Stage4-5 引かない痛み
『拝啓、オウガ・ヴェレット様
このたびは【聖者】の称号を得られましたこと、真におめでとうございます。
ヴェレット様はソラのように澄み渡った御心と泉のごとく溢れる知恵をもってして、これからも世界を平和にするためにご活躍されることだと思います。
そこで未来の英雄である貴方様に先日生まれた私の子供の名付けをお願い申し上げたいのです。
どうかほんのわずか、その知恵を私の娘のために使っていただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします
オウガ・ヴェレット様のますますのご活躍を心よりお祈り申し上げます』
これまたとんでもない内容のお手紙が来たものだ。
ひとまず差出人には言っておいてやるが、自分の子供の名前は自分で考えてつけてやれ!
どこの誰ともわからない他人が考えた名前よりも愛情を注いでくれる両親が一生懸命に考えてくれた名前の方が一生の名誉だから!
というか、本当にこういう手紙を送ってくる奴もいるんだな……。
こんなものが続いたらたまったものではないと思いつつも、安くないお金を払って送ってくれた手紙を無視するのも気分が悪い。
一つ、また一つと読んでいき……最後の一枚を読み終える頃にはげんなりとテーブルに突っ伏していた。
理由は主に子供への罪悪感と、【聖者】ならばなんでもしてくれると勘違いしている身勝手な大人たちへの嫌悪感で構成されている。
「すごいですね、オウガ君。もうこんなにもたくさんのファンがいるなんて」
「……一過性のものだ。それに半分は支援を無料でしてくださいっていう嫌なお願いだった」
「本当にね! 一緒に読んでいたけどボクも少し腹が立っちゃった!」
プンプンと頬を膨らませるマシロ。
彼女は同じ平民ながら努力によって道を切り開いた側なので、手紙の送り主たちとは考えが合わなかったのだろう。
「お疲れ様だよ、オウガくん。えらい、えら~い」
マシロが後ろから抱きついて、褒めてくれる。
背中に押しつけられたマシロっぱいのおかげで元気がどんどん湧いて出てきた。
「大丈夫だよ。オウガの凄さは私たちがちゃんとわかっているから」
カレンもまたよしよしと頭を撫でてくれる。
出来れば前から抱きついて豊満な胸にサンドイッチされたいが、今は我慢しておく。
「なら私も……オウガ君は立派です。毎日頑張って、領主としての勉強も、魔法使いとしての鍛錬も欠かさず……素敵ですよ。……ふぅ~」
レイナはしゃがみこむと、耳元で褒め言葉をたくさんささやいてくれる。
最後の吐息で思わず声が漏れそうになったのは俺だけの秘密だ。
やだ……みんな母性が高すぎ……?
「それでは僭越ながら……私はオウガ様の素晴らしさを称える歌を歌わせていただこうかと」
「それは遠慮しておこう」
「……かしこまりました」
ごめんな、アリス。でも、恥ずかしくて仕方がないんだ。
実はアリスとしている交換日記でたまに俺の凄さをポエムにして書いているのを読むのも恥ずかしい。
明らかに楽しそうに書かれているのが文字から伝わってくるので言及はしないが、読むたびに俺の精神はゴリゴリ削られていた。
『オウガ様はこの世界という広大な夜空に現れた一等星』とか覚えているからな。
ともかくみんなが褒めてくれたおかげで元気もずいぶんと充填された。
体の鍛練ができない代わりに詰め込んでいる魔法の座学にも集中が出来そう――
「――うっ……!」
刹那、ズキリと右腕に鈍い痛みが走った。
しまった……油断していたから、つい声に出してしまった。
アリスの手前、実は隠しているが日に日に痛みがくる回数が増えてきている。
一人で作業をしている最中ならば堪えられるのだが、今はみんなと会話していたので思わず押し殺すことが出来なかった。
「「「オウガ(くん)(君)!?」」」
「すぐにお医者様を呼んで参ります!」
三人が慌てて寄り添ってくれて、アリスは急いでかかりつけ医を呼びに行ってくれる。
「……大げさだ。少しピリッとしただけだから大事にしなくていい」
「さきほどの苦痛に歪めた表情……とてもささいな痛みとは思えません」
レイナの言葉にマシロとカレンも頷く。
……しまった。そんなにも表情に出てしまっていたか。
三人に間近で目撃されていては誤魔化しようもない。
「そうか……まだまだポーカーフェイスの特訓が必要だと父上に怒られてしまうな」
「オウガ君……」
「無理をしないで。私たちには『痛い』って言ってくれていいんだよ?」
「心配をかけたくない優しさは素敵だと思う。……だけど、素直に甘えてほしいときだってあるんだよ?」
「それはきっとアリスさんだって同じだと断言できます」
みんなの優しさがずっと心に染みこんでいく。
……この世界での俺の体の性能はチートじみているが、この世界において最も与えられたチート能力は四人と出会えた幸運なのかもしれない。
彼女たちに出会わなければ俺はこんなにも頑張っていなかった。
それこそアリスが嫌いな腐った貴族の仲間入りを果たしていただろうな。
「……すまない。少しみんなの前でいい格好をしていたかったみたいだ」
「もう……そんなことしなくてもボクはオウガくんのことが……」
「――オウガ様! お医者様を連れて参りました!」
「早くてありがとうございます、アリスさん! でも、あと数秒だけ待ってほしかった!」
「よくわかりませんが、今のオウガ様の一秒は世界で最も尊い時間です! こちらが最優先!」
「ごもっとも! ごめんなさい!」
かかりつけ医をお姫様抱っこして連れてきたアリス。
その気迫に気圧されてマシロはなにか謝っていた。
「オウガ様。以前からどのように変わったのか、症状について詳しくお聞かせ願えますか?」
一方で連れてこられたかかりつけ医は極めて平静に自身の仕事をこなそうとしている。
さすがは父上がかかりつけ医にしているだけの人物。
お姫様抱っこで登城という状況にも動揺しないとは……。
「…………」
アリスももちろん聞いている以上、誤魔化すこともできるが……さっきその選択はしないでほしいと三人に言われたばかりだ。
大丈夫。右腕についてはアリスだけの責任ではない。
それに彼女ならば俺のお願いをきちんと守ってくれるに違いないから。
「……日に日に痛みの回数が増してきている」
「……っ!」
唇が裂けてしまいそうなくらい歯を食いしばるアリスだったが、俺の視線に気づいてすぐにやめて笑みとはいかなくても普段通りの顔を心がけていた。
幸か不幸か、一歩前進できた気がする。
ひとまずはこの痛みとどう向き合っていくか、決めないとな。
父上も症状を知っているが悪化していることはまだ伝えていない。
本当にこの世界の医学で治るのか。
痛み止めなど処方された薬も試しているが、効果は薄い。
もし治らなかった場合が怖くて、俺もいつの間にか後回しにしようとしていた。
完治できない……つまり、俺は戦力にならないと言われるのと同義だったから。
そうしたらみんなを守ることが出来ない。絶対にそれだけはいやだった。
そんな未熟な迷いが、俺の決断を鈍らせていたのだ。
父上には怒られるだろうが自業自得。甘んじて受け入れよう。
「オウガ様。改めて触診させていただきます。その際に痛みや違和感がありましたらお申し付けください」
「ああ、よろしく頼む」
【聖者】としての行動や新たな付き合いなど多々問題は生まれてくるが、まずはこの腕の痛みをどうにかしないといけないな。
なかなか本調子を取り戻してくれない、自由が利かなくなった自身の腕を睨みつけた。
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