Stage2-26 夜半の襲撃

 時は移ろいで、夜。


 俺とマシロはリッシュバーグの宿泊施設の二階部分を歩いて回っていた。


「今日は何事もなく終わるといいね」


「そうだな。そうなってほしいものだ」


 ここに至るまで様々な話し合いが行われ、学院側は宿泊施設をそのまま利用することに決めた。


 王国内の宿屋を利用する案も出たが、狙いが生徒たちであり分散させるのは守る上でリスクがあること。一般市民にまで迷惑をかけてしまう可能性があったことから生徒たちを固めやすい宿泊施設が選ばれた。


 生徒たちは例えどんなことがあったとしても部屋から出ないように強く言い渡されている。


 宿泊施設は全部で五階建て。各階層を二人一組で回る。


 俺たちが参加するのに反対する声もあったが教師の数が足りておらず、フローネの鶴の一声で生徒会メンバーは例外的に配置されることに。


 レイナや各学院長は切り札として中心部の対策本部で待機。騒動が起き次第、現場に向かう。


 一連の事件について聞いたアリスが参加したそうにうずうずとしていたが、流石にメイドとして雇っているアリスを見回り組に加えるわけにもいかず……。


 彼女にはとある場所で待機してもらっている。


「とりあえず今晩が勝負だ。ここさえ乗り切れば船を出せる」


 万が一、行方不明生徒が戻ってくる可能性も考慮して、出航は明日となった。


 もし生徒たちが誘拐されていたとして、その犯人を捕らえられたなら無事に全員で帰られる。


 行方知れずになった生徒には当然貴族の子たち。


 魔法学院の威信にかけても、このままで終わるわけにはいかないのが本音だろう。


「そうだね。でも、う~ん……」


「どうかしたか?」


「犯人は何が目的なんだろうと思って。身代金ならもう犯行声明を出していてもおかしくないよね」


「……確かにそうだな。もう十分な数の人質は確保しているはず」


 一度、考えると疑問点は他にも湧いてくる。


「わざわざ代表選手を狙う理由も気になるな。金銭目的ならもっと楽なターゲットもこの島にはいる」


 カレンたちのように自費でこの島まで応援にやってきた生徒たちはたくさんいる。


 なのに、代表選手を狙う理由は……。


「……魔法使いとして優秀なことが狙われる条件か……?」


 だとするならば、リッシュバーグで狙われるとすれば……!


 ――そして、そのときは全くの予兆なくやってくる。


「……っ! マシロ、いるな!?」


「うん、大丈夫だよ!」


 俺は即座にマシロのいた位置に腕を伸ばす。確かな感触に安心して、彼女を抱き寄せる。


 このおっぱいは間違いない。マシロだ。


「マシロ。魔法光源ライトをつけてくれるか?」


「う、うん、待ってね」


 彼女はポケットにしまっていた魔法光源ライトを取り出すと、スイッチを押す。


 ちょうど光は俺と彼女を照らし出し、自分たちの距離がとんでもなく近いことに気づいた。


「ご、ごめん、オウガくん。歩きにくいよね。すぐ離れるから……」


「――いや、そのままでいい。しっかり掴まっていろ」


「えっ、わっ、ああぁぁっ!?」


 俺はマシロを抱きかかえると、そのまま彼女がいる一階を目指して走り出す。


 俺の予想が正しければ今回のターゲット候補最有力は二人。


 そのうちの一人であるマシロは無事だった。ならば――


「ぐわぁぁぁぁっ!?」


「オウガくん! 今の声っ!」


「ああ! 下だ……!」


 くそっ、なんでこんな簡単な事に気づかなかったんだ。


 自身へのいらだちをエネルギーに変えながら、アクセルを踏み込む。


 一階にたどり着いた瞬間、マシロが辺りを照らしてくれる。


 すると、ちょうどエントランス付近に見覚えのある男性教師二人が倒れていた。


「おい! 大丈夫か!?」


「先生!」


 俺たちは二人の下まで駆け寄り、傷を確認する。


 いくつかかすり傷はあるものの命に関わる類いはなさそうだ。


「……っっ、き、きみたちは……」


 俺たちの声に反応した一人が目を開ける。


 よかった……意識はあるようだ。


「く……暗くなったところを狙われて……」


「わかったから喋らなくていい。今はゆっくり休め」


「すまない……奴はっ……あっちに……」


 そう言って、彼は俺たちがやってきた方向とは反対側を指さす。


 自分たちを襲った犯人が逃げた方向を教えてくれているのだろう。


 そして、その先にはレイナのいる対策本部がある。


「――っ! マシロ! もう一回だ!」


「うえっ!? う、うん!」


 マシロも狙われる対象である以上、放置するわけにはいかない。


 再び抱えて、対策本部へと飛び込む。


 大丈夫……あそこには歴戦の猛者たちがいる。きっとすでに捕まえているはず。


 自分に言い聞かせながら廊下を走り、扉を蹴飛ばして中に入った。


「レイナ! 大丈夫……!?」


 ライトに照らされた光景に思わず、絶句する。


 バラバラに壊され、傷だらけになった室内。


 フローネ・ミルフォンティを含め、ここにいた全員が倒れ伏していた。 


「オウガくん、生徒会長さんがいない!」


「っ……!? なに……!?」


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 マシロの指摘にハッとしたのもつかの間、今度は宿泊施設から悲鳴が耳をつんざく。


 声の主は生徒か教師か。どちらかはわからないが、レイナを連れ去ろうとしている人物は宿泊施設にいる。


 それだけは間違いなかった。


「くそっ、ここから走っても間に合わないぞ……!」


「オウガくん! 魔法戦でのアレを使おう!」


「……! そうか! ひと思いにやってくれ!」


 彼女の言葉の意図を理解した俺は彼女の肌が傷つかないようにバトルコートを呼び出してかぶせる。


「【爆風噴出ウインド・アッパー】!」


 次の瞬間、俺たちは強烈な勢いで宿泊施設へ向かって飛び上がり、最上階へと到達する。


「っっ!」


 跳び蹴りの応用で窓を割って、中へと入る。


 顔と喉を守るためにカバーした腕を切ったが、これくらいの傷は問題ない。


 そして、顔を上げた瞬間、一室のドアノブに手をかけている黒いローブを着た仮面の不審者と視線が重なった。


 こいつが今回の誘拐事件の犯人……!


「レイナをどこにやった!?」


『…………』


 俺の問いかけに黒ローブの反応はない。それどころか動く素ぶりも見せなかった。


 奴はレイナを抱きかかえていない。


 ……なら、あいつが触れていた扉の向こう。あそこが怪しいな。


『……お前も連れて行こう』


 低くくぐもった声で、黒ローブはマシロを指名する。


 レイナだけに飽き足らずマシロまで連れ去る魂胆か。


「それは欲張りがすぎる話だろ。お前にはどちらも渡さない」


「……オウガくん。こいつが今回の……」


「そうだ。絶対に捕まえるぞ」


 あの学院長たちを倒した相手だ。とてつもない強者だろう。


 おそらく誰も上がってこない気配を鑑みるに教師たちの援軍も期待できない。ここまでに全員やられていると考えるべきだな。


『…………』


 俺たちだけでこいつを相手しないとならないわけか。


 まさに絶望的なシチュエーションだ。


 ……クックック、面白い。


「行けるな、マシロ?」


「もちろんだよ。あなただけは逃がさないんだから」


『…………』


 全員が構えて、静寂が空間を支配する。





◇お知らせ◇


9/8から【悪役御曹司の勘違い聖者生活】のコミカライズがスタートします👏

作画担当は戦上まい子先生で、オウガたちを素敵に描いてくださっています。

電撃レグルス様での連載となりますので、楽しみにお待ちください!


電撃レグルス↓

https://comic-walker.com/regulus/

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