Stage3-15 狂いだした歯車
マシロたちと共に行う早朝訓練、一日目。
自分にとってはいつも通りの時間に目が覚めて、起き上がる。
だが、朝に必ずいちばんに聞く彼女からの挨拶がなかった。
「……アリスのやつ、寝坊か?」
いつもなら俺の部屋にやってきて起こしてくれる彼女の姿がない。
アリスを雇ってから一度も遅刻したことなどなかった。
朝だけじゃない。アリスはきちんと時間を守って行動する。
寝坊の線は外して、考えられるのは二つ。
先にマシロたちの特訓のための器具を準備しているかマシロたちを起こしにいっているか。
自分で起きられる俺よりもマシロたちを優先するのは仕方ないことだ。
普段は眠っている時間に起きるというのは想像以上に難しい。体に染みこんだ習慣を変えるには相応の時間が必要になるからな。
現にテーブルの上に、いつも俺が着用しているトレーニングウェアが畳まれて置かれていた。
「久しぶりだな、一人で着替えるのは」
ずいぶんと俺も贅沢な人間になったものだ。
初めてかもしれんな。着替えるのが面倒くさいと思ったのは。
若干の着づらさを感じつつ、ウェアに袖を通した俺は屋敷に併設されているトレーニングルームへと向かう。
ここは父上にお願いして作ってもらった施設なので屋敷に比べて比較的新しい。ちなみに お願いしてから一週間後には出来上がっていた。
父上の家族愛はこういうところでも発揮される。
「あっ、おはよう、オウガくん」
「おはよう、オウガ。ふふっ、私たちが一番乗りだね」
「オウガ君、おはようございます。それでは全員そろいましたし始めま……あら? オウガ君、アリスさんは一緒ではないんですか?」
中に入ると挨拶をしてくれる三人。
視界に映ったのは俺の想定していた光景ではなかった。
「……アリスはマシロたちを起こしに行ったんじゃないのか?」
「ううん。ボクたちはちゃんと自分で起きたから」
「昨日すっごく早く寝て、ちゃんと間に合うように調節したからね」
「私もです。てっきりオウガ君と来るものだとばかり……」
なにかがおかしい。日常に異変が起きている。
彼女ならばなにかを知っているかもしれない――と手を叩く前にモリーナがそばに現れた。
「オウガお坊ちゃま」
「モリーナ! 聞きたいことがある。アリスについてなんだが……」
「私もあの娘のことです。早朝の業務時間になっても顔を出さないと報告を受けて、お坊ちゃまの元にいるのかと確認に来たのですが……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は体を翻してアリスの部屋へ向かって走り出す。
無性に嫌な予感がした。
ただ寝坊しているならばいい。笑って許そう。
だけど、アリスが。アリスだからこそ、そんなことがあり得るのかと不安がどっと押し寄せる。
……一つ。一つだけ心当たりがあったからだ。
ジューク・アンドラウス。
俺へとパーティーの打診を送ってきた彼女の仇とも言える貴族。
もし、その存在が俺に接触しようとしてきたことを知れば、アリスならば 一人先走る可能性がある。
だから、奴に関して俺たちはアリスに漏らさなかった。そう、漏らしていないのだ。
ならば、向こうからアリスに接触をした? いったいどうやって……?
「……いや、今はそうじゃない」
可能性を探る前にアリスの無事の確認が先決だ。
取り越し苦労であってくれ……!
アリスの部屋の前までやってきた俺は思い切りドアを開ける。
すると、そこには開かれた窓から吹き込む風にカーテンが揺れるだけで、俺の求めた光景はなかった。
アリスが出て行った? 悪夢でも見ているのか、俺は……?
フラフラと中へと進み、ふと目の端に見覚えのある便せんが入った。
「……こんな手紙は受け取りたくなかったぞ、アリス」
机に置かれた一枚の紙。
『お暇をいただきます』
見たくなかった綺麗な文字が、彼女の性格のようにまっすぐに並んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋敷を出た私は愛剣を抱きながら、アンドラウス領行きの夜行便の馬車に揺られていた。
瞳を閉じれば、鮮明に思い出せる。あの日、闘技場でオウガ様と出会ったとき のことを。
オウガ様の瞳は、私の大好きな瞳をしていた。
夢を語り、そこへと突き進むという強い意志が宿った瞳。
私を必要としてくれたのもある。
だけど、それ以上に……あの強き瞳に惹かれて手を取ったのだなとバカな私は最近気がついた。
「……今ごろオウガ様は何をしていらっしゃるだろうか」
私では到底及ばない聡明な方だ。
もしかするとすでに私がいないことに気づかれていらっしゃるかもしれない。
特に昼間の手紙を受け取った場面を見られている。
オウガ様はあの時、私が嘘をついているのを見抜かれていたと思う。
あのとき、私はみんなへの手紙だと言った。実際はそうではないというのに。
だから、オウガ様は感謝の手紙をくださって口に出さずとも引き留めようとしてくれた。
始めようと言ってくださった文通の問いが『これからも俺の剣としていてくれるか?』だったのは、私がしようとしていることを全て わかっていたからだ ろう。
「……あなたとの思い出は私にとっての宝物です」
だけど……だからこそ、この戦いにあの方を巻き込んではいけないと決めた。
オウガ様がくれた手紙を大切に折りたたんでポケットにしまい、入れ替える形で別の手紙を取り出す。
そこにはたった三行の文章が綴られていた。 場所を示す情報 と指定された場所に一人で来ること ――そしてジューク・アンドラウスの記名だけ。
これから私がやるのは私情の仇討ち。
私の……いや、私たちの正義を示すためにあの男を殺しに行く。
オウガ様はいずれ世界を救 う【聖者】となる素質を兼ね備えている。
そんな方に仕えるメイドが、貴族殺しの汚名を着た女 など許されるわけが無いのだから。
「……ジューク・アンドラウス……」
手紙に記された名前を見ると、ギリっと奥歯が軋む。
私を聖騎士団から追い出した貴族……そして。
私の憧れた聖騎士を陥れたこの世で最も斬らねばならない 悪。
「あなたの敵は必ず討ちます、リリー総隊長……!」
どれだけの時が経とうとも薄まることのない過去が。
私の人生が全て変わった運命のあの日の出来事が。
怒りと共に腹の底からよみがえった。
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