Stage-Sub アリス特製ベッド

「……ス……! ……リス……っ!」


「んん……?」


 耳元で何か小さな音がする。


 意識がまだ夢の世界と現実を行き来していて、はっきりと聞き取れない。


 眠気をグッと堪えて、音を聞き取るために意識を集中させた。


「アリス……! 起きてくれ……!」


 それが敬愛する我が主の声だと認識した瞬間には起き上がり、ベッドの上でに片膝をついていた。


「申し訳ございません、オウガ様! オウガ様からのお呼び出しによもや気づかぬとは……オウガ様?」


 オウガ様のお姿が見えない。


 確かにオウガ様の声がしたというのに……はっ!?


「まさか私……好きすぎて幻聴を……?」


「違う! 俺はここだ!」


 もう一度しっかり耳を澄ませ、オウガ様の声がする方へ視線を向ける。


 これは……私の枕元?


 しかし、そんなところにオウガ様は――


「――なっ!?」


 いた。私が想像していたのとは違う姿だったが。


 枕のそばにピョンピョンと跳ねて、必死にアピールされる身体が小さくなったオウガ様が。


「かわわわわわっ!?」


 な、なんとお可愛い姿……! ではなかった。


 これはいったいどういうことだ!? あのオウガ様がお人形と同じほどの大きさになってしまっている。


「オウガ様! フローネの敵襲ですか!?」


「……わからん。目が覚めたら、こうなっていたんだ」


「なるほど……。申し訳ございません、オウガ様。私もこのような事例は知見がなく……」


「大丈夫だ。解決方法について聞きにきたわけじゃない。……アリス。一度しか言わないからよく聞け」


「はっ!」


 私の全ての意識をオウガ様の言葉に集中させる。


 絶対に聞き逃さず、脳みそへと焼き付けるかのごとく。


「今夜だけ隣で寝かせてくれないか?」


「……は?」


 放たれた一言はあっさりと私の集中力を葬り去った。


「オオオオウガ様? 今なんとおっしゃられて……?」


「……一度しか言わんと言ったはずだ」


「で、では、『隣で寝かせてくれないか?』と私の耳が幻聴を生み出したわけではないのですね……?」


 オウガ様は気恥ずかしそうに顔をそらしながら、コクリとうなずく。


 ななななんて私の心を揺さぶる可愛さなのでしょうか!


 ……っと、いけない。


 こんなに昂ぶったままではオウガ様のメイドとして失格だ。


 オウガ様の言葉には必ず何か意味がある。でなければ、わざわざこうして私の寝室を訪ねることはない。


「……万が一を考慮した護衛ですね?」


「……そうだ。フローネの仕業だと断言できないが、その逆もまたしかりだ」


「かしこまりました。全身全霊を以て、オウガ様のお命、お守りいたします」


「……迷惑をかけるな」


「これが私の役目ですから。オウガ様、私の手に載っていただけますか?」


「ああ、わかった」


 オウガ様は小さな手足を一生懸命に動かして、差し出した手のひらへと座った。


 そのお姿はあまりに尊く、魔法写具にて記録に残したかったが今は緊急事態。

 ふざけている場合ではないと、私は頭を振った。


「それではオウガ様。少しばかり醜いものを見せてしまいますが、ご容赦ください」


「ん? それはどういう――ア、アリス!?」


 オウガ様が載っている方とは反対の手でプチプチとパジャマのボタンを数個外す。


 そのままサラシへと指を引っかけて、真っ二つに引きちぎった。


「ふぅ……」


 圧迫していた胸が解放されて、少し楽になる。


 サラシを巻いていた方が動きやすいのだが、オウガ様のご安全が何よりも優先事項だ。


「ア、アリス! いったい何をしているんだ!」


「オウガ様をお守りするために必要なことですが……?」


「た、谷間を見せつけるのと俺を守ることのどこに関係があるんだ!?」


「万が一、襲撃があった際に即座に動けるようにするためです」


 オウガ様がお眠りになられているのを私が監視しておくのも手段の一つではあった。


 しかし、寝ている姿をずっと見られるのはあまり気分が良くないはず。


 ただでさえ精神的に動揺があるシチュエーションだというのに、これ以上の精神的負担を与えては快眠は得られない。


 であれば、私の手元におけて、迅速に対応ができるように肌身離さずの場所にいていただくのは最善の択だ。


 それに胸には男性の心を癒やす効果があると聞いた。


 大きければ大きいほど効果があるらしいので、こうしてサラシを外してオウガ様の一夜限りのおっぱい寝具を作ったわけである。


「さぁ、オウガ様。どうぞ、ご遠慮なく中へとお入りください」


「い、いや、アリス……? ほ、本気で……?」


「はい。これこそが最善の策だと断言いたします」


 それに人肌の体温に包まれれば、すぐに眠気も来るはずだ。


 オウガ様はう~んと何度かうなり、やがて自らを無理矢理納得させる形で頷かれた。


「……わ、わかった。お前がそこまで言うなら……」


「ありがとうございます」


「だ、だが! このことはマシロたちには他言無用だ! わかったな!?」


「もちろんです」


 口にしてしまえば私に一日中、あのお三方から嫉妬の目線が向けられるだろう。


 今後のため・・・・・にも仲の良い関係を築きたいので、そのような愚行はしない。


「……くっ、やれ……アリス」


「息苦しいなどございましたらお申し付けください」


 私は繊細な手つきで丁重にオウガ様を谷間へとお運びする。


「んっ……」


「す、すまん……!」


「……いえ、オウガ様。私のことはお気になさらず、ベストポジションをお探しください」


「わ、わかった……やわらか……」


 オウガ様は谷間の中で寝やすい姿勢を見つけるために、幾度か手や足を動かす。


 そのたびに胸を触られ、押されたりするので声が漏れ出てしまいそうになるが、心配させてはいけないと必死に堪えた。


 手で口元を押さえて、胸元で動くオウガ様を見つめる。


「こ、これでいいぞ……」


「んぁっ……しょ、承知いたしました……。それではこのままお休みになってください」


「ああ……おやすみ……」


 私は再びベッドに戻ると、オウガ様が寝やすいように仰向けになる。


 そのまま落ちないように片手を胸へと沿えて、毛布を被るのであった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……オウガ様!?」


 目が覚めて真っ先に胸元に視線をやったが、オウガ様のお姿がなかった。


 即座に飛び上がり、部屋に立てかけている全身鏡の前に立つとパジャマを全て脱ぎ去り、サラシ・・・と下着まで放り投げた。


「い、いない……?」


 どういうことだ……? 


 訳がわからない状態に頭を悩ませていると、すごい勢いで扉が開かれた。


「どうした、アリ――きゃぁぁぁぁっ!?」


「あっ」


「い、いきなり大声で俺の名前を呼んだと思えば、なななななんで全裸なんだ、お前は!?」


 オウガ様は包帯の巻かれていない手で必死に視界を隠している。


 そこで気がついた。


 私の記憶にある小さなオウガ様は包帯を巻いていなかった。


 ……そうか、あれは。


「夢かぁ…………」


 せっかくのオウガ様との一夜は幻だと理解し、その場にしゃがみ込むのであった。





「何があったか知らないが、その前に早く服を着てくれ!!」

 そう叫ぶオウガ様は指の隙間から私を見ていたので、もうしばらくこの姿勢でいることにした。




◇ 第四章に入る前の特別短編 ◇

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