Stage4-2 愛息と愛娘
私は……ゴードン・ヴェレットは今、感動していた。
ついに……ついに我が愛息が日の目を見る時がやってきたのだから。
オウガは昔からすこぶる真面目で、己の鍛錬を欠かさなかった。
貴族という立場に生まれた人間にとって【魔法適性】が無いことは命を絶ったとしてもおかしくない。過去に悩みを抱えてそういう結末をたどった者がいるのも事実。
だが、オウガは折れなかった。己の悲運を乗り越えようと、泣く暇すら惜しいと言わんばかりに世界への反逆を始めた。
そうして【
この子は必ず世界にその名前を轟かせる傑物になる、と。
私の目に狂いはなかった。
オウガは国の最大の脅威になり果てたフローネ・ミルフォンティに対して勇敢に立ち向かっている。
国の未来を担う英雄への階段を上っていた。
「オウガ・ヴェレットよ。貴殿の姿を一目見ようと待ちわびている民衆に晴れ姿を披露してくるといい。私はもうずいぶんと堪能させてもらった」
「ハッ! 私の姿で民草の恐怖を薄めることができるのならば、喜んで街を歩いて回りたいと思います」
アンバルド国王陛下から退出の許可が下りたオウガは当初の予定通りに王都で到着を待ちわびている国民へと姿を見せに行く。
……本当に立派になったものだ。
私などただ環境を用意しただけ。ここまで責任を背負える器にまでなったのはオウガ自身の努力のたまもの。
そんな兄の背中を見て育った妹のセリシアも立派に己の役目を異国で全うしている。
……少し憧れが強くなりすぎて兄妹としては大きすぎる感情を向けているきらいがあるが、オウガならば上手く乗り越えられるはずだ。
『お父様。お兄様の雄姿を必ずや魔法写具に収めてください。でなければ、私はカーマベイン帝国から即座に帰還することになるでしょう』
アンバルド国王陛下の前で写真を撮られるオウガを見て、セリシアの手紙に記されていた一文を思い出した。
公的に使用するためだが、あの中から数枚はセリシアの元へ流れるだろう。
「【聖者】オウガ・ヴェレット様のご退出です!」
裏でそんなやりとりが繰り広げられていることを知らない愛息は深く一礼をして、大広間を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「オウガ様~! おご活躍を応援しております~!」
「清く正しい行動! オウガ様こそ貴族の鏡です!」
「我らの生活に平穏と幸福をお恵みください!」
王城より鉄柵で敷かれた門までの一本道。
左右にはこれでもかと言わんばかりの人々がぎゅうぎゅうに押しかけており、耳に届く声量も経験したことのないほどになっている。
栄えあるロードを突き進む俺は窓から民衆の声に応えるように笑顔をばらまいていた。
笑顔を意識しすぎてそろそろ頬肉が攣ってしまいそうだ。
それに今までぼんやりとしか感じていなかった民衆からの期待を明確に認識したせいで胃がキリキリと痛み始めている。
お、おかしい……。もう俺は戻れないところまできてしまっている……。
むしろ、こんなイベントまでしてもらえるほど頑張ったのだからもっと甘やかされてもいいのではないだろうか。
『オウガ様、お礼代わりの応援資金です! 受け取ってください!』とか。
『オウガ様、どうぞ名物の特産品でございます! たんと召し上がってください!』とか。
『オウガ様のもとで死ぬまで働きたいと思っています! 私たちが頑張りますのでオウガ様はゆっくりとお休みください!』とか。
そういう方向性のものを求めているんだよなぁ、俺は。
それが【聖者】様、【聖者】様……。これから今まで以上に日常での一挙手一投足に気を張らなければならないと思うとげんなりする。
ただハーレムを作って、楽な生活をしたかった俺からすればこんな有名税は死んでもいらなかった。逆に罰ゲームと言っても過言ではない。
「世界の悪を【救裁】し!」
「生きる道しるべを与えてくださる【救世主】!」
「優しき心と絶えない勇気で未来を紡ぐ【聖者】様!」
「「「オウガ・ヴェレット様~!!」」」
それと絶対にうちの領から仕込まれたサクラがいる。
その口上できる奴はほんの一部に限られてるから。
あと、さっそく【聖者】バージョンに改良されてるのはなんなんだよ……早すぎるだろ、仕事が……。
きっと父上の差し金だろう。あの人もことごとく親バカだからな……。
俺への祝福ムードを作り上げるためにしてくれたんだと思う。なにせヴェレット家の息子というだけで毛嫌いされている可能性も少なくない。
そう考えると、決して手を抜いて対応はできないな。
右へ、左へ。また戻って右へ、忙しなく顔を移動させた俺は王都の外に出るまでニコニコとなれない笑顔で手を振り続けるのであった。
◇先週更新する予定だったのですが、カクヨムさんのサーバーの調子が悪かったみたいなので更新自重していました。
遅れた分、今週はもう一回更新したいと思います。
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