Stage3-23 我が剣《アリス》

「……そうだ。総隊長は誰かに操られて……そいつを討つために……私、私は……」


「そうだ、アリス! お前はオウガ・ヴェレットの剣となって、悪を滅ぼすと誓ったんじゃないのか!?」


「……わ、私は……オウガ様……剣……名前……」


 うわごとのように俺の言葉を繰り返すクリス。


【洗脳】が解けかけて、アリスとクリスで意識が混濁し始めた……!


 これならば最後まで押し切れる――


「――『こっちを向け、クリス・ラグニカ』!」


「っ!? くそっ……!」


 グルンとクリスの首がアンドラウスの方へと向く。


 あいつ……! 闇属性魔法を使うための魔力をまだ残してやがったのか……!


 彼女とアンドラウスの目線が重ならないように必死に腕を伸ばす。


 あちらを見やれば父上とレイナがアンドラウスの身柄を確保するために飛びついていた。


「他の駒を捨てて、私の魔力を全てくれてやる! 『オウガ・ヴェレットを殺せ、クリス・ラグニカ』!」


 どうか……! どうにか失敗していてくれ……!


 だが、そんな俺の願いは儚くも届かなかった。


「――――」


 一閃。


 切れ味鋭い上段斬りが視界を防ごうと伸ばした腕に食い込んだ。


「ぐっ……ぁぁぁ!」


 ほとばしる激痛を堪えて、魔力の操作に全神経を注ぐ。


 彼女の剣は腕を半分切ったところで動きが止まる。


 危なかった……! 後少しでも【限界超越・剛】の発動が遅れていたら断ち切られていた。


 だが、これで剣は固定したぞ!


 さて、一つここは賭けに出るとしようか……!


「このまま剣は奪わせてもらう!」


「…………!」


 グッと腕を引いて、剣ごと彼女の体を引っ張った。


 このままではリーチの長い剣では不利になる超近距離戦の間合いになる。


 しかし、彼女は剣を手放す選択はしなかった。


「クックック! ようやく俺とまともに向かい合ってくれたなぁ!」


 俺はそのまま反対側の手を柄を握る彼女の手の上に添えた。


 しかし、クリスは振り払おうとも、剣を手放そうともしない。


 ただ一心不乱に剣を俺の腕から引き抜こうと必死に動かしている。


「……やっぱり洗脳されても、この剣は大事なんだな」


 さきほど洗脳に乱れが生じたときに彼女が口にした名前、リリー総隊長というのが彼女が以前聞かせてくれた尊敬する上官なのだろう。


 そして、この剣もリリー総隊長から譲り受けたもの。


 だから、俺が馬鹿にしたとき反論してみせた。


 ならば、クリス・ラグニカとしても、アリスとしても大切なものに違いない。


 その読みは見事に的中した。


「悪かった。洗脳されても根っこの部分は変わらないみたいだ」


「…………」


「……どうした? さっきと違って、だんまりじゃないか」


「…………」


 いくら問いかけても彼女は答えをくれない。


 ただ剣を引き抜こうと必死なだけ。


 ……さきほどアンドラウスは全ての魔力をくれてやると言った。もしかして、それによって【洗脳】が強くなった結果、彼女はさきほどまでわずかに残っていた自我まで奪われたとしたら……?


 この行動も剣への想いなどなく、ただ命令を実行するための武器を取り戻そうとしているだけだとしたら?


 ……アンドラウス! どこまで人を馬鹿にすれば気が済む……!


「……大丈夫だ、アリス。俺がこの苦しみから解き放ってやる」


 泉のように湧き上がる怒りをこらえて、優しく言葉をかけた。


 それほどに深い、深い領域まで魔法が行き渡っていることになる。


 それを解くとなれば、俺もおそらく全力を出さねばならない。


 つまり、剣を止めている【限界超越・剛】も解除しなければならないだろう。


 ほんの少し逡巡して、結論はすぐに出た。


「いいだろう。俺の右腕はお前にくれてやる、アリス」


 覚悟を決めた俺は少しずつ魔力を【魔術葬送デリート】へと移し替えていく。


 グジュリと腕の中で剣がゆっくりと動き始める。


 そのたびに肉をほじくり返されるような痛みが走り、気が失ってしまいそうになるが必死に唇を噛みしめて堪えた。


 ……己の全てを否定され、操られるだけの人形にされる苦しみの方がきっと何倍だって辛い。


 そう思えば、これくらいの痛みなんて平気な顔をして耐えてみせろ……!


 もし本当に俺がアリスの言ってくれた世界を手中に収める男なら、これぐらいで弱音は吐かない!!


「あの日、誓ってくれたよな? お前は俺の剣だと」


 腕の痛みが増す分、魔力が回された【魔術葬送】の効果も増える。


 アリスの体から黒い闇が抜けていく。


 暗くよどんだ瞳が美しさを取り戻していく。


 もうそこに映るのはアンドラウスなんかじゃない。


「あのときからお前の全ては俺のものだ」


「……ぁ……ぁぁ……」


「だから、辞表だって認めない……。俺が許すまで、俺のために剣を振るってもらう!」


「……ガ……ぁ……まぁ……」


「アリスの人生を……過去も、未来も、この苦しみだって全て俺も背負って生きてやる……! だから!」


「……ウガ……ぁ……ま……」


「思い出せ……お前の主の名を」


「……オウガ……さぁ……ま……」


「……やっぱりお前は最高の剣だよ」


【魔術葬送】がアンドラウスの魔法を全て消し去る前に彼女の意思が打ち勝った。


 最後の一押しをするために俺はアリスを抱き寄せる。


「さぁ、帰ってこい――我が剣アリス


 そう告げた瞬間、完全に【限界超越・剛】の効果が切れて【魔術葬送】に魔力が全振りになる。


 止められていた剣が腕を切り落とすために動き出す――と思われたが、ピタリと止まった。


 カランと剣が落ちる音がする。


 気がつけば彼女の両手は俺の背中へと回されていた。


「……ただいま戻りました、我が主オウガ様」


「……おかえり、アリス」


 久しぶりのように思えた彼女の声を聞いて、俺はもう一度強く抱きしめた。


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