Stage3-18 救出準備

 私は生まれつき神に嫌われた男だった。


 貴族なのに魔法適性を持たない、貴族社会で最も価値のないゴミ。


 それが私の生まれたアンドラウス家での私の評価だった。


 父上も母上も私と決して目を合わせようとしなかった。


 それでも教育を受けることが出来たのは私以外に子供が生まれなかったからだろう。


 アンドラウス家の未来をよそ者に託すことをよしとしなかった父上は渋々といった感じで私を後継者に指名した。


 私はずっと家族を恨んでいたが、このときばかりは父上の時代遅れな純血主義を諸手を挙げて喜んだものだ。


 しかし、私がトップになっても父上から口を出される日々が続いた。


 傀儡政権だなんて揶揄されることもしかり。


 ああ、私は私の意思で生きることを許されていないのだ。


 そして、世界に絶望し、死ぬために自ら戦場へ向かうことを希望した私は――神に出会った。


 その神様は私が持っていないものを全て持っていた。


 全てをゴミのように蹂躙する暴力的な才能。


 全ての上に立ち、他者を魅了する圧倒的なカリスマ。


 彼女は目を焼き切るほどに眩しく輝いていた。


 私は気がつけば彼女のために尽くし、彼女を喜ばせるために生きるようになっていた。


 そして、転機が訪れる。


 日々のご奉仕に対する対価を神様は私にくださったのだ。


 あの日の言葉を一言一句、私は忘れたことはない。


『お前には魔法適性がないんじゃない』


『禁忌とされた属性の適性を持っていたから魔法適性なしと判断されたのだ』


『その名は闇属性魔法。――私と同じだ。だからこそ、わかった』


『教えてやろう、この力の使い方を。そして、喰らい尽くすといい』


『お前も私の目指す新世界に足を踏み入れたいならな』


 私は神様の言葉通りに行動した。


 邪魔だった父上と母上を殺して実権を握った。


 神様のために力を蓄えた。


 国などどうでもいい。


 私に手を差し伸べず、あまつさえ闇属性魔法という素晴らしい存在をこの世から消し去った奴らに義理もない。


 だから、私はこの人に全てを捧げてでも尽くすのだ。


 今回こそはきっと上手くやってみせましょう。


 二度と失敗をしないように魔法の腕を磨き続けました。


 あの忌々しい女騎士を操り、世間を震わせてみせた時とは違います。


 あぁ……あぁ……! あの時は邪魔が入ってしまいましたが、今度こそ……!


 例え地獄へと突き進む道だとしても、神様が――フローネ様が喜んでくださるのならば。


 私は――ジューク・アンドラウスは喜んで、飛び降りよう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 俺の朝は早い。この強靱な肉体を保ち、強化するために必要なトレーニングの種類が多いからだ。


「ふぅ……199、200……と」


 重りをつけた状態での逆立ち片腕立て伏せももう慣れたものだ。


 回数も入学当時の倍に増やせている。


 体の疲労を鑑みるに、まだ負荷を増やしても問題は無いだろう。


「アリス。重りを追加して……」


 そこまで口にして、いつもサポートしてくれる彼女がいないことを思い出した。


 仕方なく、足を下ろして終了にする。


「……なぜ何も教えてくれなかったんだ、アリス」


 アリスが姿を消してから一晩が経った。


 昨日は全員で待ち続けたが、彼女が帰ってくることはなかった。


 できる限り彼女がいたときと変わらない時間を過ごすようにと思って、トレーニングルームまでやってきたが……むなしさが増しただけだったな。


 彼女がどうして俺の元を去ったのか。


 ただ一つわかるのはアリスが残した手紙に記された『お暇をいただきます』の一文。


 あれは俺の文通の問いへの答えだ。


 彼女は俺の剣であることを拒否した。


 それだけは間違いない事実として、俺の心に刻まれている。


「オウガ君っ」


 名前を呼ばれて顔を上げると、息を荒くしたレイナが入り口に立っていた。


 いったいどうしたのだろうか。


 彼女がここまで呼吸を崩しているのも珍しい。


「お義父さまが私たちを呼んでいます」


「父上が? 確か今は王都にいるはずじゃ」


「ジューク・アンドラウスに接触され、急いで帰ってきてくれたみたいで……!」


「……わかった。すぐに向かう」


 汗を拭うことすらせず、俺はレイナと共に父上の執務室へと歩を進める。


 普段なら絶対にしないが、今は時間が少しでも惜しい。


 父上はアリスがいなくなったことを知らない。だけど、このタイミングでの帰還。そして、俺たちが呼び出された理由。


 ……胸騒ぎは収まらず、歩く速度は速くなっていく。


「父上、失礼します」


 入室許可を待たずに部屋の中に入ると、神妙な面持ちをした父上がいた。


「オウガ。これを読むんだ」


 前置きもなく、父上から差し出された一通の招待状。


 そこに押された封蝋に見覚えがあった。



『ゴードン・ヴェレット様


 先日、お送りしました招待状に記載したパーティーですが、このたび特別仕様へと変わることになりました。


 商品の持ち込みを希望される場合はぜひ受付でお申し付けください。


 買い物を楽しみたい場合は十分な資金をご持参の上、ご来訪ください。


 また新たに我がアンドラウス家のパーティーの目玉となる剣士を手に入れました。


 きっと愉快な時間をご提供することができると約束しましょう。

 


 ジューク・アンドラウス』 



「これは直接手渡された。……おそらく特別なパーティーというのは奴隷オークションのことだろう。私が誘われたのは実際に初めてだが間違いない」


 アンドラウス家が人身売買を行っているという噂はずっと前からある。


 だが、今ばかりは父上の言葉は右から左へと通り過ぎていく。


 一カ所、どうしても見逃せない部分があったからだ。


「オウガ君! この『新たな目玉となる剣士』って……!」


「……あぁ、間違いない。アリスのことだ……!」


「……まだ行き届いていない情報があるようだ。私にも説明してくれるか?」


「……はい、実は――」


 父上がいない間に起きたアリスが失踪したことについて話す。


「……なるほど。ならば、二人の考えたとおり、この一文はアリスのことだろう」


「このタイミングでのパーティーの仕様変更……可能性は高いと思います」


 ということはアリスが何らかの手段を用いられて、ジューク・アンドラウスの手に落ちている……?


 突飛な発想だが、考えてみたら彼女の正体さえ知っていればけしかけるのは難しくない。


 アンドラウスとアリスには深い因縁がある。


 そして、フローネならば船での戦闘でアリスの正体をクリス・ラグニカと見抜いていてもおかしくないだろう。


 その可能性にまで思考が至らなかった。


 アリスは俺の許可なく単独行動をしたりしない。


 アリスは誰よりも強いから心配する必要がない。


 彼女への無条件の信頼が、油断となり、穴となって奴らに突かれた。


 そうだとしたら、あの残していった手紙にも理由がつく。


 だったら、俺が取るべき行動は決まった。


「……父上」


「待て。言いたいことはわかる。だが、これは確実にオウガ……お前を引っ張り出すための罠だ」


「罠だとわかっていても、俺は行くつもりです」


 どうあってもアンドラウスは俺と会いたくて仕方がないらしい。


 どんな手段を用いてアリスを捕らえたのかは知らないが、この機会を逃せばアリスはフローネの闇属性魔法によって【洗脳】されてしまう。


 そもそもアリスが狙われてしまったのも、俺の心の油断が招いたミスだと思っている。


「アリスの主人として、俺がやらなければならないことです」


「……どうあってもか?」


「はい。たとえ止められても俺はついていきます」


 父上と視線が交差する。だが、それも一瞬で俺が折れる様子が無いと悟った父上は大きくため息を吐く。


「……わかった。同行を認めよう」


「ありがとうございます、父上。パーティーの日程は?」


「……今晩だ。きっとアンドラウスはお前が参加しないと知った瞬間から、アリスを狙っておびき出す作戦に舵を切ったのだろう」


「かなり用意周到ですね……」


「そうまでしてもオウガの身柄が欲しいのさ、奴さんは。しかし、どうする? いくらなんでも正面から突破するのは危険すぎるぞ」


 父上の言うことももっともだ。


 ジューク・アンドラウスも俺を迎え撃つ準備はしているだろう。


 なによりフローネから俺の実力に関しては聞き及んでいるはず。無策だとは考えられない。


 それに馬鹿正直にドンパチすれば他の貴族にまで被害を出してしまう可能性がある。


 しかも、父上が内偵を続けているにもかかわらず、未だに奴を処罰できていないということは、それだけアンドラウスは狡猾で尻尾を掴ませないのだろう。


 正面突破で下手を打ち、彼らの恨みを買ってしまっては父上の貴族たちからの信頼が失われてしまう。


 なにか良い方法は……。


「奴隷になるのはどうでしょうか?」


 放たれた凜とした声音。


 アンドラウスの招待状を眺めていたレイナがその二行目を指でなぞる。


「商品の持ち込み……これは奴隷で間違いないはず。奴隷が表に晒されることはないでしょうし、裏口から潜入できる可能性が高いと思います」


「なるほど……その手があったか」


 確かにレイナの案ならば比較的安全に内部に侵入できる。


 確かに酷い扱いを受けるリスクはあるが、アンドラウスが主催する以上ヴェレット家が持ち込んだ奴隷という名札があれば粗末な扱いはされないだろう。


 少しでも傷がつけば値段が下がる。


 ヴェレット家の商品にそんなことをしてしまえば、どんな処罰を喰らうかわからない。


 扱う管理者はそんなことを考えるはずだからな。


「すぐに奴隷に見える衣服を用意しよう。髪型も変えた方がいい」


「ありがとうございます、父上」


「女性用もお願いしますね、お義父さま」


「ダメだ。レイナはここで待っていてくれ」


「いいえ、私はオウガ君がどんな選択をしてもついていきます。もし聞いてくれないなら……単身で乗り込もうとしていることをマシロさんたちにも言ってしまうかもしれません」


 言葉に詰まる。それは禁止カードだろう。


「私は実戦経験も、実力も十分にあると自負していますが……足手まといですか?」


「……わかった。その代わり、絶対に自分を犠牲にしないこと。これだけは約束してくれ」


「もちろんです。オウガ君にもらったこの命……決して散らしたりしません」


 これがマシロやカレンならば絶対に断っていたが、レイナならば最悪・・の場合でも逃がすことができるからな。


 マシロたちも隣に立ってくれると言ってくれたが、自分の身を護ることすら難しい彼女たちにはまだ早い。


 今回は俺とレイナのツーマンセルで実行する。


 大丈夫だ。マシロたちが寝ている間に全てを終わらせて、また俺たちの日常を取り戻す。


「これで全て決まったな?」


 父上の問いかけに俺たちはうなずきかえす。


「残念だが国からの支援は期待できない。聖騎士団が動いたとバレたならすぐにパーティーは中止されるだろう」


 そうなるとアリスは救えない。


 ちっ……相手が強大だとやりにくいこと、この上ないな。


「本当の意味で二人きりというわけですね」


「だからこそ、事前準備をできる限りやろう。少しでも成功確率を高めるために」


 決戦は夜。それまでの間、俺たちは三人で作戦を詰めていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る