Stage3-21 【残影空々・斬風塵】
「オウガ君! しっかりしてください!」
「……っ! ……すまない。もう大丈夫だ」
バシンと背中に張り手をお見舞いされる。だが、レイナが活を入れてくれたおかげでひとまず目は覚めた。
目の前にいるのは対魔法使い最強と謳われた剣士。
さらに武力においても俺をはるかに勝っている。
俺とレイナにとって、これ以上の難敵もいないだろう。
思考を乱している状態で戦っても絶対に勝ち目は出てこない。
間違いなく俺たちはここで死ぬ。
……切り替えよう。
アリスが洗脳されている事実を受け入れて、その上で解決策を練ろう。
俺たちが持ちうる手段は二つ。
アリスを気絶させるか【魔術葬送】を当て 闇属性魔法を解除するか。
どちらにせよ必要な条件は一つ。直接、彼女に攻撃を当てなければいけないということだ。
「クックック……アリスと接近戦か」
それも普段の特訓とは違う本気で俺たちを殺しにかかってくる彼女と。
だが、こちらにも特訓との差違はある。
頼もしい義姉と二対一で 挑めるという点 だ。
「レイナ。サポートを頼めるか」
「言われずとも。忘れられているんじゃないかと心配しました」
やる気は十分。できるできないじゃない。
アリスを救うためにはやらなければならないんだ。
……最後にずいぶんと厳しいミッションが残っていたものだな。
「今の私には【魔力強化エキス】がありません。 雷属性以外の魔法は使えません」
「わかった。……さぁ、どこまでやれるか挑戦といこうか」
そう言って俺は軽く突き出した手のひらをアリスに向けて、トントンと軽く跳びながらテンポを刻む。
こうすることで筋肉が固まらず、自分のタイミングでも相手のタイミングに合わせてでも即座に対応できる。万能的な守りの構えだ。
「……作戦会議は終わったか?」
「わざわざ待ってくれてありがたい限りだ」
「まだ罪を懺悔する時間が必要なら待ってやるが……」
「必要ない。そんな予定は今後もないんでね」
「ならば……我が剣の錆となれ」
解放される殺気による圧。全身がひりつく感覚。
本気のアリスはこうもすごいのか。
「疾っ!」
時間が切り取られたんじゃないかと錯覚するほどの踏み込みと速さ。
ほんの一息で俺との距離を詰めて、剣が 胴を真っ二つに割らんと左側から迫ってきていた。
「ふぅぅ…………」
受けたらダメだ。腕の骨ごと持っていかれる。
触れるのは最小限に力を受け流して、軌道をそらして無力化させろ!
剣の流れに沿うように左手を体の内側に入れて、 剣身に掌底を放ち、刃の向きを横から縦へと変える。
力の行き場を変えられたアリスの攻撃は床を割る結果になった。
「…………っ!」
思わずつばを飲む。こんなのをまともに食らえれば即死は免れない。
恐ろしいのが今のは彼女の持つ剣技ですらなく、ただの攻撃だということ。
体力的にもいつまでも長引かせるのは不利。
だから、こうして彼女が自ら攻め込んできた機会を無駄にするな……!
「【魔術葬送】!」
空いた右手でアリスの胸へと突きを放つ。
当てればいい。例えその身で防ごうとしても触れれば俺の勝ちだ。
その瞬間、【魔術葬送】が発動して洗脳を解除できるはず。
だから躱しにくく、とにかく少しでも面積の広いところへ狙いを定める。
「ぬるい。だが、危険な香りがした」
「なっ……!」
振り下ろした剣から左手を離し、その手でクルリと 腰の鞘を半回転させて突きを受けた。
わざわざ体に触れないようにそんな受け方をするなんて、どんな嗅覚してるんだよ……!
「ほら、驚いている暇があるのか? 切り上げるぞ」
異常な腕力をもってして片手で振るわれる斬撃。
「【雷光】!」
だが、割って入るようなレイナの魔法のおかげでアリスが回避に転じたため、刃が俺に届くことはなかった。
「助かったよ、レイナ」
「これくらいお礼を言われるほどでもありませんよ」
レイナは俺の攻撃の邪魔にならないように立ち回り、攻撃を放った後の隙を埋めるように魔法を使ってサポートしてくれる。
一人ではすでに死んでいたが、彼女がいることでなんとか五分五分に持ち込めていた。
「ふん……面倒くさい」
「それはこっちのセリフだな」
そう言って、再び同じ守りの構えを取る。
長期戦は確かに避けたい。だからといって自ら攻撃を仕掛けて、当たる未来も見えない。
いつの時代だって格上相手に勝つための戦い方は決まっている。
カウンター一本狙い。アリスとの戦いにおいて、これが俺の貫かなければならない形だ。
「あくまで守りに徹するか。……いいだろう。ならば、その考えが過ちだと思い知らせてやる」
「…………なっ!?」
「これは……!」
爆発的に跳ね上がるアリスの殺気。
さっきまでの は本気じゃなかったのかよ……!
気がつけば俺は一歩後ずさっていた。
脳から危険信号がうるさいくらい鳴っている。
戦ってはいけない、と。早く逃げろと生存本能が叫んでいる。
だが、なぜか恐怖に思考は停止することなく、今もこうやって回り続けている。
……これが俺の知るアリスの姿か?
『正義』を見失い、『悪』に操られて剣を振るう奴がアリスと言えるのか?
俺が恐れるアリスとは目の前の信念もなく、剣を振るうだけの化け物だったか?
それでも情けなく敗走を選ばなかったのはアリスを救うという想いが踏みとどまらせたから。
本能を理性で従えて、俺は彼女に立ち向かうことを己に強いた。
それが俺たちが歩むべき光の道に続くと思ったから。
「レイナ! 俺の後ろに隠れろ!!」
「【
俺の呼びかけに反応して即座に飛び込むレイナ。
さらに俺たちの周りを囲うように雷の矢を降らせて守りも固めてくれた。
だか、それでも迫る死の気配
「――【残影空々・斬風塵】」
アリスの残影が
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『みなさま、少々お待ちくださいませ。ただいま商品の準備をしております。今しばらくお待ちくださいませ』
さきほどから壇上でそうアナウンスが繰り返されている。
告知されていた奴隷オークションがいつまでたっても始まらないので来賓貴族から不満の声が上がり始めたからだ。
そうか……成功したか、オウガ……! レイナ……!
笑みがこぼれないように表情を取り繕いながら、周囲にいる貴族たちと始まらないことに愚痴を漏らす。
残念ながら今日の奴隷オークションは開催されないぞ。
オウガとレイナが全て奴隷を逃がしたからな。すでに二人も行きしなに使った荷馬車でアンドラウス領を脱出している頃だろう。
商品がなければオークションが開始されることは永遠にない。
ならば、私はこのパーティーが終わるまで普段通り 悪徳領主として振る舞っていればいい。
「――ヴェレット公。少しよいだろうか? 」
「いかがなされましたかな、アンドラウス 殿」
……まさか向こうから話しかけてくるとは。
少しだけ気が楽になっていた分、驚いてしまった。
「ついてきてくれ」
「ああ、もちろん」
理由も説明せず、言葉少なげにアンドラウスはついてくるように促す。
私としても拒否する言い訳がない。
まさか国王様の命令で探りを入れているのがバレたか?
まだ判断を下すには材料が少ない。少なくとも、アンドラウスについていってからでもいいはずだ。
飲み物をウェイターに預けた私は一度、彼の後ろに続いて外へと出る。
そのままアンドラウスが向かったのは奴隷を預ける屋敷の裏口だった。
「……ここがどうかしたのか、アンドラウス 殿」
「実は私たちの奴隷オークションを邪魔するネズミが入り込んだみたいでねぇ」
「なに!? それは本当か!?」
跳ね上がる心臓。……慌てるな。
まだネズミの正体がオウガたちだとは言っていない。
絶対に尻尾だけは掴ませるな。
「奴隷たちが全て逃げ出してしまったんだ」
「……そうか。それでオークションが遅れて……」
「そういえば今日はヴェレット 公も奴隷を預けてくれていただろう? すまないな。私の不手際だった」
「謝らなくていいさ、アンドラウス 殿。私たちの仲じゃないか」
「ありがとう、ヴェレット公 。……本当にありがとう」
そう告げるアンドラウスの表情はニチャリと気持ちの悪い笑みに変わった。
……嫌な予感がしてたまらない。冷や汗がつぅ……と背中を流れる。
「だが、安心してほしい。私の
「……そうか。それは喜ばしいことじゃないか」
今日ほど積み重ねてきた年月に感謝したことはない。
グルグルと胸に渦巻く感情を律することができなかっただろうから。
「そうだ、喜ばしいことさ。だからなぁ、ヴェレット 」
グルリと細い腕が肩に回される。
獲物を捕らえにかかったヘビのように。
「一緒に見に行こうじゃないか。私の自慢の奴隷 によって私たちの邪魔をしたネズミがいたぶられる姿をなぁ?」
その囁きに私はうなずくことしかできない。
こみ上げてくる 激情を爪が食い込むくらい拳を握りしめて我慢する。
目の前の悪魔への怒りがマグマのようにグツグツと煮えたぎっている。
だが、何よりも私が怒りの矛先を向けているのは自分自身だった。
オウガが優秀な結果を残しているからと甘い判断を下し、ここまで連れてきてしまった私を。
愛息と愛娘が酷い目に遭っているにもかかわらず、公爵家当主として国王の任務をやり遂げるためにこの怒りを表に出さない私を。
目の前の男と同じくらい殺したいと思った。
「席を用意しているんだ、行こう」
「……ハッハッハ。そのために私を誘ってくれたのか。感謝する」
「気にしなくていいとも」
アンドラウスについていき、地下へと降りると三人の見覚えのある奴隷商が転がっている。どうやら気を失っているようだ。
しかし、そんなこと、アンドラウスは気にも留めない。
今はまだオウガたちが無事なのかどうかだけを知りたい。
はやる気持ちを抑え、アンドラウスの後をついていく。
奴はわざとゆっくり、ゆっくりと老骨らしい振る舞いをしている。
……決して隙を見せるな。私までやられるわけにはいかない。
ほんの数分の時間が何時間にも感じられた道のりを歩き終えた私たちの前には開きっぱなしの扉があった。
「このシェルターにいる。奴隷を逃がしたネズミと私の自慢の剣士がなぁ」
踏み入れたくない。見たくない。
そんな感情を押し殺して、シェルター入り口をまたぐ。
「…………はぁ……はぁ……」
「【
見下ろした眼下には、胸元から大量の血を吹き出しているオウガと必死に【回復】をかけ続けるレイナの姿があった。
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