Stage4-3 デレアリス
門をくぐり抜けると一台の馬車が停められていた。
当初の予定通りだと、俺はこの馬車に乗ってそのままヴェレット領に帰還する手はずになっている。
本来ならばまた王城に戻って連日パーティーが開かれるのだが、俺の怪我を考慮してくれたアンバルド国王陛下が今回は一切の免除をしてくださった。
これは非常に大助かり。
ただでさえ痛みに悩まされているのに、新たにストレスを溜めたくないからな。……いや、もう手遅れなほどに胃痛は味わっているが。
「……さすがに疲れが出るな」
「お疲れ様です、オウガ様」
馬車の隣で待機していたアリスが額の汗を拭ってくれる。
彼女は俺のメイドとして道中のお世話兼護衛係として同行する。
当然、彼女の他にも父上が雇ったアリバンたちのようなヴェレット領ご自慢の自警団も馬車を囲むように騎馬を率いていた。
中には見覚えのある顔もいる。アリバンの手下ももれなく自警団に入団したのだろう。
「失礼いたします、オウガ様。どうぞ、中へ」
アリスは一言告げてから先に馬車に乗り込み、俺の手を引く。
右腕を負傷している俺が万が一でも転ばないための措置だろう。腕は体のバランスを保つためにも重要な部位だ。
気遣いには感謝しよう。
「フッ……これではまるで俺がお姫様だな」
だが、今は少しばかり気に食わん。
以前までなら気にしなかっただろうが、俺とお前の関係はもう変化しているのだ。
「俺の首に腕をかけろ、アリス」
「オウガさ……きゃっ」
逆に掴んだ彼女の手を引っ張ると、当然こちら側に倒れ込む。
俺の言葉を信じたアリスは受け身を取ることすらせずに俺の首元に腕をかけた。そのままバランスを崩しきる前に彼女のお尻へ手を伸ばして、グッと持ち上げた。
「軽いな、アリス。片腕でも持ち上げられてしまったぞ」
「オオオオウガ様! お、下ろしてください! お体に何かがあっては……!」
「心配は嬉しいが、これくらいでどうにかなる鍛え方をしていないのはお前がよく知っているだろう。それともアリスは俺との特訓の日々まで忘れてしまったのかな?」
「……その言い方はいささか卑怯ではありませんか?」
「クックック! 冗談だ、冗談。アリスが俺との時間をしっかりと覚えているとわかっているぞ」
でなければ、アンドラウスに洗脳されているとき、俺の呼びかけに反応できなかっただろうからな。
アリスとのかけがえのない時間があったから俺は最後まで立ち上がれたし、彼女の魂に声を届けることができた。
俺はアリスをお姫様抱っこしたまま馬車の中へ。
座席に腰を下ろすが、さすがは国王陛下がご用意してくださった馬車だ。
空間の広さも、座席の座り心地も、どれをとっても快適だ。
少々きらびやかすぎるのが趣味ではないが、これも付き合いのためには必要な装飾なのだろう。
「進めてくれて構わん」
「はっ! かしこまりました!」
御者に告げてドアを閉めてから一分、馬車はゆっくりと動き始めた。
評価を訂正しよう。乗り心地もずいぶんと違うようだ。
これならばマシロの乗り物酔いも多少はマシになるだろうな。
「あ、あの……オウガ様。私はいつまでこのままで……」
「無論、俺が満足するまで」
そう言ってアリスの首元に顔を埋める。
お姫様抱っこされて緊張しているのか体温が少々高く、ほのかに汗がにじんでいた。
「オ、オウガ様……そのようなところは……。お戯れもほどほどに……」
「慣れない務めを果たした主を少しばかり甘えさせてくれないか」
「…………」
返事はないが、アリスが腕に込める力が増して密着度が上がる。
きっと慣れないことに頬を赤く染めているだろう。
俺は確信を得るまで石橋を叩いて渡る慎重派だが、『絶対に俺のことが好きだ』と確信を得たのならどんどん攻めていく男だ。
前世で勘違い童貞になってしまった影響なのか、そういった安全志向が強くなっている。
だから、お嫁さんになりたいとダイレクトに伝えてくれたアリスにはこうして他のみんなよりも踏み込んだスキンシップをしていた。
今まで抑制してきた性欲が解放されているとも言う。
我ながらすがすがしいまでにダメ人間だと思うが、元々こういう生活を望んでいたんだよ、俺は!
ようやく舞い込んできた我が春! 堪能しないでどうする!
むしろ、今だってまだ我慢している方だ。
俺は知っている。アリスはその服の下にサラシを巻いており、まだ本気の胸を出していないことを。
今すぐ優しく解放して、この手で掴み取りたい。
だが、焦ってはいけない。あくまで俺が目指すべきはハーレム生活。
ここで欲望に従いすぎた結果、マシロたちとアリスで優劣をつけてしまってはいけないのだ。それがみんなで幸せになれるハーレム生活の秘訣だと考えている。
なので、アリスともこうしてスキンシップを取るだけ。
ここまで手を出さなかった俺の理性ならば耐えきってくれるはずだと信じている。
それに……俺から一歩を踏み出すときもすぐ近くまで来ていると予感していた。
猫吸いならぬアリス吸いを続けて数分。
流石にいつまでもこのままではいけないだろうと思った俺は彼女をそっと隣に下ろした。
名残惜しそうに「あっ……」と漏らした声に後ろ髪を引かれる思いだったが、なんとかやり遂げた。
そんな俺の思いをくみ取ったのか、今度はアリスからお誘いしてくれる。
「オウガ様。ヴェレット領までは長い時間になります。いかがでしょうか、こちらでお休みになられては?」
ポンポンと自身の膝を叩くアリス。
彼女の膝枕がとてもいいものだと知っている俺は悩む素振りすら見せない。
「アリスの言うとおり、屋敷に着く頃には夜になってしまっているだろう。膝を貸してくれるか?」
「もちろんでございます」
アリスは手紙で
これまでならマシロやカレンに遠慮して、こういった提案を自分からはしてこなかった。
要するに年上の美人お姉さんに甘やかしてもらえるようになったのである。
これは大きい。人生を過ごす上で、甘やかしてもらうのは必要不可欠。
休憩もなしに走りきることなんて絶対に無理だからな。途中で壊れてしまう。
「ふぅ……」
ようやくたどり着いた安息の地に一つ息を漏らす。
そして、俺もまたアリスには弱い自分を見せられるようになっていた。
「……アリス。俺はあの日、お前を連れ出した自分を褒めてやりたいと思っているよ」
「それならば私も同じです。オウガ様についていく決断は正しかったと胸を張って言えます」
視界の五割を占める下乳の向こう側でアリスも微笑んでいる。
当初、彼女を引き抜いたもくろみからは大きく逸れてしまっているが、期待していた以上の結果になっている。
あの頃はアリスに膝枕してもらう未来なんて考えていなかったな……。
「オウガ様。……こちらに触れても構いませんか?」
「ああ、優しく頼むぞ。アリスは力が強いからな」
「フフッ、もちろんでございます。それでは失礼いたしますね……」
俺からの許可を得たアリスはそっと布の上から固定された俺の右腕に触れる。
腕の痛みは偶発的にやってくるものばかりで少なくとも強い衝撃を与えない限りは問題ない。
そのことがわかってから彼女は毎日のように右腕をさすってくれていた。
腕に触れる際の表情は当初は本当にひどいものだった。
右腕の痛みが自身に移れと言わんばかりの鬼気迫る顔を見て、このままではいけないと思った俺は彼女にこう伝えたのだ。
『男は正直な生き物だから、そんなやつれた顔よりいつもの綺麗なアリスを見られた方が治りが早くなる』と。
口にしたときは我ながらこっぱずかしいことを言っている自覚はあったが、それでアリスが自身を責めないようになるならば構わない。
そもそもこんなことより恥ずかしいことは前世でたくさん経験している。
俺の言葉が届いたのか、アリスはそれ以来ずっと悲痛な表情をすることはなくなった。
「……いかがなさいましたか?」
「いやなに、綺麗な顔だから見つめていただけだ」
「私の顔でオウガ様がお元気になられるのならばいくらでも……このままお眠りになられますか?」
それもいいが……今はこの景色を目に焼き付けておきたい。
アリスの柔和な笑みととてつもない迫力の南半球を。
「いや、ここで寝てしまっては生活リズムに影響が出る。だから、俺が眠らないように談笑に付き合ってくれ」
だが、まだその欲望はストレートに伝えられないので誤魔化しておいた。
「そうだな……俺の知らないアリスの過去の話が聞きたい」
「かしこまりました。それではオウガ様に楽しんでいただけるように努力いたします。これは私が聖騎士団所属だったとき、手刀はどこまで刀の切れ味に近づけられるか実験していた頃の話なのですが……」
もうすでに面白そうなんだが……。
そんな馬鹿なことを試そうとするのはアリスくらいなものだろう。だから、同じく世間では馬鹿にされることを繰り返してきた俺とは波長が合ったのかもしれない。
『武』と『魔』。道は違えど、目指す場所はその極みと一緒だから。
俺はそれからアリスの興味深い話に耳を傾ける。
馬車で過ごす彼女との時間はとても楽しいものだった。
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