Stage3-19 とらわれのお姫様を助けにいこうか

 太陽は沈み、月の光だけが道を照らす。


 ゴトゴトと馬車が揺れるたびに俺たちは固い金属の床に尻をぶつける痛みを我慢していた。


「まさかこんな檻まで用意できるとは思いませんでしたね」


 クスクスと笑うレイナの姿は普段とまるっきり正反対。


 まとめた髪の上からボサボサに汚した黒髪のカツラを被り、服もサイズの合っていないボロボロのシャツと穴の開いた長ズボンという組み合わせだ。


 なにより後ろ手に手錠をかけられている。両足も同じように足錠がつながれており、自由に歩くのは不可能な状態だ。


 田舎で拾われ移送されている奴隷の少女にしか見えないだろう。


 俺もまた彼女と同じように茶色の長髪カツラをはめて、服は半分裂けている 粗末なものを着ていた。当然、手錠も足錠もしっかりはめられている。


 唯一、違うのはズボンのポケットにどうしても入れておきたかったものを忍ばせていることくらいか。


「ああ。座り心地が最悪なのが欠点だな」


「先導するお義父さまの乗っている馬車が恋しいですね」


「まったくだ」


 床の部分も鉄で固いため、尻が痛くて仕方ない。


 いつもの馬車がどれだけ乗り心地がいいのか、ありがたみを感じるな。


「それと仕方ないが……匂いがきついのもな」


「奴隷が洗剤の香りがする服を着ているわけがありませんから……我慢しましょう」


 苦笑いを浮かべるレイナだが、彼女も俺と同じレベルの悪臭を感じているはずだ。


 服やカツラにはわざと砂をかぶせたり、泥水につけたりと奴隷らしく映るように創意工夫がしてある。


 前世だと衛生面的によろしくないが、この世界には【回復】という万能魔法が存在するからな。


 レイナの言うとおり、アリスを助けるまでと割り切って我慢しよう。


「お二人とも、もうそろそろアンドラウス家につきます」


 俺たちが乗る檻付き馬車を運転するヴェレット家の使用人が目的地のそばまで来たことを教えてくれる。


 今回のパーティー会場はアンドラウス家の屋敷。


 ……さて、おしゃべりもここまでだ。


 気を引き締める。この先は命を賭けた戦いが待っているはず。


 いつまでも遠足気分でいてはいけない。


 背中を丸めて体育座りをして、少しでも自分の未来に絶望した青年を演じておく。


 それと顔を極力見られないようにうつむいて……これで完璧だ。


 そして、馬車の動きが止まった。


「…………」


 顔を落としたまま、チラリと屋敷を横目で見る。


 黒塗りの壁のせいでわかりにくいが大きさは広い。


 屋敷の窓からはどこもかしこも光があふれ出ており、この静寂の夜には似つかわしくない。


 屋敷の中はずいぶんと盛り上がっているみたいで、入り口のそばとはいえ外にいるのに笑い声や音楽が聞こえてきた。


「……ずいぶんと悪趣味みたいだな」


「パーティーはわかりやすく財力を示せますから」


「なるほど……っと。終わったみたいだぞ」


 どうやら観察しているうちに父上が受付で手続きを完了させたみたいだ。


 馬車が再び動き出して、屋敷の裏側へと移動する。


 そこには屈強なシルエットをした男が二人、門番役として。細身のメガネの男が一人、引き渡し役として立っていた。


「二人だ。ヴェレット家の品だから、無下に扱うんじゃねぇぞ」


「ええ、もちろんです。商品価値が下がっては儲けが少なくなる。ジューク様もそれは避けたいところ」


「なら、いい。じゃあ、後はよろしく頼むわ」


「おう。てめぇら、騒ぐんじゃねぞ」


 檻から出された俺とレイナは、荷物のように門番役二人に担がれる形で裏口から屋敷の中……それも階段を降りて地下へと運ばれていく。


 ここで怒りを買う必要は無い。あくまで俺たちの目的はアリスの救出だ。無駄な戦闘は避けるべきだろう。


 キラキラと輝いていた表とは違って、こちらはまるで幽霊屋敷。


  明かりもついていない薄暗く、ジメジメとした空間が通路一帯に広がっていた。


 見やれば小さな牢屋みたいな部屋がいくつも連なっていて、そこに両手両足を手枷足枷でつながれた老若男女が転がっている。


 とりわけ若い女性が多い。おそらく山賊にでも村を襲われて、連れてこられた口だろう。


「……助けて……神様、お願いします……」


「……どうして……パパ……ママ……」


「帰りたい……帰りたいよぉ……」


 あちらこちらから誰かが泣く声が聞こえてくる。


 それもそうだ。見ず知らずの貴族に買われて、待っているのは地獄の日々。


 ただ労働力として働かされるだけならまだマシと言われる世界だ。


 変態貴族にでもあたってみろ。毎日毎日、その歪んだ性癖をぶつけられるおもちゃにされて飽きられたらポイで終わり。


 泣いてしまうのも致し方ない。


「うるせぇぞ!!」


 門番の一人がドンと壁を叩いて、大声を張り上げる。


 怒りは伝播して、泣き声は止んだ。


「ったくゴミの分際でイライラさせるなよ……クソが」


 悪態をつく門番たちはさらに奥へと突き進み、空いていた部屋の中に乱暴に放り投げられた。


 たたきつけられて体が少し痛い。無下に扱うなって言われたばかりだろうに……。


 見かけ通りの脳筋か。脳みそのほとんどがそちらに偏っているらしい。


「おまえら本当にヴェレット家の用意した奴隷かよ……。確かに目だけは綺麗だが、とんでもない外れ商品を持ってきたもんだな」


 ズイと顔を寄せて、俺たちをジロジロと見た後、門番の一人がぺっとつばを吐き捨てた。


「泣くな。わめくな。それだけ守れば無事に 檻から出られる。奴隷としてだがな」


「俺たちの機嫌を悪くさせない方がいいぞ。さもないと……こうなるからよぉ!」


 門番がグルグルと肩を回してから太い腕を振るうと壁に拳がめり込んで、ヒビが入った。


「わかったら大人しくしとけや」


 どうやら筋肉自慢も済んで気が晴れたらしい。


 二人は持ち場へと戻っていく。


 その気配が完全に遠ざかったのを確認して、俺は口を開いた。


「……何点だと思う?」


「10点です。オウガ君なら腕が貫通していたでしょうね」


「クックック、正解だ。そんな馬鹿なパフォーマンスはしないがな」


 万が一、話し声を聞かれるのを避けるため、俺たちは身を寄せ合う。


「さて、どう動きましょうか」


「……アリスは目玉商品と書かれていた。奴隷オークションの最後に出てくるはずだ。目玉は最後に取っておくものだからな」


「ギリギリだとアリスさんを見つけられないかもしれません。この屋敷は思っている以上に広そうです」


 わざわざ屋敷内に奴隷専用の独房を用意するくらいだからな。


 それに馬車で裏口まで移動した距離を考えると、奥行きも十二分にあると考えられる。


 さらにこんな地下まであるとは……。


 こんな中、アリスを探し出すのは一苦労だ。


「なら、パーティーが始まったと同時に動こう。さっきの門番役と引き渡し役を仕留めて、捜索に乗り出す」


「仕留めてしまって大丈夫ですか? 奴隷オークションが始まったときのために生かしておいた方がいいのでは?」


「あいつらがアンドラウスを裏切る確証がない以上、一緒だ。素直に言うことも聞くとは限らないからな」


「わかりました。ところで、他の奴隷さんたちは……」


「……フッ、そんなの決まっているだろう。父上との事前の打ち合わせ通りにヴェレット領へと連れ帰るぞ」


 クックック、未来の貴重な労働力ゲットだぜ。


 我が領地で働かされる方が変態貴族の毒牙にかかるよりははるかにマシだろう。


 ここにいるのはすでに故郷を失った者たちばかりのはずだしな。


 この世界の奴隷は平民だけ。魔法を使えるのは貴族しかいない。なので、奴隷まで身分が落ちないのだ。


 ときに没落した貴族の人間が拾われる例もあったみたいだが、それもごく少数で貴重。


 こんな肥だめにいるわけがない。


 だからこそ、魔法が使えるレイナがいる以上、魔法使いがいないと油断しきっている三人を仕留めるのは 簡単なことだ。


「パーティーが始まったら受付を終えた奴らも屋敷内に戻ってくるはずだ。そのタイミングで脳筋どもを引き寄せる」


「そこを迎撃、ですね。知性がありそうなメガネさんについては私が受け持ちます。アリスさんについて何か知らないか情報も吐いてもらいましょう」


「となると、ひとまずはあいつらに鍵を開けて中に入ってきてもらう必要があるな」


 さきほどまでの様子を見ていれば挑発が簡単に効きそうな相手だ。呼び込むのは容易だろう。


 流れは決まった。あとはジッと息を殺して、レイナと待つ。


 そして、そのときは来た。


「……これで今日の受付は終わりです。オークションが始まる前に商品の状態をチェックしますよ」


「今回は結構上玉の女がいたな。あーあ、一回くらい抱きてぇもんだ」


「まったくだ! ちくしょう。毎晩毎晩、安いブスの娼婦にも飽きたぜ」


「……相変わらず品のない会話だ」


「うるせぇ、男児好き。お前には言われてくねぇよ」


 三人の下劣な声とバタンと裏口が閉まる音が聞こえる。


 俺たちはすぐさま目を合わせて行動を開始した。


「【限界超越ギア・チェンジ】」


 魔力を血液に乗せて体全体に巡らせて、心臓の働きを加速させて肉体を強化する。


「ふんっ」


 自分の手錠を引きちぎると、レイナの手錠もわっか部分を無理矢理広げて使い物にならなくする。


 あとは元の通り手を背の後ろに回していれば、あっという間に脱出完了だ。


 俺はレイナの足の手錠が外れていることを気づかれないように彼女の前に体を移動させる。


 そして小さく、だけどはっきり聞こえるように言葉を発した。


「おまえら三人とも下劣な存在だよ、ばーか」


 一瞬の静寂。その後、怒気が混じって震える声が独房に響いた。


「……どうやら死にてぇ奴がいるみたいだな?」


「……お望み通りぶっ殺してやるよ」


「おい、待ておまえら! 商品だということを忘れるな!」


 引っかかった。


 威嚇するように大きな足音を立てて、歩いてくる馬鹿が二匹。


 細メガネの忠告も聞く耳持たず。


 俺たちの部屋までやってきた男たちはガチャリと牢屋の鍵を開けた。飛んで火に入る夏の虫とはまさにこいつらだな。


「おい、ガキ。いたぶってやるから覚悟……あ゛?」


「残念。もう安い娼婦さえ抱ける日はこねぇよ」


 中に入ってきた瞬間、バキリと自分の足錠を壊す。


 捕まっていたはずの奴隷が自ら鉄の鎖を外した。その事実に呆気にとられて生まれた致命的な隙。


 俺は思いきり奴の股間めがけて、蹴り上げた。


「……あがっ……ごぽっ……!?」


 メリメリと骨盤まで壊した手応えが伝わってくる。


 想像もしたくない激痛に耐えきれなかった奴はゴポゴポと泡を吹いて崩れ落ちた。


「レイナ」


 彼女は名前を呼ぶとほぼ同時に男が倒れて生まれたスペースをすり抜けていく。


 次の瞬間、細メガネの悲鳴があがった。


 これで作戦は成功したも同然だな。 


「くそっ!? てめぇ、よくも!」


 さっきとてもすごい腕力自慢を披露してくれた男が大きく振りかぶってパンチを撃つ。


 キレもなければ速さもない。まるでノロマなそれを受け止めると、パンっと軽い音が鳴った。


 この程度なら【限界超越】を使うまでもなく、地力だけで圧勝できるな。


「なっ!? 俺の右ストレートを受け止めやがっただと!?」


「そんなに驚くなよ。これくらいできる奴、何千人と世界にはいるだろうから」


 掴んだ拳ごと男の腕をひねり上げる。


 百八十度、百九十、二百……。ゆっくりと痛みを味合わせるように。


 骨が軋む痛さに膝をついた男は先ほどまでの威勢はどこに行ったのか、涙さえ浮かべていた。


「いででで! や、やめてくれ! それ以上は腕がちぎれる!」


「心配しなくていい。そんな柔に人間の体はできていないから」


「そんなわけないだろ! 頼む! ここから逃がしてやるからもう止めてくれ!」


「続けるぞ。……二百十」


 さらにひねると、ゴキンと骨が外れる大きな音がした。


「あぁぁっ!? く、くそったれがぁぁぁ!!」


 最後の力を振り絞って男が残った左腕で再び拳を繰り出す。


「いいか? 右ストレートっていうのはこういうパンチのことを言うんだ」


 拳を脇腹の位置まで引き、弓を引き絞るように溜めて、溜めて、解放する。


 拳同士がぶつかると、奴の左腕はぐしゃりとひしゃげて骨が皮膚を突き破った。


「ぎゃぁぁっ! う、腕がぁぁ!!」


「確か静かにさせるときはこうするんだったな?」


「がひゅっ……ぉ……ぁ……」


 奴隷たちを黙らせた時の真似をして、男の側頭部を思い切り叩いた。


 骨の中で激しく脳が揺れた結果、男は白目をむいてその場に倒れ伏す。


 これで脳筋たちは終了。さて、残るは細メガネだが……。


「し、知らない! 本当にそんな奴の存在は知らないんだぁ!」


「そうですか。残念です。では、疲れたでしょうからゆっくりお休みになってくださいね」


「嫌だ嫌だ! もう電撃はいびゃっ……っ……!」


 レイナの指から放たれた魔法が直撃。細メガネは全身を激しく震わせると、ガクリと意識を断った。


「オウガ君。彼らは金でアンドラウス家に 雇われているだけの末端だそうです」


「……この程度の実力しかない奴に知らされているわけがないか」


 予測できる範囲の結果だ。


 特に気落ちもせず、次のフェーズへと移行する。


「お、おい、あんたら! 俺たちも助けてくれ!」


「お、お願いします! 私も!」


 脅威が消え去ると、途端に奴隷たちは騒がしくなる。


 希望の光が見えたのだから仕方ないが、あまり騒がれるのは喜ばしくない。


「しぃ……」と口に人差し指を当ててみせると、利口な彼ら彼女らはすぐに従ってくれた。


 細メガネの体をまさぐれば……おっ、あった。牢屋の鍵。


「俺の言うことが聞けるか?」


「あ、ああ……!」


「なら、いいだろう」


 俺は鍵を使って奴隷たちの部屋を開けていき、一人一人の手枷足枷を壊しながら説明していく。


「助かりたい奴は外で待機しているヴェレット家の荷馬車に乗れ。安全な場所へと連れ出してくれるだろうさ」


「ヴェ、ヴェレット家!? ということは、あなた様はもしや……!」


「クックック……こんなところにお前の想像する男がいるわけないだろう?」


 俺の正体に感づいたのだろう。


 平民たちは途端に驚愕し、うつむきながら体を震わせていた。


 喜びもつかの間、というやつだな。まさか貴族の手に落ちる前に救われたと思ったら相手が悪徳領主で有名なヴェレット家の息子だったんだから。


 だが、もう文句は言わせない。


「これ以上、何も口にするな。全員で迅速に行動しろ」


「……っ!」


 何か言いたげだったが、その前に口を封じて強制的に移動させる。


 人間というのはこういう危機的状況ほど他人の判断に頼りたくなる生き物だ。


 一刻でも早くこの場所から離れたいという思いが、さらに平静を奪って視野を狭くする。


 奴隷たちは一人残らず外へと出て行った。


 クックック、ヴェレット領に戻ったら一人ずつ顔を確認しに行かねばな。


 将来の俺のために回り続ける歯車候補たちだ。


「それではオウガ君」


「ああ。とらわれのお姫様を助けに行くとしようか」


 奴隷たちが出て行った扉に背中を向けて、俺たちはもぬけの殻となった独房を後にした。




◇【悪役御曹司の勘違い聖者生活】3巻、いよいよ明日発売!

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