Stage3-25 嬉しくない/嬉しいサプライズ
あの忙しなかった一件から数日が経った。
ジューク・アンドラウスは【雷撃のフローネ】とつながっていた証拠が数多く見つかり、秘密裏に王国で死刑を下したということになっている。
全ての事情を知っている父上が国王様にお話しして決まったらしい。わかりやすく国民の溜飲を下げるためのパフォーマンスというやつだ。
実際の奴は王国の地下牢に捕まっている。情報源であるあいつを殺す理由はないからな。
とはいっても、精神がおかしくなってしまったらしく、もうまともに受け答えはできないらしいが……自業自得だ。
アンドラウスは本来なら捨てておくべきものまで保管しておいたあたり、よほどの狂信者だったのだろう。
それでも最後の責任逃れにフローネの名前を出したあたり、一番大切なのは自分自身だったようだが 。
一連の事件を受けて様々なことが変わっていった。貴族界隈ではジューク・アンドラウスが消えた影響は大きいらしく、彼の広げた奴隷市場の後釜を継ごうと悪徳領主の間では 水面下での争いが起きているのだとか。
しかし、誰も彼もアンドラウス家ほどの影響力は持っておらず、あぶり出されたバカどもを 王国が処分を与えて潰していくらしい。
それが世間 にとって変わったこと。
では、俺の周りで何が変わったかというと……。
「……オウガ様。お口をお開けください、あ~んです」
「あ~ん」
メイドに復帰したアリスが以前よりもかいがいしく世話を焼いてくれるようになった。
原因は包帯でグルグル巻にされた右腕だ。
どうも洗脳アリスとの勝負で使った【限界超越・剛】の後遺症が残っているのか、慢性的な痛みが引かないのだ。
剣によってつけられた切り傷にしか【回復】も効かず、こうして固定して過ごす日々。
天より与えられた俺の肉体ですら【限界超越・剛】の連続発動は保たないらしい。
たったあれだけのやりとりでボロボロになるのだから、しばらくは封印だな。
腕が使いものにならないとわかったとき、自分の右腕を切り落とそうとするアリスを止めるのにも苦労した……。
説得した結果、こうして俺の右腕代わり(物理)としてメイドらしくお世話をしてくれているというわけである。
そういう経緯もあってか、珍しくアリスはマシロたちにこの役目を譲らなかった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。オウガ様、お手洗いは大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。それくらいは自分でできるからついてこなくていい」
「さようでございますか……」
あと、変わったと言えば心の距離が近くなったように思える。
以前はここまで明確に感情を出さないようにしていた節があったが、それが取っ払われた。
彼女の中で何か吹っ切れたことがあったのだろうか。
トイレについていけない から落ち込むのはやめてほしいが。
「……と、そろそろ時間か」
時計を見ればちょうど父上に呼ばれた時刻になっていた。
立ち上がって、執務室へと向かおうとするとアリスが扉を開けてくれる。
なぜか廊下には車椅子が置かれてあったが。
「……アリス。これは?」
「万が一、オウガ様が転んでしまい腕を悪化させてしまわないようにとご用意いたしました」
いつもの暴走かと思ったら、ちゃんとした理由があってビックリしたのは内緒だ。
そういうことなら任せるとしよう。
車椅子に腰を沈めると、アリスが丁寧に押してくれる。
「ここまで世話されるとダメ人間になってしまいそうだ」
「オウガ様は一人で抱え込 んでしまう傾向にありますから、これくらいがちょうど良いかと思います」
「そうか? ……だが、そうだな。腕の怪我が戻った後のトレーニングにはたくさん付き合ってもらうつもりだぞ」
「かしこまりました。リハビリメニューを組んでおきます」
「しばらく怠けると一気に反動が来るのが今から恐ろしいな」
「焦らずゆっくりと感覚を取り戻していきましょう」
……うん、たまにはこういうゆっくりした時間もいいな。
というか、永遠に続いてほしい。
ここ最近の時間はまさに俺が目指していた美少女にお世話されて、のんびり生活そのものだ。
「おっと、階段か。流石に立とうか?」
「いえ、座っていて構いません。そのまま運びますので」
アリスがひょいと車椅子を微動だにせず 持ち上げて、階段を降りる。
その廊下のいちばん奥に目的地の執務室があった。
「ありがとう、アリス。帰りは――」
「このままお待ちしておりますので、ご安心ください」
「――そうか。なら、頼むよ」
別に悪いことじゃないし、アリスの好きにさせてあげよう。
「それとオウガ様。今のうちにこちらをお渡ししておきますね」
そう言ってアリスが渡してくれたのはかわいらしい桃色の便せんだ。
彼女との文通はしっかり続いている。
おかげで新しくアリスについて知ることが出来た。
実は酸っぱい果物が好きだとか少しだけ犬が苦手だとか……本当に些細なことだけど、それでいい。
今までみたいに肉体論や武術、魔法関連ばかりしか盛り上がる話題がなかった方がおかしいのだ。
……そういえば、さっきも弾んだ話題は筋肉だったな。
帰りは必ず文通で得た情報から広げよう、うん。
そう決意した俺はアリスからもらった手紙をポケットにしまおうとして、アリスの視線が注がれていることに気がついた。
それになんだかそわそわと忙しない気がする。
「……どうかしたか?」
「……すみません。このようなことになれておらず……その、オウガ様。そちらの手紙を読んだ際には、差し出がましいのですがお返事を早めにいただけると幸いです」
「なんだ、そんなことか。それくらいならお安いご用さ。父上とのお話が終わったら、すぐに読ませてもらうよ」
「……! は、はい……!」
どうやら納得いったらしい。クックック、こんな風にお願いを言うようになったのは、いい変化かもしれないな。
さて、父上をあまり待たせてはいけない。コンコンと扉をノックする。
「おう、オウガ。入って構わないぞ」
「失礼します、父上――」
一瞬、思考が停止する。
父上の席の反対側に 見知った 超有名人がいたから。
……え? 国王様だよな。国王様がなんで我が家に……って、そうじゃない!
俺は慌てて片膝をつき、頭を垂れて挨拶をした。
「大変失礼いたしました、アンバルド国王陛下!」
「ハッハッハ。顔を合わせるのは初めてだな、オウガ・ヴェレット。 以前うちのバカ息子がずいぶん世話になったようだな。……才能溢れる若き者よ。私に勇敢な面を拝ませてくれ」
「もったいなきお言葉! 僭越ながら失礼いたします」
許可をいただいたので顔を上げて、父上がポンポンと叩く隣へと座る。
俺の反応を楽しそうに見やがって……!
「父上。国王陛下がいらっしゃるならば事前にお伝えください」
「ガッハッハ! サプライズだ、サプライズ! 驚いただろう?」
「心臓が飛び出るかと思いました……」
「アッハッハ、すまんのう、オウガよ。私が黙っておくように頼んだのだ。あまりゴードンを 責めないでやってくれ」
国王様にそう言われてはこれ以上何も言えまい。
俺は目をつけられないために最高権力には従順なふりをすると決めているのだ。
「さて、オウガも来たことだ。早速、本題に入ろうかの」
「……申し訳ございません。どのような内容か、何も知らないのですが……」
「謝らなくていいとも。この情報は今が初出になる。そして、オウガ。貴殿に大いに関係のあることだ」
「私に……?」
うむ、と国王様は良い笑顔で頷く。
「今回のアンドラウスの一件。また大活躍だったそうではないか」
「……いえ。自分一人の力ではなく、父上やレイナの協力があったからこそ達成できました。それに元をたどれば個人的な動機で動いたに過ぎません」
「だが、結果としてフローネの土壌を一つ削り落としたわけだ。国として、国王として何もなし……というわけにはいかん。そこで一つ、国から貴殿に授けたいものがある」
……ちょっと待て、ちょっと待て。嫌な予感がしてきた。
サプライズにした理由が俺に知られたくなかったからだとしたら……?
……思い当たる節が一つある。
まさかそんなことがあり得るのか? 国王様自ら領地までやってきて……そ、そんなわけないよな!
だがしかし、俺の願いはあっけなく散ることになる。
「オウガ・ヴェレット。貴殿の働きぶりを考慮した結果、【聖者】の称号を授けることが正式に決定した!」
い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
俺は引きつった笑みを浮かべながら、胸の内で思い切り悲鳴を上げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それではオウガ様。後ほどお伺いいたします」
「……ああ。……ちゃんと手紙は読むから安心してくれ」
「……! ありがとうございます」
一礼をして私は部屋から出て、廊下を歩く。
ゴードン様の部屋から出てきたオウガ様は元気がなく、ずっとうなだれていらっしゃった。
『少しだけ一人にしてほしい』と切実に言われては仕方ない。
そんな中でも私とかわした約束を守ろうとしてくれているのだから、本当にオウガ様は優しく、そんな彼に仕えることが出来る 私は幸せ者だと思う。
……いや、幸せどころではないだろう。なにせ自分が招いた結果で、主を殺そうとしていたのだから。
本来ならば自害を命じられるべき事案だ。だが、こうして今日もオウガ様の剣として、日々を過ごせている。
「……冷静に考えると私が書いたことはおかしいんじゃないだろうか……」
いや、しかし……未来永劫、オウガ様の剣であると誓い、オウガ様も許してくださった。
私が右腕代わりにこれまで以上に身の回りの世話をしようとした時さえ、『罪滅ぼしなんて気にしなくていい』とまでおっしゃって……罪滅ぼしの他にもオウガ様のそばにいたかったので押し切らせてもらったが。
とにかくオウガ様はもうあの日のことを気にしていない。だから、大丈夫なはずだ……。
ぐぅ……まさか私が剣以外にこんなにも心乱される日が来るとは……!
「……今ごろ、オウガ様はどんな顔をして手紙を読まれているのだろうか」
意識をしてしまったのは、間違いなくあのアンドラウスによって【洗脳】され、オウガ様に助けていただいたときだ。
私はずっと暗くて、冷たい水底に捕らえられていた。
誰の声も届かない、一人さみしい地獄のような場所。
そこに流れ込んできた一筋の温かな光。
私を押しとどめていた闇を消し去り、水面まで導いてくれた光はオウガ様のもの。
必死に水中でオウガ様の名前を呼び、はっきりと私の意思で声を出すことができたとき……私を抱きしめてくださっていたあの方の。
あのぬくもりを知ってしまっては……もう以前までの私には戻れない確信があった。
オウガ様のために剣を振るう。
この誓いの内容は出会ったあの日から変わらない。
……だが、そう誓った理由は少しだけ変わった。
自分には無縁だと思っていた、新たな気持ちを知ってしまったから。
「アリス!?」
バンと思い切り扉が開けられた音がする。
振り向けば、私の書いた手紙を持ったオウガ様が廊下に出ていた。
早速読んでくださったのが嬉しい。
「こ、これはいったいどういう……!?」
さすがのオウガ様は驚きを隠せないと言った感じで私を見つめている。
珍しく普段よりも耳も赤くなっていた気がした。
……もし私で意識してくださったのならば、こんなにも喜ばしいことはない。
「はい。書いているとおりが、私の気持ちで、質問でございます」
今回、私が綴った最後の一文はこうだ。
――『心より愛しております。私もオウガ様のお嫁さんにしてくださいますか?』
◇ これにて第三章は終わりになります。
書籍版も4巻の発売が決定している本作はまだまだ連載が続くのでブックマークなどは外さずにお待ちいただければと思います!
たくさんの感想ありがとうございます。多忙のため、昔のように返信ができないのは申し訳ないのですが楽しく読ませていただいております。
それではみなさま、引き続き第四章でお目にかかりましょう。 ◇
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