Stage3-5 闇属性魔法
「マシロ、起きてくれ。着いたぞ」
気持ちよさそうに眠っていたマシロの頬を指でつつく。
もちもちぷにぷにで
「んっ、んぅ……あと五分……」
「それは朝に言う台詞だな。もう外は夜だぞ」
「えっ!? ち、遅刻し、いたいっ!?」
勘違いしたマシロは勢いよく起き上がって、天井に頭を思い切りぶつける。
鈍いゴツンという音に空気は一瞬静かになり、すぐに笑い声で満たされた。
「ふふっ、マシロさん。そんな慌てなくても授業はないよ」
「今朝の出来事をもう忘れてしまうくらい熟睡していたんですね」
「あ、あれ!? なんで二人が同じ教室に……オ、オウガくん? どういうこと……?」
「こういうことさ、眠り姫」
寝ぼけて混乱しているマシロの手を引き、馬車の外へと連れ出す。
「えっ、お屋敷……あっ、あぁぁ! そうだった!」
俺たちが降りた先に広がる光景を見て、どうやらマシロも自分が何をしていたかを思い出したようだ。
「私も来るのは久しぶりだなぁ、オウガのお家」
感慨深げに目の前に立つ屋敷を見つめるカレン。
白を基調とした広大な建築物は、この国が出来たときからの由緒正しい歴史を持っている。
国王の右腕として政界を暗躍するヴェレット家の総本山とも言える場所。そして、俺の自宅でもある。
「そ、想像の何倍もすごい……」
「ほら、立ち止まっていても意味ないから中に入ろう」
「う、うん、そうだね……」
俺がそう言うとアリスがサッとやってきて、扉を開ける。
扉の向こう側に待っていた光景を見て、またマシロが固まってしまった。
天井から吊るされたきらびやかなシャンデリア。
壁に掛けられた歴代ヴェレット家当主の肖像画。
中央から左右へと広がる大階段。
玄関から階段まで伸びるレッドカーペット。
そして、その左右にずらりと並ぶメイドと執事たち。
「「「おかえりなさいませ、オウガお坊ちゃま。レイナお嬢様」」」
一分の狂いもない挨拶と一礼する姿は何度見ても圧巻だ。
全員が誇りを胸にもってヴェレット家に仕えているからこそできる芸当でもある。
「出迎えご苦労。みな久しいな」
「ふふっ、新参者の私まで同じようにお迎えしていただけて感謝いたします」
「………………」
「クックック……マシロ。いつまでも固まっていては困るぞ」
「……はっ! だ、だって、こんなのビックリするに決まってるじゃん! ボク、平民なんだから!」
「しばらくはこれが普通になる。毎回呆けているマシロを見るのも、それはそれで面白そうだがな」
「むぅ~」
ぽかぽかと胸を叩いてくるマシロ。
平民が貴族を叩く。平民が貴族に敬語を使わない。
よその家に仕える者ならば動揺が広がったかもしれないが、うちの者たちは全く気にした様子を見せない。
決して魔法適性がない俺が軽んじられているわけではなく、ヴェレット家の方向性をしっかり把握しているからだ。
優秀な人材を好み、身分は気にしない。
メイドや執事は本来、他家の三男以下。結婚適齢期を逃した女性たちが選出されて少しでもつながりを作るために雇われに来る。
だが、ヴェレット家はむしろ平民出の者たちが多かったりする。
もちろん貴族として生まれた者もいるが、派閥争いなどというくだらない諍いもない。
「……さて、いつまでもここでたむろしているわけにはいかないな」
俺がパンパンと手を鳴らすと、全員が顔を上げて視線をこちらに向ける。
「アリスに従って荷物を各自の部屋に運んでくれ。その後、数名は彼女たちに屋敷の案内をするように」
「「「かしこまりました」」」
指示を出すと、彼ら彼女らはテキパキと即座に動き出す。
その中で二人のメイドがこちらのそばまでやってきて控えた。
「俺とレイナは父上のもとまで挨拶をしに行ってくる。二人は彼女たちについていって、しばらくの屋敷ツアーとしてくれ」
「えっえっ? ボ、ボク、マナーとかちゃんとできるか不安だけど大丈夫?」
「そう肩肘張らずに気楽にして問題ない。それにカレンも一緒にいるから心配いらないさ」
「そうだよ、マシロさん。……むしろ、私の方が緊張しているかもしれない」
確かにそれもそうだ。
詳しい事情を知らない者が聞けば、カレンは俺との婚約を一方的に破棄して、再び婚約を結ぶという前代未聞なことをしている。
とはいえ、昔から働いている者たちはカレンの性格を知っているからある程度は察しているだろうし、メイド長であるモリーナがそこはしっかりとフォローしているはずだ。
カチコチと力の入ったカレンの肩を揉んで、緊張をほぐす。
「ヴェレット家に仕えるみんなに限って、考えているようなことはないから安心するといい。彼ら彼女らは自らの矜恃を汚すような真似はしないから」
そう言って控えるメイドたちに視線をやれば、彼女たちは一礼してみせる。
マシロとカレンもホッと一息を吐いて、緊張も多少はマシになったみたいだ。
「今日はもう食事と入浴くらいしかすることもないから、案内が終わったら部屋でゆっくりしておいてくれ」
「うん、わかった!」
「オウガとレイナさんも私たちをあまり気にしないで、お話ししてきて」
「ありがとう。じゃあ、またあとで」
二人と別れて俺たちも父上がいるであろう執務室へと向かう。
「……レイナ、本当に大丈夫なのか? あまり思い出したくないなら席を外していても構わないぞ」
彼女は例の事件から継続的に事情聴取を受けている。
それはレイナのトラウマであるフローネとの記憶を掘り返す行いだ。
彼女は仮面を被るのが上手なので、無理をしていないかと思ったのだが……。
「ありがとうございます、オウガ君。ですが、私は平気です。今はすこしでも役に立ちたい。私のような被害者が増えないように」
決心はずいぶんと固いようだ。
その瞳は以前の生気のないものではなく、しっかりと自分の意思を強く感じられる。
ならば俺からこれ以上尋ねるのは野暮だろう。
「それに……もしもの時はオウガ君がそばで守ってくれますよね?」
「もちろんだ。俺はレイナが欲しくてたまらなくて手に入れたんだ。誰にも渡してやるものかよ」
「……私もオウガ君の隣に、永遠に……」
レイナはそっと腕を絡ませて、体を寄せる。
互いに伝わりあう温かさが心地よくていい。
……こういうのでいいんだよ、こういうので!
あの時、頑張った甲斐があった。
レイナもフローネから離れられて幸せ。俺も可愛い女の子に甘えられて幸せ。
完璧なwin-winな関係だ。
レイナの温度をそばに感じながら、執務室までの道を歩いていく。
数回扉をノックすれば、入室を許可する声が聞こえたので中へと入る。
「お待たせしました、父上。オウガ・ヴェレット。レイナ・ヴェレット、ただいま魔法学院より帰還しました」
「ご苦労だったな、二人とも。ほう……ずいぶんと仲睦まじいじゃないか」
「はい。大切な家族ですので、お義父さま」
「ハッハッハ。すっかりレイナもヴェレット家の一員だな、けっこうけっこう。長旅で疲れただろう。座るといい」
父上に促されて、来客用のソファに並んで腰掛ける。
魔力をエネルギーとした冷蔵庫から冷えたフルーツジュ―スのビンを取り出すと、コップに注いでくれた。
ヴェレット領には前世での知識を利用したものがいくつも存在する。
冷蔵庫もそうだし、フルーツジュースも俺が父上に直談判して作り上げた。
特にフルーツジュースは貴族から平民までよく好んで飲まれ、今ではヴェレット領の特産品にまで上り詰めた。
転生した当初は甘味の種類が少なかったからな……。今でこそメニューを広めたことで各地でも目にするようになってきたが。
「ありがとうございます」
礼を言って、一息に飲み干した。
少しばかり乾いていた口にほのかな甘みが染み渡る。
「マシロくんとカレンくんも来ているんだったね。できればもう一度しっかりと顔を合わせておきたかったが……」
「ご予定が入っているのですか?」
「ああ、すぐにまた出なければならない。だから、話しておくべき事はここで全て済ませる」
「そうですか。残念です」
「……やはり今からでもキャンセルするとしようか」
「父上。国を守る大切な仕事を放り出さないでください」
親馬鹿が出そうになった父上を思いとどまらせて、さっそく本題を切り出した。
「それで……【雷撃のフローネ】の所在は掴めましたか?」
「いや、ダメだった。レイナが教えてくれた候補地は全てがもぬけの殻だった。すまないな、レイナ。せっかくの情報を無駄にしてしまって」
「いいえ、お義父さま。私がオウガ君のもとに渡った時点で、ある程度は予想できたことですから」
「となると、フローネを支援していた貴族たちの方はどうでしたか?」
「私が話しておきたかったのもそちらだ。レイナの言ったとおり……フローネと取引していた貴族のほとんどがフローネに関する記憶を失っていた」
「やはりそうでしたか……」
大量の人間が同時に特定の人物についての記憶を忘れる。
そんなことは魔法が使えるこの世界でもあり得ない事象だった。
どの文献を読みあさっても、人の精神領域に干渉する魔法は存在しなかったからだ。
……それは俺たちが知りうる属性の中では、という話だが。
「……ということは、やはり」
にわかには信じられないが、と父上はゆっくりうなずく。
「フローネ・ミルフォンティは闇属性魔法を使用している。奴もまた複数魔法適性保持者だったというわけだ」
禁忌とされて世界から存在を抹消された――闇属性魔法。
人間の根幹とされる魂の領分に触れ、人々の尊厳を脅かすために全世界で伝承させることを禁止された唯一の属性だという。
俺もまだ父上に聞かされたこれくらいの情報しか知らない。
幼少期から昼夜問わず、ずっと魔法に関する文献を読みあさっていた俺でさえだ。
「これはレイナの情報がなければ我々も知るよしもなかった。討伐に向かっても、何も出来ずに壊滅させられていたかもしれない。本当に情報提供を心から感謝する」
フローネが見たことのない魔法を使用して、人々を洗脳していた場面をレイナが見たことがあったからこそ判明した事実だった。
レイナの証言。現実に起きている不可解な謎。
それらからフローネは闇属性魔法を使用していると、国は判断を下した。
「しかし、これでフローネがマシロを狙っていたのにも納得がいく」
奴はずっと探していたのだ。
自身の魔力に耐えられる。かつ複数の魔法適性を持つ若い
だが、それはそれとして新たな疑問も生まれてくる。
どうして奴は入学したてのマシロを呼び出し、闇属性魔法を使わなかったのか。
仮に俺がフローネの立場だったら、どんどん闇属性魔法を使って世界最強のハーレム王国を作り上げていた自信がある。
しかし、そうはならなかった。使うにも何か条件があるかもしれない。
……ちっ、もどかしいな。手元にある情報が少なすぎる。
「……父上。どうにかして闇属性魔法について知ることはできないのでしょうか」
「フッ、我が息子ならばそういうと思っていた」
父上はニヒルに笑って、一枚の紙をテーブルの上に置いた。
そこには地下魔導禁書庫の閲覧権限の付与についてと記されている。
さらにその下には俺とレイナの名前が連なっていた。
「地下魔導禁書庫……?」
「私も聞いた覚えがありませんね」
「ハッハッハ。それもそうさ。この存在は国王が信用した一握の人間しか知らない。それこそ四大公爵家であったとしても。どうしてか理由がわかるか?」
「……闇属性魔法についても資料が保管されているから?」
俺の回答に父上は満足気に頷く。
「……ま、待ってください! 閲覧権限の付与ということは……」
「そうだ、オウガ。国王様はお前に期待している。オウガ・ヴェレットこそが【雷撃のフローネ】を討ち、世界を救う【聖者】になることを」
――絶対に嫌だ!!
……と叫べたならば、どんなに楽だったか。
俺は急な事態に驚いているリアクションを取りながら、焦りまくっていた。
どうしてそうなる!?
国王が俺VSフローネの構図を作り上げようとしているなんて、誰が想像できるだろうか。
そもそも俺はまだ学生の身分で、実力もアリスにも満たないんだぞ?
そのアリスが倒せなかったフローネを相手にできるわけがないだろう……!
だいたい【聖者】ってなに!?
そんな称号で呼ばれるようになったら、ムフフなことも簡単にできなくなるじゃん!
国で問題が起きれば即座に解決に向かわないと行けなくなるし、束縛されて自由な時間が圧倒的に少なくなる。
俺がこれまで何のために魔法を! 武力を磨いてきたと思っているんだ!
全ては自分の好きなことやりたい放題な快適領主生活を送るため。
その描いていた理想がボロボロと崩れ落ちていく。
「国王様からそんなに信頼を寄せられているなんて……さすがはオウガ君ですね。私の自慢の家族です」
「クックック……そう褒めるな、レイナ」
レイナに頭を撫でられながら、とりあえず態度だけは取り繕う。
落ち着け、落ち着け、オウガ・ヴェレット。
今こそ天才的な頭脳を活用するときだ。
ピンチはチャンス。こういうときこそ逆転の発想をするんだ。
……そうだ。国王様は俺がフローネと戦うために知識として闇属性魔法について学ばせようとしているのだろう。
だったら、その状況を利用してやれば良い。
闇属性魔法をしっかりと学び、今度は俺が闇属性魔法を使う側に回るのだ。
そうすれば多くの人類を洗脳し、ハーレムも増やし放題……! 労働力もこき使いたい放題じゃないか!
確かに俺には魔法適性がない。
だが、これだけ存在を知られていない属性魔法だ。
万が一、億が一の可能性に賭けて試すまでは諦められない。
クックック……楽しくなってきたじゃないか。
……決して現実逃避じゃない。逃避じゃないからな……!!
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