなところにいるってことはあんた、うちのお客だろう?」


「いや、まだ正式には違うな」


「へぇ、そうなんだ。でも、絶対にここにした方がいいよ。うちの工房は腕が良い機械技師がたくさんいるから」


「だが、さっき『アタシよりも下手くそな機械技師がいる』って言っていたのを聞いたばかりなんだが……」


「あちゃ~……親父との喧嘩まで聞かれていたのか。醜いものを見せてしまって悪かったね」


「いいや、気にしていない。それよりも聞きたいことが一つ。あんたはルルダーン工房の機械技師の中でも通用する実力ってことか?」


「もちろんだよ! アタシは小さい頃からずっと機械技師として研鑽を積んできたからね。そんじゃそこらの奴らとはレベルが違うのさ」


 自信満々に語ってくれるサイドテール少女。


 彼女の言葉だけならば信憑性はなかったが、さきほどの喧嘩の一幕。


『なんでだよ!? アタシより下手くそな機械技師だっているじゃねぇか!』


『決めるのはこの工房のボスである俺だ! どんな理由があろうと俺が認めないと言ったら、お前はうちでは認められないんだよ!』


 デュード・ルルダーンは彼女の発言を否定しなかった。


 つまり、彼も認めるほどには彼女はルルダーン工房で通用する技量の持ち主ということ。


 そして、現在フリー……決まりだな。


「じゃあ、アタシはもういくから。入り口は反対側だから間違えないように気をつけなよ、少年」


「俺の依頼を受けてみないか?」


「――やるっ!!」


 わずか一秒にも満たない時間で、彼女は即答した。

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