Stage2-32 もう一方の決着
私の魔法は確かにクリス・ラグニカを葬るだけの威力があった。
だが、奴とマシロ・リーチェは無傷のままで立っている。
それも全てこいつらが防いだからだ……!
「フッ、愛息の大切な人を放置しておく訳にはいかないだろう」
「まさか本当にお前の言うとおり、【雷撃】のフローネが凶悪犯だったとはな」
「付いてきてよかっただろう、エンちゃん」
「学生時代のあだ名で呼ぶな、ゴードン! エンジュと呼べ!」
ヴェレット公爵家現当主、ゴードン・ヴェレット。
レベツェンカ公爵家現当主、エンジュ・レベツェンカ。
それぞれ指揮を執る役職は違えど、どちらも昔から魔法で腕を鳴らしてきた奴らだ。
「ちっ……なぜお前たちがいる!?」
「息子から手紙が届いたのさ。まさかラムダーブにいるのがバレているとは」
そう言って、奴が懐から取り出した紙にはこう書かれていた。
『父上。明日、一日だけマシロ・リーチェを見張っておいてください』
「私もたまたまラムダーブ。……いや、あなたに用があって来ていたんです。もしもの事態を考えて、エンジュを引き連れてね」
「我が国の英雄であるフローネ・ミルフォンティを疑うとはついに狂ったと思ったが、どうやら狂ったのはあなたの方だったみたいだ」
「すでに工場の方は押さえた。後はあなた……いや、貴様を捕らえて終わりだ」
「…………」
元聖騎士団総隊長に現役の公爵家当主二人、そこにデュアル・マジックキャスター。
……流石の私も分が悪いか。
ただでさえ老いが来ているこの体に、万が一があってはならないのだ。
「……いいだろう。今日だけは見逃してやる」
「ずいぶんと上からの物言いだ。逃げられると思っているのか?」
「正面衝突を避けたいのは、お前たちも同じだろう?」
ゴードンとエンジュの眼光が鋭くなる。奴らもわかっているのだ。
このまま戦えば互いに浅くない傷を負うことを。その上、確実に勝てる保証もない。
それほどに【雷撃のフローネ】の名は伊達ではないし、その彼女を持ってしても老いた身で四人を相手取るのは分が悪いということだ。
最善手は剣を収める一択。
「……今度会ったときは必ず捕まえる。覚悟をしておけ」
「できるものならやってみるといい。……さて」
私はクリス・ラグニカに守られるようにしている
「また会おう、小娘。必ずお前を奪いに来る」
「……そうはなりません。だって、オウガくんがあなたを倒すから!」
「フッ、ずいぶんと盲信しているようだ。まぁ、いいだろう。その日を楽しみにしているよ」
次こそはあんな不完全な
奴らのにらみつける視線を受けながら、そのまま海の中へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴェレット家には使用人も知らない秘密の部屋がいくつか存在する。
機密情報を外部に漏らさないように管理するために作られたものだ。
代々当主のみが口伝で引き継ぎ、仕事場として使うわけだが今日はその一室に客人を招き入れていた。
「……あとで殺されたりしないだろうな」
「アッハッハ! 面白い冗談を言うね。安心していいとも。私はエンちゃんを信じているからね」
「……今回ばかりは酒の場と言うことで流してやろう」
「寛大な措置に感謝しますよ、レベツェンカ公爵」
そう言って、私は空いている彼のグラスにワインを注ぐ。
彼は眉をひそめたが、気持ちを沈めるかのごとく一気に呷った。
「……わざわざこんなところに呼び出したんだ。顛末を聞かせてもらえるんだろうな」
「もちろん。……誰にも聞かれてはいけない話だ」
なにせ相手が我が国の英雄【雷撃のフローネ】。
私たちもお世話になった相手が重犯罪を犯していたのだから。
しっかりと事前に準備をし、混乱に対する対策を講じてから世間に公表すべきだ。
「そもそも私はお前に急に連れ出されたわけだが……初めからフローネを怪しいと踏んでいたのか?」
「ああ。とある筋からのたれ込みでね」
きっかけは【肉体強化エキス】についてアリバンという男からの情報提供。
彼は己の罪を自白し、【肉体強化エキス】の危険性。これを売りさばいている業者についての情報を教えてくれた。
そして、なぜ悪徳領主と世間には通っている私に相談に来たというと……アリバンを改心させたのが我が息子で、その父親ならば信頼できると思ったからだそうだ。
そこまで説明すると、彼は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……またお前のところのガキか」
「いやぁ、本当に優秀な子供を持って嬉しいよ! エンちゃんも娘の婚約者がこんなに立派で嬉しいだろう!?」
「…………いいからさっさと続けろ」
ハッハッハ。相変わらず素直じゃないねぇ。
「その業者をたどっていくうちに、私は製造元がラムダーブ王国にあることに気づいた。そこで疑問に思ったんだ。国の未来を憂い、人材育成に力を入れている彼女が親交の深いラムダーブ王国で行われている悪事に気づいていないことがあるのだろうか、とね」
「それで私だけ連れて極秘的に潜入を行った訳か」
「ああ。もっともフローネが関わっている確証はなかった。私の仮説に自信を与えてくれたのは」
「…………」
「そう! エンちゃんの言うとおり、私の愛息のオウガだ!」
「何も言ってないだろうが」
「表情が何より語っていたよ」
息子が送ってきた手紙には『父上。明日、一日だけマシロ・リーチェを見張っておいてください』と書かれていた。
このとき、フローネの企みにすでに気づいていたのだろう。
でなければマシロさんの見張りを頼む必要が無い。息子は何らかの理由でマシロさんが狙われていることがわかっていた。
そして、自身はレイナ・ミルフォンティの説得に向かい、見事に成功させて一人の少女を救ってみせた。
思い返せば息子からもらった手紙に『レイナ・ミルフォンティを連れて帰る可能性』についても言及していたな。
この件についてオウガは私たちよりも何倍も先を行っている。
フッ……息子の成長を間近で見られるのはとても喜ばしいことだ。
今度、オウガとも詳しく話を交えなければいけない。
「……ふん。あの結末についてただの親馬鹿だからだと思っていたが、ちゃんと理由があったのだな」
「そうだとも。功労者にはきちんと褒美を与えてあげなければならない。――だから、今回の手柄は全てオウガのものにすることにした」
もちろん理由はそれだけじゃない。私は今後も悪徳領主を演じなければならない。
国のために動いたという褒賞はいらないのだ。
あくまで息子のしたこととシラを切ればまだ猶予がある。
私たちがラムダーブ入りした事実は一部の者しか知らないわけだから今回の事件と私を結びつけるのは無理だろう。
「なにより私たちはフローネを取り逃がすという失態を犯してしまった。あの状況だったとはいえ、これはとんでもないミスだ」
「……ふん。そういうことにしておこうか」
「それにエンちゃんも娘の婚約者に箔が付くのは嬉しいだろう? んん?」
「…………」
「ハハッ。いろんな感情が交ざって、すごい表情になっているよ」
久しく見る友人の様々な表情に気分が良くなって、私もグラスを傾ける。
「……これは戯れ言だと思って聞いてくれていい。……私はオウガはいずれ国のトップに立つ人材だと思っている」
「お前……それはいくらなんでも不敬がすぎるぞ」
「フフッ。誰よりも王族の血を欲しがっていたエンちゃんが言っても説得力がないさ」
「……どこぞの馬の骨に邪魔されたがな」
「あのまま泥船に乗るよりかはマシだったんじゃないか?」
「…………」
私の意見に同意しているからこそ、彼は何も言わない。
ずっと前からアルニア王太子では国は良くならないというのが仕える者たちの総意だ。
カレン・レベツェンカとの婚約破談でアルニア王太子への希望はなくなった。
だからこそ、彼を操り人形にし、権力を掴もうとどの貴族も躍起になっている。
もちろん国王様もそれには気づいて頭を悩ませていたが……そこに現れた救世主的存在。
「今回の一件でオウガの名声は今まで以上に轟く。そして、もしオウガがフローネの討伐に成功したならば……」
「……お前の息子は国を救済する【聖者】となる、か」
「というわけだから、昔みたいに仲良くしようじゃないか。エンジュ・レベツェンカ公爵?」
「……はぁ。昔も今もお前がずっと絡んでくるだけだろうが、ゴードン・ヴェレット公爵」
彼は己の漏らしたため息を打ち消すかのように、私が差し出したグラスに自分のグラスをコツンとぶつけた。
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