Stage3-14 アリスへの手紙
マシロとカレンの気持ちを知れたお茶会を終え、俺は自室でアリスと約束した手紙をしたためていた。
今の俺は感動に満ちあふれている。
胸が熱いうちに筆を走らせれば、気持ちが乗ってアリスの喜ぶ文章を書けるだろうと思ったからだ。
「……よし、出来た」
俺は完成したアリスへの手紙に変なところがないか読み返す。
こういうものは長々と綴るのではなく、端的にまとめた方がいいらしい。
だが、アリスが普段からやってくれていることを考えるとどうしても一枚ギリギリまで書いてしまった。
それだけ彼女が俺の周りで占めている割合が多いということ……前々からわかっていたが、もはや抜けられては困る存在。
彼女もマシロたちのように、改めて俺の剣でいることを誓ってくれるだろうか。
いや、不安に思うな。俺の心のこもった手紙に、アリスも好感度があげてくれること間違いなしだろう! 勝ったな、ガハハ!
強大な敵を迎え撃つからこそ、身内をまずはしっかり固めなければ。
「オウガ様、ご夕食の準備が出来ました」
噂をすればなんとやら。
控えめなノックと共にアリスが夕食が出来たことを知らせてくれる。
「アリス。中に入ってきてくれるか?」
「……かしこまりました。失礼いたします」
……ん? なんだかいつもよりも距離が遠い気が……ああ、もしかして俺がすぐ移動すると思ってドア付近に待機しているのか。
言葉が足らなかったな。
なら、仕方ない。俺から彼女へと近づく。
「アリス。これを俺から君に。約束していたものだ」
「これは……」
「言っただろう? いいものをくれてやると。これは俺からアリスへの感謝の手紙だ。受け取ってくれるか?」
「オウガ様……そんな、私は……そのようなものをいただける者では」
「何を言っている。フローネと戦い、マシロを守ってくれた。日頃から俺にも尽くしてくれる。受け取る資格は十二分だ」
手紙に驚いたアリスは目を見開くと、おそるおそる便せんの入った封筒を受け取る。
彼女はそれをしばらく眺めた後、そっと胸に抱く。
決して潰さないように、宝物を扱うように、優しく。
……ここまでされると恥ずかしいものがあるな。
俺はてっきりいつもみたいに過剰に泣いて、過剰に叫ぶと予想していたがどうやらハズレみたいだ。
やはり俺はまだアリスを詳しく知れていない。
「……オウガ様、ありがとうございます。後で大切に読ませていただきます」
「そうしてくれ。目の前で読まれては俺も恥ずかしい」
「それほど熱烈な文を書いてくださったのですね。……私は果報者です」
アリスは潤んだ目元を指で拭い、ペコリと頭を下げる。
『ありがとう』を伝える手紙を書いただけで、ここまで感激されるとむずがゆい な。
話題を変えて、空気も変えるとしよう。
「それとアリス。もう一つあるんだが……俺と文通をしないか?」
これは手紙を書いているときに思いついたことだ。
先日の耳かきの際も思ったが、俺はアリスのプライベートに関して知っていることが少なすぎる。
それこそ書面上のものばかりで、彼女から直接聞くことはしてこなかった。
そんなことをしなくてもアリスはついてくると考えていたからだ。
実際やらなくても、彼女は俺の悪事に気づくまでオウガ・ヴェレットの剣として力を振るってくれるだろう。
だが、それではいけない。
本当に助けが必要なとき、我が身を救ってくれるのは普段の行いだと気がついた。
マシロにカレン、レイナ。そして、アリス。
彼女たちは俺の悪役貴族生活においてなくてはならない存在。
四人の内、関係上仕方ないのだがプライベートな話がほとんどないのがアリス。
「ここに相手への質問を一つ書き、渡す。相手は質問の答えと次の質問を書いて、また渡す。ルールはこれだけだ」
「お、お待ちください、オウガ様。本当に相手が私でよろしいのでしょうか? なにかの間違えでは?」
「いいや、むしろアリスとしかやらん」
「……オ、オウガ様……!」
だって、三人にはこんなまどろっこしい真似をせずに直接聞けばいいし……。
アリスはどうしても対面していると主人と従者の関係性が邪魔をしてくる。
こうして紙を通じてならば、少しはやりやすさもあるはず。
すでに感謝の手紙の文末に俺はアリスへの質問を書いている。
『これからも俺の剣としていてくれるか?』と。
返事は決まっているようなものだが、まずはこれくらいから慣れていくのがいいだろう。
「本音を書くんだぞ。俺に対する遠慮はいらん」
「……わかりました。謹んでお受けいたします」
よし、これで俺からの用事は終わり。
あとはマシロたちの稽古をつけてほしいというお願い を伝えるだけだ。
俺は簡単に内容 をまとめて、アリスに話す。
「では、リーチェ嬢とレベツェンカ嬢も参加されるというわけですね」
「そういうことだ。二人にも手を貸してやってくれ」
「……はっ。承りました」
うん、これで全てのミッションコンプリート。
やるべきことをやり終えると、お腹が空いてきた。
「さぁ、行こうか。あまりみんなを待たせるのもよくないしな」
「……オウガ様、大変申し訳ございません。私は自室にオウガ様のお手紙を置いてから向かってもよろしいでしょうか」
「ハッハッハ。もちろんだ。俺は先に行っておくぞ」
「ありがとうございます。失礼いたします」
一礼して、アリスは屋敷の端にある使用人寮へと足早に駆けていく。
なんというか実にアリスらしい断りだったな。
しかし、そうか。あそこまで大切にしてくれるとは……。
アリスの中で俺の株も大高騰間違いなしだろう。
やはりあの時、アリスにだけ手紙がなくてさみしがっていたという俺の読みは的中だったんだ。
「クックック……自らの観察力が恐ろしい」
思わずクツクツと笑い声を漏らした俺もまた彼女とは反対方向へと足を進めるのであった。
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