Stage2-27 斬華散撃

 奴にレイナを回収させる隙を与えてはいけない。状況によって、先手は俺たちだと決められていた。


「合わせろ、マシロ!」


「任せて! 【氷結の十六矢アイス・アロー】!」


 俺が踏み込むと同時に展開された十六本の氷の矢が上下左右からタイミングをずらして、黒ローブへと放たれる。


『……【火炎の弾丸】』


「炎属性……! 相性最悪っ……!」


 打ち落とされる氷の矢。それでも相殺で済んでいるのはマシロの方が魔力量が勝っているからだろう。


 普通ならば【火炎の弾丸】が彼女まで届いている。


「二対一だぜ! こっちも相手してくれないとな!」


 頭部と腹部へ同時に放つ突き。


 並の魔法使いなら上に気を取られてボディブローに決まるところだが、黒ローブは見事にどちらも受け止めてみせた。


 掴まれたままはマズい。距離を取らないと……!


 前蹴りを放つ。足裏が奴のボディに当たり、双方共に後ろへと吹き飛ぶ。


「ふん、やるじゃないか」


『…………』


 魔法使いとしても才能があり、俺の動きについてこれる運動神経。


 明らかにおかしい。間違いなく肉体になんらかの改造・・を施している。


 優秀な魔法使いの身体能力が魔法の才能に反比例して低くなるのは、歴史が実証済だ。


 目の前のこいつは、その世界が作ったルールを破っている。


「さぁ……次はどう出る……?」


【魔術葬送】を使うならば、ここで必ず仕留めておきたい。


 だが、俺とマシロがいても押し切れる可能性は良くて半分といったところ。


 それぞれの苦手分野を補っているから渡り合えているが、どちらかがノックダウンされたら終わりだ。


 俺たち二人で勝ちきれないならば……取る手段は一つしか無い。


 問題はどこで使うか、だ。


 チラリとレイナがいるであろう部屋を見る。 


 俺と黒ローブからの距離はちょうど同じくらい。なら、先に動く!


『…………』


「つくづく思考が似るやつだ」


 俺と奴の動き出しは同じ。だが、到達するのは向こうの方が先だった。


「どれだけ弄ってるんだ、お前……!」


『…………』


 声による返事はない……が、奴の体からボコッと嫌な音がする。。


 受けたらマズい!


 直感的に受けようとした手を引き、体をずらして躱す。


 からぶった拳は壁に突き刺さり、粉々に破壊していた。


 驚愕の威力に冷や汗をかく。だが、ここで引いているだけでは悪役が廃る。


「大ぶりの後は隙ができるってことを忘れるなよ」


 俺は黒ローブの後ろに回ると、羽交い締めをして動きを封じる。


 うぉぉぉ! 持ってくれよ、俺の筋肉……!


「【疾風の十六矢ウイング・アロー】!」


『【火炎の弾丸】』


 炎と風の魔法がぶつかり合い、爆風が起きる。


 その瞬間、ふわりとこの戦場にふさわしくない香りが漂った。


 あれ……この匂い、どこかで……。


 なぜか無意識に俺の目が彼女・・のいる部屋にいく。


『命のやりとりの最中によそ見か』


「うおっ!?」


 振り向きざまに黒ローブの拳が頬をかすめる。ツーと皮が切れ、血が流れ出した。


 本当にどんな体をしているんだ、こいつは。


「どんな面をしているのか拝ませて貰おうか!」


『……!』


 仮面めがけて掌底を放つが、間に手のひらを挟まれて不発に終わる。


 そのまま互いの両手を掴む展開になり、俺たちは組み合う様相になった。


「どんなバカ力だよ……!」


『こちらの台詞だ……!』


「【氷結の風】!」


『……! 【灼熱の風バーニング・ウインド】!』


「よそ見するなって自分で言ったのを忘れたのか!」


『ぐっ……!』


 マシロの魔法に対抗しようとすれば、相当な魔法を放つ必要がある。


 発動までの隙を逃さす、俺は足払いをしてバランスを崩させた。


 今だ、ここしかない!


 俺はこの状況を打破する存在の名前を叫ぶ。


「――アリスっっっ!!」


「――お待ちしておりました」


 それが当然であるかのように、彼女はほんの少しも音を立てずに窓から施設の中へ入ってきた。


 視界の端に構えていた金色の髪を捉えた俺は飛び込むようにマシロの頭を押さえてしゃがみ込む。


「――【斬華散撃ざんかさんげき】」


 刹那、頭上を斬撃の衝撃波が通り過ぎる。


 その速度は稲妻のごとし。


 アリスの剣から打ち出された斬撃は三方向に分かれた。床を這い、壁を伝い、宙を飛ぶ。


 生きているかのようにうごめく斬撃は黒ローブに迷いを生ませる。


『【火炎の爆弾】……!』


 宙へと撒かれた炎の爆弾だったが、アリスの攻撃はそれでは止まらない。


 対処が遅れた黒ローブに直撃し、奴を吹き飛ばした。


「っ! 【氷結の風】!」 


 切り裂かれた奴の置き土産は爆発した瞬間、マシロの魔法によって氷漬けにされる――が、炎が一面に広がったせいで凍った炎により氷の壁ができてしまい、視界が塞がれてしまう。


「くそっ! 最後に面倒なことしやがって!」


「私は奴を追いかけます」


「頼んだ!」


 アリスならば心配ない。


 彼女は人が楽に通れる穴を氷の壁に作ると、そのまま黒ローブを追いかける。


 俺とマシロは奴が触れていた部屋に突入した。


 そこは教職員が使っていた部屋なのか、荷物が異様に少なく質素だった。


 その端。ベッドにもたれかかるようにして見慣れた桃色髪の少女が横たわっている。


 月明かりに照らされた肌は生気が無いかのように白い。


「「レイナ(さん)!」」


 そばに駆け寄って、そっと体をベッドに寝かせる。


 マシロが口元に顔を近づけて呼吸音を確かめ、俺が手首で脈を測る。


 人生で最も長く感じられる十秒だったと思う。


 顔を見合わせた俺たちの表情からは焦りが抜け、安堵に満ちあふれていた。


「……よかったぁ~」


 ふにゃりと気が抜けたマシロは半分涙目だった。


「どうやら気を失っているだけみたいだな」


「じゃあ、もしかして他の人たちも」


「……ああ、すぐに介抱に行こう。部屋にこもっている生徒たちにも手伝って貰わないとな」


「じゃあ、ボクが声をかけてくるよ!」


「あっ、おい!」


 呼び止める前にマシロは部屋を出て行ってしまった。


 ったく……自分も狙われている身だと自覚してほしいな。


 まぁ、犯人はアリスが追いかけているだろうし、脅威は去ったと考えていいだろう。


「……オウガ、くん……?」


「……! 大丈夫なのか?」


「すみませ……私、迷惑……かけて……」


「気にするな。頼っていいと言っただろう? これくらいまったく問題ない」


「……ふふっ、優しい……すね……」


「喋らなくていい。ゆっくり休め」


 彼女は小さくコクリと頷いて、まぶたを閉じる。


「……本当に無事でよかったよ」


 瞳を閉じている彼女の綺麗な髪に沿って頭をなでる。


「――あっ」


「オウガ様! こちらへ!」


「……わかった。すぐ行く」


 心配する必要がなくなったレイナを置いて、俺を呼ぶアリスの下へ移動する。


 彼女はすでに剣を収め、いつものメイドモードになっていた。


「……あれを」


「……あいつは……」


 アリスが指さす先には悲惨という言葉では言い表せない有様だった。


 ぐしゃりと折り紙のようにひしゃげた肉体。


 ……砕け散った仮面と眼鏡。


 俺たちと戦ったシェルバ・アンセムが黒のローブに身を包まれたまま還らぬ人となっていた。


「それと彼の近くには、これが落ちていました」


「……久しぶりに見たな」


【肉体強化エキス】。アリバンも使っていた一時的に筋力を増強する違法薬。


 なるほど。あの異常なまでの身体能力もこれがあったとすれば全てが納得いく。


 本当になんでもないくらい拍子抜けに、つじつまが合ってしまう・・・・・・


「使用していた魔法の属性も一致します。状況証拠的には彼が犯人で間違いないかと……いかがなさいますか?」


「……そうだな。アリスの言うとおりだと思う。ヴェレット家の使用人として、王国の守衛に伝えにいってくれ」


「かしこまりました」


「……少し待て、アリス」


「はっ、いかがなさいましたか?」


「紙とペンは持っているか?」


「私の普段使いでよろしければ」


「それで構わない。貸してくれ」


 ……これは万が一の保険だ。はっきり言って考えすぎかもしれない。それでも念を打っておくのが一流だろう。


「これも届けてくれ。頼んだぞ」


「……必ずや遂行いたします」


 アリスは一礼すると、今度こそ窓から飛び降りて夜の街を駆けていく。


 俺もまた彼女の手順を真似して、あちこちに飛び乗って、地面まで降りる。


 死体が回収される前に確認したいことがあったから。


 どうか勘違いであってほしい。


 シェルバの死体に近づき、知りたかったことを確かめた。


 そして、確信する。


「……やっぱりか」


 俺の小さな呟きは夜風にかき消されていった。




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 魔法学院の生徒たちを恐怖に陥れた事件はシェルバの嫉妬による暴走として処理され、あっけなく幕を閉じた。


 多数の証言で奴が荒れていた事実が確認され、【肉体強化エキス】に手を出し、感情のままに実行に移したというのが国の見解だ。


 マシロと俺の推測通り、昨晩襲われた中に死者はいなかった。


 しかし、死人に口なし。すでに行方不明になった生徒は守衛による捜索が行われたが見つかることはなかった。


 行方不明者が出てはごまかしが利かない。


 ラムダーブ王国と各魔法学院は共同で声明を発表。


 学院魔術対抗戦は中止となり、応援や観光に来ていた生徒も含め全員に帰還命令が出された。


 代表生徒以外は定期便などで時間がかかるだろうが、マシロたちも船に乗り、すでに出発している頃だろうか。


 一張羅である純白のバトルコートをはためかせながら、歩を進めた。


 影ばかりの暗い道を歩き、やっと光差す場所にでる。


 観客が誰もいない舞台の中央に一人。空を見上げている人物がいた。


「……来てくれたんだな」


「誰もいないからすっぽかされたんじゃないかと思いました。私が呼び出された側なのに。遅刻は感心しませんよ」


「これでも指定の時間より早く着いたんだが……」


「それで大切な話というのは何でしょうか?」


「結論を急くな。その前に一つ、明らかにしておくことがあるだろう――犯人のレイナ・ミルフォンティ」


 そう言うと、黒のローブに身を包んだ彼女は取って貼り付けた気持ちの悪い笑顔を浮かべた。

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