Stage4-4 顕著な変化
王都での【聖者】発表も無事に終え、すでに二週間が経った。
すると、俺の日常生活にもわかりやすく変化が訪れる。
「……アリス。これはなんだ?」
右腕の負傷もあり、久方ぶりにのんびりとした時間をマシロたちと過ごしていると、モリーナに呼び出されたアリスが手に二つの箱を持って帰ってきた。
テーブルの上に置かれたそれらには両手では収まりきらないほどの封筒が入っている。
「まず、こちらの箱に入っているのはオウガ様宛のお見合い話でございます」
「お見合い!? オウガくん、結婚しちゃうの!? 嫌だよ、結婚しないで~!」
「一応、私もオウガの婚約者なんだけどなぁ……」
何を勘違いしたのか、マシロはすごい勢いで抱きついてくる。
その横ではすでに婚約を結んでいるカレンが苦笑していた。
「主に男爵、子爵の娘からのラブコールみたいですね。それも新興貴族が目立ちます」
ひょいと封筒をいくつかつまんで差出人を確認するレイナ。
彼女もフローネの弟子として様々な交流があったから、記憶に貴族一覧表が叩き込まれていてもおかしくない。
反応としては大まか予想通りで面白みの欠片もないな。
「だろうな。ここで四大公爵家とつながりを作りたいんだろう」
「伯爵たちはまだ様子見でしょう。そう易々とこれまでと違う派閥に接近するわけにもいかないでしょうから」
「そもそも俺にはカレンという公爵家の婚約者がいる。第一夫人の座が見込めない以上、腰が重くなるのも理解できる」
同じ四大公爵家でカレンを超えて第一夫人になれるのは、それこそ国王陛下の血を引く王女のみ。
「それでオウガ君はどうするつもりですか? お姉ちゃんとしては結婚相手は慎重に選んでほしいのですが……」
「もとより全部断るつもりだ」
「あら、そうなんですか?」
「当然だ。これからフローネとの戦いもあるのに、余計なしがらみに関わりたくない。他のことに気を割きながら勝てる相手でもないからな」
俺がこう答えるのはわかっていただろうに白々しい。
だが、彼女がそういう態度を取る意図も理解していたので乗っかることにした。
「それに俺はもう右も左も前も後ろも……四人で埋まっている。他の誰かが入り込む余地はないのさ」
そう言うとグリグリと腹に頭を押しつけていたマシロが顔を上げる。
「オ、オウガくん! そ、それって……!」
「さて、アリス。もう一箱はなんだ?」
「こちらはオウガ様への激励のお手紙となっております」
「むぅ……!」
マシロの追及を遮るようにアリスに話を振る。
悪いな、マシロ。まだそのときじゃないんだ。
話をするならば、しっかりと俺のタイミングで伝えたい。一生に一度の大切なことだから、なおさらに。
「激励? 俺に?」
「はい。オウガ様のご活躍がようやく民草にも正確に伝わり始めたのでしょう! 先日の【聖者】として認定されてからは噂程度にしかとどまっていなかった話が真実味を帯びて一気に拡散されているようです! ようやくオウガ様の素晴らしさを理解できる者たちが現れて、私の喜びもひとしおです!」
久々の興奮モードが出てきたが、それだけアリスの調子も元に戻ってきたのだと安心する。
俺の右腕が負傷したときはずいぶんと引きずっていたからな。
よかった、よかった。一安心だ。
「中身は全て我々で検閲してあるのでご安心ください」
どうやらなかなかの熱量があるのは箱の中に詰め込まれた封筒の量を見ればわか
る。
紙も封筒も安い品物ではないだろうに、わざわざこうして応援のために用意してくれるのだからよほどの期待を俺は背負っているのだろう。
「ふむ……さて、どんなことが書かれているのか……」
一番上に置かれていた封筒から取り出した手紙は土の匂いがほのかにするよれよれの紙だった。
『オウガ・ヴェレットさまへ
オウガさまのおかげでぼくたちのしまはへいわになりました
ありがとうございます
オウガさまのようなつよくてかっこういいひとになりたいです
ぼくのおうちはびんぼうで、はたらいているおかあさんとおとうさんをはやくらくにしてあげたいからです
もしつよくなったらオウガさまのおうちではたらかせてください
がんばってつよいてきをやっつけてください
おうえんしています
ロニー・ライドリー』
封筒の裏を見やれば、ラムダーブ王国から届けられたことを証明するはんこが押されていた。
どうやらフローネの魔の手からラムダーブ王国を救った俺は小さな子からも人気らしい。
……悪いことやりづれぇ……!
こんな純粋な心を持っている子供が、実は怠けていましたみたいな俺の本性を知ったらどう思ってしまうのか……。
きっと憧れは歪み、いびつなまま人生を歩んでしまうことになるだろう。
い、いや……立ち止まらないぞ……! 俺は絶対に自分のやりたい放題するって決めたんだ……!
俺は部屋の掛け軸に目をやる。
一、己の信念を曲げずに生きる。
そうだ……それが俺の目指す悪の流儀じゃないか。
手紙をもらえたことはありがたいし、嬉しい。だけど、この子が憧れたオウガ・ヴェレットの姿を突き通すかは話が別だ。
……この子がどうにか真面目で良い子に育つことは願っておこう。
原点回帰した俺は勝手に覚えた罪悪感を払拭するためにも、次の手紙を手に取った。
◇1話が長かったので半分で切り。次の話も明後日には投稿します◇
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