Stage3-6 アリスと腹筋比べ
「それにこれは国王からオウガに対する褒美も兼ねている。すでに称号に関しては辞退しているんだ。国王様の面子を立てるためにも素直に受け取っておくといい」
俺が悩んでいると勘違いした父上が補足説明をしてくれる。
最初から逃げ場なんて用意されていなかったんじゃないか……。
先日、俺は正式に称号の授与を辞退する旨を父上から伝えてもらっていた。
理由は言うまでもない。俺の求める自由にそんな肩書きは必要ないからである。
「わかりました。国王様のご期待に応えられるよう精進いたします」
「ハッハッハ。国王様も喜ばれるだろう。俺も自慢の息子が栄えある立場に選ばれて鼻が高いぞ」
上機嫌な父上はポンポンと俺の肩を叩いた。
「後日、禁書庫の場所については私から直々に説明する。まだ戦いの疲れも完全には癒えていないだろう。しばらくの間は羽を伸ばしておきなさい」
「お言葉に甘えさせていただきます」
「レイナも何か困ったことがあればすぐに私に言うように。遠慮はいらないぞ」
「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫です。私はオウガ君と一緒にいられたならば、それで十分ですので」
「ハッハッハ! そうかそうか! ……これは孫が見られるのもすぐかもしれんな」
父上が何かぼそっと呟いたのを聞き取れなかったが、レイナも拾っていないし特に大切なことでもないだろう。
「オウガお坊ちゃま。レイナお嬢様。ご夕食の支度が出来ました。食堂へとお越しください」
「ちょうどいい時間だ。さぁ、二人はたくさん食べてきなさい。私もすぐに出立する」
そう言って、父上は立ち上がるとコートを羽織った。
どうやら話し合いはここで終わりのようだ。
俺たちも立ち去ろうとすると、「オウガ」と呼び止められる。
「私はまたしばらくレイナの情報提供にあった貴族を当たっていく。これで最後だから、また精査次第、フローネに対する対策を練ろう。ヴェレット家は総出でお前の後押しをするつもりだぞ、オウガ」
そう告げる表情は現当主であるゴードン・ヴェレットではなく、オウガ・ヴェレットの父のもので……。
その事実が少しだけ俺は嬉しかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからというもの。俺たちはここ数日仕事づくしで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように遊んでいた。
学生の領分は勉学だが、たまには息抜きをしなければ精神的にも辛くなる。
特に国王が俺を強制的に巻き込もうとしている以上、今後は血なまぐさい場面に遭遇する機会も増えてくるだろう。
わざわざ余暇までびっしりと追い込んでは先に参ってしまう。
そんな意図もあって今日はプライベートビーチに行きたいという彼女たちの希望を叶えて、やってきたわけである。
「…………」
「……俺の腹がどうかしたか、カレン」
「えっ、あっ、いや……そのね! オウガの体ってすごいな~って思って」
「それはもうずっと鍛えてあるからな」
そういえばカレンは俺の肉体を直接見るのは初めてだったか。
「さ、触ってもいい?」
「遠慮せずに楽しんだらいい」
「う、うん……」
カレンは顔を髪色に負けないくらい赤くしながら、まず俺の腕を掴んだ。
「お、お~。すごく太い……」
「………」
「わっ、カチカチだぁ。両手に収まりきらないよぉ」
「………………」
なんというか表情と台詞のせいでいかがわしいことをされている気分になってきた。
水で濡れた髪が頬にひたりと張り付いているのが妙になまめかしい。
もちろんこんなところで欲望を解放すれば嫌悪されるのは間違いなしなので、絶対にそんなことはしないが。
「胸板も厚い……たくましいね」
そう言って、カレンはそっと胸元に顔を当てる。
水でひんやりとしているせいで、余計にカレンの体温の温かさを感じる。
彼女と服を挟まずに直接触れあっているのだと意識して、恥ずかしさが少々こみ上げてきた。
……だが、嫌な感情じゃない。
そのまま二人で無言の時間を過ごしていると、静寂を打ち破るように後方からマシロたちの騒ぐ声が聞こえる。
「わっ! アリスさんもカチカチ! 流石だな~」
「押しても指が跳ね返されます……」
「フフッ。オウガ様の剣として、なまくらになるわけにはいきませんので」
見やればマシロとレイナが指でツンツンとアリスのシックスパックを堪能している。
……あの肉体を見てしまえば、世間の一般男性は自信をなくしてしまうのではないか。
それくらいに鍛え上げられているのが一目でよくわかった。
「カチカチ、カチカチ」
レイナが再びアリスのお腹を突く。
三度、突撃するのかと思えば今度は方向転換し、隣にいる食いしん坊な子のもとへ。
「……ぽよよ~ん」
「レイナさん!? 怒りますよ!?」
「あははっ、ごめんなさ~い」
赤鬼となったマシロは逃げるレイナを追いかけ回し始める。
だが、悲しいかな。マシロの運動神経では一生レイナに追いつくことはできないだろう。
レイナは肉体強化を施されているので万が一にも可能性はない。
まぁ、良い運動になるだろう……と眺めていると、今度はカレンがアリスの腹筋を堪能していた。
「う~ん……」
「いかがなさいましたか?」
「オウガの腹筋とどっちが固いかと思ったんですが……よくわかりませんでした」
そう言って肩をすくめるカレン。
なるほど。確かにそれは検証した記憶がない。
アリスは特訓するたびに俺の肉体を隅々までチェックするが、俺が彼女の体に触れる機会はほとんどないからな。
……少し俺も気になってきた。
「アリス。俺も触っていいか?」
「オ、オウガ様もですか!? そ、そんな大層なものではございませんが……お望みでしたら……どうぞ」
珍しく動揺をみせたアリスだったが、ほんの一瞬で心の揺らぎを収めて腹筋を差し出した。
許可も出たので、そっと彼女のお腹へ触れる。
おぉ……見事な硬さ……。
つまめるところが一カ所もない。
まるで巨大な城壁を押しているかのような重量感だ。
反対の手で自分の腹筋を押してみるが、ここまでの強固さは感じられない。
俺はまだまだ精進が足りないらしい。
彼女レベルに至るまではもっともっと肉体をいじめ抜く必要があるようだ。
つまり、まだまだ魔法関連だけでなく、肉体面でも強くなれる可能性が広がっているわけだ。それが知れただけでもアリスの腹筋を触れてよかっただろう。
……いや、訂正しよう。
あのアリスが頬を朱に染める瞬間を目に焼き付けることが出来た。
これがいちばんの収穫だな。
「オウガ様……そろそろよろしいでしょうか?」
「ああ、ありがとう。おかげでいろいろとわかったよ」
「いえ、オウガ様のお役にたてたなら何よりです。……では、私は少しばかり泳いで参ります!!」
「えっ」
「ア、アリスさん!?」
「うあああああああっ!」
ダッシュで砂浜を駆けたアリスは信じられない脚力で十数メートルのとびきりを行うと、そのまま着水して泳ぎ始めた。
その勢いはとてつもなく、大量の水しぶきをあげて姿は遠ざかっていく。
やがてアリスの叫び声も聞こえなくなった。
「……だ、大丈夫かな?」
「……アリスなら心配いらないだろう。それよりも……」
後ろを振り返れば地面に突っ伏すマシロと彼女のプニプニなお腹をツンツンしているレイナ。
途中からマシロの声が聞こえなくなったのでもしかして……と思っていたが、案の定だった。
「……とりあえずパラソルの下まで運ぼうか」
「あはは……そうだね」
俺たちは苦笑いを浮べながら、マシロの救護へと赴くのであった。
ちなみにアリスが帰ってきたのは三時間後。
自身の身長くらいある魚を腰にぶら下げての帰還だった。
◇ 今日のお昼にコミカライズ版の更新もありますよ~
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19204307010000_68/ ◇
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