Stage3-16 希望をつなげ

「今日も上々でしたね、ラグニカ副隊長!」


「ああ、これならリリー総隊長も満足してくれるはずだ。みんなもよく頑張ってくれた」


「じゃあ、今日は副隊長のおごりを期待してもいいですか!?」


「いいだろう。ただし、その前に今日の訓練メニューをこなしてからだがな」


「「「えぇ~!」」」


 背後からブーイングが起こるが、全員本気で怒っているわけじゃない。


 彼ら彼女らは私が直に鍛え上げた隊員で根性がある者ばかりだ。これくらいで音を上げたりする奴はいないと自負している。


 私も昇進して一部隊を持つようになり、近隣の魔獣を狩るという遠征からの帰路についていた。


 そんな可愛い部下たちと聖騎士団の隊舎へと帰還し、今日もまたいつもと変わらぬ時間が流れるのだろうと思っていた。


「さぁ、早く報告を済ませよう。楽しい時間のた、めに……も……?」


 床も、壁も、天井も真っ赤に染まりきった隊舎を見なければ。


「な、なにこれ……?」


「え……血……?」


 後ろにいた隊員たちもあっけにとられて、顔を青ざめさせていく。


 ここで冷静さを失うのが一番マズいと判断した私は大声で指示を出す。


「総員、剣を抜け! まだ戦闘経験が薄い者は王宮に向かい、報告を! 残った者は二人一組で中を散策するぞ! 実行犯を見つけ次第、声を上げろ! わかった者から散開!」


「「「了解!!」」」


 間一髪で平静を取り戻した隊員は指示通りにばらけて中へ突き進む。


 指示を出し終えた私も一人で隊舎を見て回っていく。


 その道中はまさに地獄絵図だった。


 宿舎、鍛練場、食堂。


 数多の場所で聖騎士たちの死体が転がっていた。


 その中でただ一人だけ動いている人物を見つける。


 自分の目を疑った。


「な、なにをやっているんですか……?」


 なにかの間違いなんじゃないかと。これは悪い夢で、私はまだベッドの上にいるんじゃないかと信じたかった。


 だけど、早くなる鼓動が。鼻につく血のにおいが全て現実だと突きつけてくる。


「なにをやっているんですか、リリー総隊長!?」


 ピタリと動きが止まって、彼女はまるで人形のようなぎこちない動きでこちらに顔を向ける。


 付着した血が黒ずんで輝きを失った銀色の髪。


 血が乾いたせいでくすんだ白と赤褐色の混ざった肌。


 なにより私の大好きだった深紅の瞳は生気を失っていた。


 聖騎士たちを殺したのは、彼ら彼女らを無表情で切りつけていたのは、みんなの憧れだったはずの人物だった。


「――ぐぅっ!」


「…………」


 大地を蹴って、即座に距離を詰めてきた総隊長の剣を受け止める。


 相変わらず重い……!


「総隊長! 答えてください! なぜこんなひどいことを!」


「…………」


「どうして……!?」


 しかし、どれだけ問いかけても総隊長の言葉は返ってこない。


 これが返事だと言わんばかりに剣が振るわれるだけ。


「う゛っ……らぁっ……!」


 総隊長の剣を受け続ける私はそのまま押し切られそうになるが、必死につばぜり合いまで持ち込む。


 目の前にいる彼女はまるで生きる屍。


 こんなにも死臭を漂わせる人間がいるのだろうか。


 リリーシェーン・スプライドを形成していた全ての輝きがくすんでいる。


 何らかの魔法をかけられているのか……? 


 しかし、人間を操る魔法だなんて聞き覚えがない……。ましてやそんな危険な魔法を総隊長がまともに喰らうなんて考えられない。


「答えてください、総隊長! あなたが大切な仲間のみんなを殺したんですか!?」


「…………」


「ぐっ……!?」


 返事代わりの前蹴りが腹へと刺さり、蹴り飛ばされた私は距離を取るように転がってすぐに立ち上がった。


「……それがあなたの答えなんですね」 


「…………!」


 ……隊舎で殺された隊員たちのように、リリー総隊長は私を殺すつもりでいる。


 覚悟を決めるのは私の方だ。


 もう彼女は私たちの憧れたリリーシェーン・スプライドじゃない。


 改めて剣を構え直し、目の前に立つ怪物と対峙する。


「……やるしかない」


 本気で殺しに来る彼女に対して、力を出し惜しみする余裕はなかった。


 これ以上被害を出さないためにも、私がここで殺す。


 たとえリリー総隊長が私の立場だったとしても同じ選択をするはずだ。


 なにより他の隊員の憧れを、思い出を汚させるわけにはいかない。


 こんな思いをするのは私だけでいい。


 必ず次の一撃で決着をつける。


 すぅ……と深く息を吸った。柄を握る力を強くする。


 そのまま剣を腰の位置まで下げて、左半身で構える。


 普段ならば絶対に取らない受け身の、カウンターに狙いを絞った型。


 だけど、今の彼女からは理性を感じられない。振るう剣に怖さが感じられない。これまでの想いが、経験が全くといって攻撃になかった。


「……お前がリリーシェーン・スプライドを名乗るな」


 だからこそ、この型が刺さる。正気じゃない怪物には!


「来いっ!」 


「…………!」


 確かに瞬発力も、剣を振るう速度も早い。


 だが、それは彼女のスペックに物言わせた荒々しいだけの攻撃。


『剣技』と呼べる代物なんかじゃない。


「――【蜂針穿孔ほうしんせんこう】」


 怪物の放った頭部への斬撃をギリギリまで見る――見切って、体を内側へと滑り込ませた。


 距離が縮まった分、斬撃は威力を失って私の肩に少しばかりの傷を残すにとどまる。


 そして、舞う蝶を一撃で仕留めるかのように、正確無比に胸へと剣を突き刺す。 


「あぁぁぁぁぁぁ!!」


 これまで何度も手に味わってきた肉を貫き、骨を断つ感触。


 剣を引き抜く時間は人生で最も苦痛な数秒だった。


 カランと音を立てて落ちる総隊長の剣。


 体中から力が抜けた総隊長は重力に従って、その場で崩れ落ちるように倒れた。


「はぁ……はぁっ……」


「…………クリス」


「っ!? リリー総隊長!」


 駆け寄ると本当にか細い、あの人のものとは思えない声で名前を呼ばれる。


 だけど、私の好きないつもの瞳に戻っていた。


 間違いなくさきほどまでの生気を感じさせない怪物とは違う。


「……ね? 言ったでしょう? クリスならいつか私を超えられるって」


「しゃ、喋らないでください! 今すぐ止血を……! 誰か! 【回復】を使える者はすぐにこっちに来てくれ……!」


「約束……覚えてる? 私の剣を……あなたにあげるって……」


 そう言ってリリー総隊長は私の手を取って、腰に下げた鞘を握らせる。


 そこには彼女の愛剣が。彼女の聖騎士としての魂が納められていた。この凶行の中で、最後までその剣だけは抜かなかったのだろう。


「私は勝っていません! 正真正銘のあなたには一度たりとも! だから、あの剣はまだ総隊長のものです!」


 自分の上着を使って、少しでも失血を遅らせようとする。


 必死に傷口を圧迫して、これ以上血を失わせるわけには……っ!?


 頭へと乗せられた手。そこに温かみはない。動きもしない。


 彼女の死が迫っていることを理解し、受け入れてしまった。


「……クリス。……最後に……私の……くえの……うら」


 もう言葉もかすれかすれで、ほとんど何を言っているのか聞き取れない。


「……ありが……う、クリス。……あなたで、よかっ……」


「……総隊長? 総隊長……!」


 呼びかけるが返事はない。


 瞳もまた先ほどまでのように輝きがなくなっていた。


 違う……! 死んだんじゃない……! これは、さっきみたいに! そう、さっきみたいになっているだけで……!


「ラグニカ副隊長! 変わります!」


「あっ」


 こちらへとやってきていた部下が私の体をどかして、代わる代わるにリリー総隊長に魔法を使ってくれる。


 だが、どれだけ魔法をかけようとも総隊長が二度と口を開くことはなかった。


 

 



 それからはあっという間だった。


 前代未聞の聖騎士団総隊長による残虐な事件は国の判断によって公表されず、彼女は魔物との戦いによって命を失ったことにされた。 


 総隊長が今まで守ってきた国民たちが、彼女の死を悲しみ泣いてくれていた。ほんのわずかに救われた気分になった。


 私は彼女の後を継いで、聖騎士団総隊長に任命された。


 そして今、少しでも総隊長の生きた証が欲しくて、処分される前に彼女の使っていた椅子に座って机に突っ伏している。


 魂の抜けたふぬけた表情で。


 こうしていればまた総隊長が慰めてくれるんじゃないかと思って。


 だけど、どれだけ待っても温かな手も、優しい声も降ってこない。


「……リリー総隊長」


 それだけじゃない。


 明日になれば、この彼女の部屋にあるもの全てが処分される手はずになっている。


 彼女が存在した証明がどんどん無くなっていく。


 唯一残ったのは……私の腰に差された一振りの剣だけ。


 なんとさみしいことか。他には……他にはなにもないのだろうか。


 あんな別れなんてあっていいはずがない。


 脳に焼き付いたリリー総隊長の死ぬ間際の会話。


「……そういえば」


 最後にリリー総隊長は私になにかを伝えようとしていた。


 あの時は救命に必死で何も思い至らなかったが、確か……。


『……クリス。……最後に……私の……くえの……うら』


 考えろ、考えろ。リリー総隊長は確かに命のギリギリまで私のことを考えてくれていた。


 何の意味も無い言葉を発さないはずだ。


 くえの、うら……くえの、裏……。


「……机の裏?」


 私は即座に机を持ち上げて、ひっくり返す。


 こうしてみるとわかる。幕板がずいぶんと分厚い。


 まるで書類程度ならなにかを隠せるくらいに。


「……失礼します、総隊長」


 彼女の愛剣を使って、幕板を切り離す。


 すると空洞が出来ており、その中にはヒモでまとめられたいくつもの書類があった。


「これは……!」


 そこには悪事を行っている貴族と、その行為の内容が記されていた。


 どれもが国の法律によって禁止されているものばかり。それも記載されている名前には大物だって存在する。


 その一番上に書かれていたのは――ジューク・アンドラウス。


 あの人が裁けなかった悪の名前。


 私にだけ教えてくれたあなたの心残り。


 強く、強く、抱きしめる。


「……必ずあなたの敵を討ってみせます」


 リリー総隊長が私に生きる意味をくれたような気がした。


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