Stage3-20 クリス・ラグニカ
「そっちはいたか!?」
「いいえ、どうやらハズレみたいです」
「なら、次に行くぞ」
「はい……!」
扉を開けたまま、俺たちは地下通路を駆けていく。
独房からさらに奥へと地下施設は前後左右にありの巣のように小部屋がつながっており、しらみつぶしに探していた。
俺たちが地上ではなく、地下の捜索を選んだ理由はいくつかある。
ラムダーブ島でもフローネは地下に【肉体強化エキス】の工場を作っていた。
アンドラウスも同じようにアリスを隠していてもおかしくない。
それに俺ならばアリスほどの実力者をすぐに脱出できる地上に放置する選択肢はとらない。
だからといって、こうも地下を無防備に空けることもしないが。
「……おかしくありませんか、オウガ君」
「ああ……誰も人がいない……?」
ただ単にハズレを引いた可能性もある。
だが、ここまで開けてきた部屋の中には生活感が残っているものもあった。
慌てて起きたかのようにめくられたままの毛布。テーブルに置かれた飲みかけの酒瓶。笑顔で黒服に身を包んだ姿の写真を飾った写真立て。
間違いなくこの間まで人間が住んでいた形跡がそこら中にあるのに一人もすれ違わない。
そんなことがあるのだろうか。
「……どうします? 今ならまだ引き返せます」
「……いいや、残りも少ないはずだ。このまま突き進む」
中途半端に迷ってはいけない。こういうときこそ初志貫徹。
もとよりアンドラウスが何の対策もせずにいたとは考えていない。
罠を張られているとわかった上で俺たちは敵の懐に飛び込んだのだ。
焦る気持ちを抑えながら、俺は目の前の扉を開ける。
すると、これまでは四方にあった扉が前方の一つだけとなっていた。
「ここが最後か……」
この先にアリスがいなければ俺たちの作戦は失敗に終わる。
ものの見事にアンドラウスの裏をかかれて、アリスがフローネの魔の手に落ちる未来が決定してしまう。
頼む……ここにいてくれ、アリス……!
祈りを念じながら俺は運命の扉を開く。
その先に広がっていたのは本当に地下なのかと思うほど大きいシェルター。
上ではなく下へと深く掘られて高さを確保しており、俺たちはキャットウォークにあたる部分に出ていた。
一面が灰色のむき出しの壁で囲まれていて、まさに監獄のイメージそのもの。
そして、その中央に俺たちが探し求めてやまない彼女が立っていた。
「アリス!」
名前を叫ぶと彼女はこちらを見上げる。
……よかった。どうやら意識はあるみたいだ。
これで最悪の事態は免れた。
ひとまずは喜びを分かち合おうと柵を跳び越えて、彼女がいる地面へと降り立つ――と同時にアリスの剣が眼前に迫っていた。
「えっ?」
「【雷光】!」
ひらりと前髪の一部が宙を舞った。あと一瞬。一瞬でもレイナの魔法が遅かったらアリスの踏み込みは完璧になっており、飛んでいたのは髪ではなく俺の頭になっていただろう。
己を襲った死の可能性にゾクリと背筋が凍る。
「大丈夫ですか、オウガ君!」
レイナが俺の隣に降り立つ。
彼女がアリスに向けるまなざしには焦りと敵意が込められている。
そして、アリスもまた剣を構えて、俺たちに鋭いまなざしを送っていた。
「……おかしいと思いました。捕虜なのに手錠もなにもつけられていないなんて」
待て、待ってくれ。……いったい何が起きているんだ。
混乱した頭が絞り出した言葉は彼女の名前だけ。
「アリス……?」
「さきほどからアリス、アリスと。誰のことだ、それは」
ガツンと頭を鈍器で殴られたような気分になる。
今の彼女の言葉ではっきりとわかった。理解してしまった。
俺たちの思い出にいるアリスでは絶対にあり得ない言動。それを可能にさせる手段を俺たちは知っている。
「……闇属性魔法」
すでにフローネが? いや、奴ほどの魔力……その存在感を見逃すわけがない。
ならば、どうやって? まさかアンドラウスが……?
次々と湧き出てくる疑問と可能性。脳が現状の理解を拒んで、思考に逃避しようとする。
ただ現実は非常にも事実のみを突きつけてくるのだ。
「教えておいてやろう。私はクリス・ラグニカ。ジューク・アンドラウス様の剣。そして、騎士として侵入者である貴様らを排除する」
――どろりと底なし沼のような明るさを失った紅の双眸が俺たちをにらみつけていた。
◇ 今週、もう一回更新します!
事前予約キャンペーンの締め切り本日まで!
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