Stage3-7 アリスのご奉仕
アリスが狩ってきた魚が食用可能だったので、シェフが存分に活用して振る舞ってくれた料理に舌鼓を打った後、俺は自室へと戻っていた。
マシロたちは今日は女子会の日らしく、当然俺は参加できない。
なので、こうして久しぶりの自分の部屋でゆっくりしている。
だけど、一人じゃない。
プライベートビーチの一件からずっとそわそわしているアリスと一緒に、だ。
「オウガ様。さきほどは痴態を晒してしまい誠に申し訳ございませんでした」
「気にしていないと言っているだろう? アリスのおかげで美味しい晩ご飯にもありつけた。それでいいじゃないか」
「しかし……」
アリスの俺に対する忠誠心はとてつもなく高い。
それ故に自分の役目を放棄してしまったことを許しがたい失敗だと思っているのだろう。
……ふむ、確かに今日のアリスの様子は変だった。
思えば入学前はこの屋敷でよく二人で過ごしていた時間が長かったが、最近はゆっくり時間を取ることも出来なかったな。
不慣れなメイド業を習得するのに必死だった不器用な頃のアリスが懐かしい。
当時と比べれば今の所作は洗練されているのがよくわかる。
それほど彼女は俺のメイドとして努力を積み重ねてくれているのだから、悪に敏感すぎる以外に俺から文句なんてあるわけないんだが……。
……そうだ。良いことを思いついた。
やはりメイドといえば耳かきだろう。
アリスにはそういう奉仕はさせてこなかったから、どういう反応をしてくれるのか楽しみだ。
「では、こうしよう、アリス。今から俺の言うことを一つ聞いてもらおうか」
「かしこまりました。なんでも言いつけてください」
「なんでもと言ったな?」
聞き返すと、ピクリとほんのわずかに肩が跳ねる。
それから頬にほんのりと朱が差す。
「……もちろんでございます。オウガ様の求めるまま、アリスはお応えいたします」
「そうかそうか。なら、抵抗するんじゃないぞ」
「……はい」
俺はズンズンとアリスに近づいて足を払うと、倒れそうになるところに手を差し出して抱き上げる。
「オ、オウガ様!? こ、この格好は……!」
「ほう。アリスにも乙女なところもあるんだな。どうだ? 俺のお姫様になった気分は?」
「お姫様なんてとんでもございません! このような行為は私ではなくリーチェ嬢やレベツェンカ嬢に……!」
「抵抗しないんじゃなかったのか?」
「それは……」
「ふむ……このまま屋敷を一周するのも一興か」
そういった瞬間、ブンブンとアリスが首を振る。
いつもは凜としている彼女が――時折はっちゃけるが――こうも露骨に動揺していると面白い。
「クックック、冗談だ。悪かったな」
彼女にいつ悪事がバレて首を斬られるかヒヤヒヤしている分、やり返しのような気持ちで思わずからかってしまった。
今後も定期的に辱めてやろうと決めた俺は部屋の外ではなく、元々の目的地だったベッドに彼女を座らせる。
「オ、オウガ様……私はいかがすれば……」
「待て。道具を用意するから」
えっと、確か小さい頃に試作品をいくつか作っておいたのが机の引き出しに入れてあるはず……。
「か、かしこまりました。では、先に準備だけでも……」
「準備は俺がするから構わん。確かここに……っと、あった。よし、アリス――どうした? 両手を広げて?」
目的のものを見つけて振り返ると、アリスがなぜか俺に向かって両腕を広げて待機していた。
いつもはしっかりと留められている第一ボタンも外れている。
「いえ、初めてのとき女性が男性に恥を欠かせないようにリラックスさせるのがいいとメイド長に習いましたので……その落ち着くといえばハグかと……」
「……?」
耳かきするのにそんな風潮聞いたことはないが……。
だが、モリーナが言うならば間違いはないだろう。
「お恥ずかしながら私は経験もなければ、実技の練習を受けられず……。知識のみになりますがご容赦ください」
「誰だって初めはそうだ。これから学んでいけばいい」
たかが、耳かきにずいぶんと大げさな……。
緊張しているのは俺ではなくアリスに見えるが……そういう意味でも緊張をほぐすために要望には応えておくとしよう。
ハグが心をほぐすというのは前世でも聞いたことがある。
そっと腕を差し込んで、かっちりとした腰に回す。
アリスも力強く迎えて、ぎゅっと密着する体。
ビクンと反応するアリス。やけに息も荒い。
このままでは本当に耳かきしている最中に手元が狂ってブスッと鼓膜をイカれるかもしれん。
俺はゆっくり彼女の背中をさすって、呼吸が整うまで待った。
「……どうだ? 落ち着いたか?」
「……はい。覚悟は出来ました。いつでも構いません」
「そうか。なら、これでしっかり頼む」
「はい、それでは脱ぎ……耳かき?」
アリスは手のひらに渡された耳かき棒を見て、きょとんとしていた。
「ああ、アリスに耳かきしてもらうのが俺からのバツだ」
「……なるほど……なるほどぉ……」
プルプルと耳かきを握りしめる手が震えている。
顔もほんの少し赤いのは緊張の名残だろうか。
まったく……仕方ない、メイドだなぁ。ここは一つ、軽いジョークでも挟んでやるか。
「それは俺の手作りだから、緊張して力加減を間違えて折らないでくれよ?」
「もちろんでございます。……ときにオウガ様。大変申し訳ございません。ほんの少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
「ん? それは構わないが……」
「ありがとうございます。それではすぐに帰って参りますので……」
アリスはカチンコチンという効果音が似合う足取りで部屋の外へと出る。
「私の痴れ者ぉぉぉぉぉぉ……!!!」
次の瞬間、なにやら叫び声が聞こえたと思えば、だんだんと遠ざかっていった。
いったいどうしたんだ、あいつ……。
メイドのご乱心にポカンとしながら、待つこと三分。ガチャリとドアが開く。
「お待たせいたしました。それでは僭越ながらオウガ様のお耳、きれいにさせていただきます」
すっかり元の様子に戻ったアリスはずいぶんとやる気だった。
理由はよくわからないが、彼女の中で何か変化があったのだろう。そういうことにして納得しておくのがいい。
アリスが何事もなかったかのように座ったので、俺はその太ももに頭を預けた。
さすがはアリスだ。よく鍛え上げられているのが伝わってくる太もも。
だが、カチカチと剛の筋肉のみで仕上げられてはいない。それでは可動域も狭まってしまい、結果として速度を失ってしまう。
彼女はスピードを殺さないために柔の筋肉と剛の筋肉をバランス良く備えている。
その証拠としてなんとも絶妙に寝心地のいい膝枕が生まれていた。
下半身は全ての武術、剣術において土台となる。
……ここにアリスの強さの秘密が眠っているわけか。
「オウガ様? そのように突かれると……お気に召しませんでしたか?」
「そうじゃない。よかったから、ついな。悪かった、始めてくれ」
「ゆっくりとしていきますので、もし痛かった場合は教えてください」
「わかった。信頼しているぞ」
「ありがとうございます」
そっと耳かき棒が当てられ、耳の入り口からカリカリと垢を取り除いていく。
慎重に、怪我をさせないようにと彼女の気遣いが耳かき棒の動きから伝わってくる。
カリカリ……カリカリ……。コリッ、コリッ……パリ……。
あっ、いま大きいのが取れたな。
的確に垢をすくってくれるので、どんどん心地よくなっていく。
気が緩んでいき、思わず寝てしまいそうだ。
このままの状態で寝るのはよくないので、何か話でもして眠気をごまかさないと。
「……十分に上手いじゃないか。謙遜していたのか?」
「……いえ、その……
「フッ、耳かきといい、剣術といいアリスは努力を積み重ねるのが得意というわけか」
「過大な評価です。ただまっすぐに歩むことしか知らない馬鹿な女でございます」
「それこそ謙遜しすぎだろう。その努力が出来ない人間はごまんといるぞ」
「……オウガ様は本当にお優しい。全ての貴族がオウガ様のような慈悲の心を持っていればよかったのに……と何度も願わずにはいられません」
いや、もし全員が俺と同じ性格をしていたら、もっと酷い国になっていたと思うぞ。
なにせ好き放題、やり放題三昧の生活を目指す悪人ばかりになるからな。
領民からは税金を搾りまくって、左手うちわの贅沢三昧。
真っ先にアリスの粛正対象になるだろう。
今もこうして上手く騙せているから良好な関係だが、俺の真っ黒な作戦が少しでも露見すればアリスはすぐさま剣を振るったはずだ。
「……そういえば今は剣を着けていないんだな」
「先ほど外を回ってきた際に自室へと。今ばかりは不必要かと思いまして」
それもそうか。膝枕をするのにも邪魔だろうし。
「あの剣は聖騎士時代から使っているんだったか」
「……はい。私の宝物でございます」
「ほう。アリスにそこまで言わせるとは、よほどの業物だったりするのか?」
「確かに数多の魔物を葬ってきましたが、決して有名な名刀では。ただ……」
「ただ?」
「……大切な人から譲り受けたので、私は元の持ち主である彼女の意思を絶やさないようにあの剣を振るっています」
その優しい声音には様々な思いが込められているのが聞き取れた。
思わず横目にアリスの表情を伺う。
その瞬間だけ彼女は俺の耳元ではなく、慈しむような表情で遠くを見つめていた。
「申し訳ございません。面白くない自語りを聞かせてしまい……」
「俺から振った話題だろう? 他にも聞いたことがなかったな。アリスの聖騎士時代の話は」
「フフッ、今日のオウガ様はずいぶんと饒舌でいらっしゃいます」
「こうしてアリスと二人きりの時間も久しいだろう? だから、つい盛り上がっているのかもしれん」
「それはそれは……なら、もっとお話しなければなりませんね」
それからアリスは耳掃除をしながら語ってくれた。
片親の母を早く楽にさせるために給金が高く、学がなくても入れる聖騎士団に入団した新人時代。
ビシバシと上司に鍛えられて、毎日地面に突っ伏す日々を過ごした平隊員時代。
役職に任命されたが、書類仕事は苦手で困った総隊長時代。
ただ一つ、俺が気になったのは。
「……そして、オウガ様に拾っていただき今に至ります。オウガ様に巡り会えたと思うと、運命に感謝しなければなりませんね」
アリスが語った過去の彼女は今と違って正義にこだわるような人間ではなかったことだった。
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