Stage4-1【聖者】

 雲一つない青空という祝い事にはぴったりな天気。太陽の光が差し込む王城の大広間には厳かな雰囲気が漂う。


 俺もまた背筋を伸ばし、一貴族として恥ずかしくない立ち姿を維持していた。


「それではこれよりオウガ・ヴェレットへの褒賞授与式を行う! オウガ・ヴェレットはアンバルド国王陛下の御前へ!」


 入り口付近で待機していた俺は大理石の床に敷かれたレッドカーペットの上を歩き始める。


 一歩、また一歩踏み出すたびに強くなる左右からの視線。


 レッドカーペットを挟むようにして並んでいるお貴族様・・・・からのありがたい品定めだ。


 なにせ俺の姿をまともに見るのが初めての奴だっているだろう。


 今まで引きこもっていた四大公爵家の長男が表に出てきたと思えば、いきなり国王様から直々の褒美を与えられた。


 過去の歴史書をひっくり返しても同じ事例は出てこない。未来でも実例は俺の一件だけで終わるに違いない。


 アンドラウスが処刑され――表向きはそうなっている――ますます父上の影響力が強くなっている中、ゴードン・ヴェレットとのコネクションになり得る存在の登場。


 貴族社会は食うか、食われるか。


 要はオウガ・ヴェレットは御しやすい相手かどうかを貴族連中ははかりかねているわけだ。


 だが、悪徳貴族として振る舞っている父上に近しい奴らは俺に接触はほとんどしてこないだろうな。


 国王様から褒賞が与えられるとなれば善行を働く人間だと認識しているはずだ。


 触れて欲しくないところを抱え持つ悪徳貴族がわざわざ危険を冒すわけもない。


「…………」


 最前列にいた父上は目が遭うと、ほんの一瞬だけ相好を崩す。


 見やれば隣にカレンの父上の他にも四大公爵家の現当主が見事に並んでいた。


 やっぱり父上たちは感じるオーラが違う。住んでいるステージが一つ、いや二つは上だと本能でわからされる。


 注目をたっぷりと堪能した俺はやがて玉座に座るアンバルド国王陛下の眼下にたどり着き、その場に片膝をついて頭を垂れた。


 ……これから行われることを考えると、もう早く屋敷に帰ってマシロたちがいる癒し空間で療養したい。


 悪徳貴族のヴェレット家の名に恥じぬきらびやかな装飾が施されたスーツを身に纏っているが重たくて仕方がない。


 それでなくても右腕の痛みは引いておらず、今もまだアームホルダーで動かないようにしているのに……。


 もちろんそんな愚痴を実家まで直接訪問された国王様に言えるわけもないので、こうして出向いているわけだが。


 この時点ですでに自由を奪われ、夢のやりたい放題生活から遠ざかっている気がする。


「面を上げよ、オウガ・ヴェレット」


「はっ!」


「激戦の傷も癒えぬ中、よく登城してくれた。一刻も早く忠臣に褒美をやらねばと思った私の親心を許してやってくれ」


「とんでもございません。国王陛下より今のお言葉をいただけただけでも私にとっては十分な褒美でございます」


「謙虚な心も持ち合わせておるか。まさに今日、貴殿に与える称号にふさわしい人間であると改めて確信したぞ」


 大広間が一気に騒がしくなる。困惑気味な貴族連中と対照的に国王様はずいぶんと上機嫌でニコニコである。


 ロンディズム王国において称号とは国王陛下が認めた人物である証左だ。


 国への貢献度が極めて高いと判断された人物にのみ与えられ、国家創立より編纂されている歴史書に名を残す名誉を得られる。


 はっきり言って俺は過去の偉人に比べて偉業を残していないだろう。


 これは謙遜などではなく本心だ。やったことと言えばレイナを手に入れるために、アリスを取り戻すためにちょっと身体を張った程度である。


 それも国のためなんかじゃなく、どちらも私利私欲のため。


 だから、絶対に欲しくない、あんな称号。


 退路を塞がれたから渋々来ているだけなんだ、俺は。


 国の歴史書に残る人間がそれ以降はダラダラと贅沢をむさぼって、女に囲まれながら過ごしましたと記録されるなんて末代までの恥……!


 だが、無情にも胸の内で頭を抱えている俺を置いて、授与式は進んでいく。


「オウガ・ヴェレット。貴殿は大罪人であるフローネ・ミルフォンティの極悪非道な計画を見破り、ラムダーブ王国を魔の手から解放させた」


 違います……!


 全然フローネの企みなんかに気づいていなくて、ブラックな働き方させられているレイナがかわいそうだと勘違いしていました……!


「さらに政治へと根を張り巡らせていた内通者のジューク・アンドラウスの犯行を未曾有の事態に陥る前に未然に防いでみせた」


 違います……!


 フローネとの関係よりもアリスを取り返したい一心で動いていただけなんです……!


「貴殿の働きがなければ私たちはフローネ・ミルフォンティの凶悪性に最後まで気づかず、首に牙を突き立てられていただろう」


 ここまで全てが勘違いされていることなんてあるのだろうか。


 許されるならば本当に全てを話したい。


 国王様、俺はそんな立派な人間なんかじゃありません。自分のやりたいことしか頭にない全身欲望まみれの人間なんだって言いたい。


 決して表情に出ないように微笑みを貼り付けているが、心はめそめそと泣いていた。


「自らの危険を顧みず、それらを行った勇敢さと正義の心はまさに【聖なる心の持ち主】――【聖者】にふさわしい。よって、貴殿に敬意を表してアンバルド・ロンディズムより【聖者】の称号を授ける!」


 ついに称号の名が宣言され、拍手の雨が降り注ぐ。


【聖者】。ハーレムを作って、贅沢三昧の生活を目指していた俺とは真逆に位置する言葉だ。


 この称号は貴族だけでなく平民にまで瞬く間に広がり、オウガ・ヴェレットの名は一気に全国区になるだろう。


 そして、それはどこへ行っても民衆という野生の監視がつくことを意味している。


「ありがたく頂戴いたします!」


 嘘だ。くそ食らえと思っている。


「今後とも【聖者】の名に恥じぬ貴殿の活躍を期待しているぞ」


「必ずや国王陛下に数多の吉報を伝えられるように精進して参ります!」


 あぁ……ますます俺の望む未来がガラガラと音を立てて崩れていく……。


 今後ずっと律した日々を過ごさなければならないなら、フローネの戦いが終わった後はみんなと隠居してもいいかもしれない。


 現実逃避気味に俺は新たな未来を構築し直すのであった。

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