Stage2-25 運命の一日

「いぇ~い! ぶいっ!」


 いちばんの強敵と思えたミソソナ魔法学院を撃破した俺たちを止められるはずがなかった。


 準決勝の相手となったハイウス魔法学院。


 彼らは水属性魔法による波状攻撃を仕掛けてきたが、氷属性を持つマシロの前には相性が悪く完封。


 攻撃手段を封じられたところを俺とレイナによる武力と魔法のごり押しで押し切った。


 ついに全ての部門において準決勝が終了。各地で続く熱狂も最高潮の達しようとしていた。


 だが、それに水を差す報告が各学院になされる。


「……出場選手が行方不明になっている?」


 残すは明日の決勝戦だけだ。万全を期すために今日も俺は肉体をいじめ抜いていた。


 今日のような完全オフの日はそれぞれが自由行動になっている。


 レイナはフローネに呼び出されたので、彼女の下へ。


 トレーニングをする俺に付き合ってくれていたマシロと一緒にいたところ、出かけていたはずのレイナが駆け寄ってくるなり、行方不明事件について切り出してきた。


「それはどういうことだ、レイナ」


「先生に聞いたのですが、他校で数名ずつ生徒が宿泊施設に帰ってこないらしくて……」


「お祭り気分に浮かれて外で羽目を外しているだけじゃないのか?」


「一人、二人ならその可能性もあったでしょうが……。それに一日だけではなく、中には二日、三日も姿を見ていない生徒もいるとなると……」


「なるほど。確かにきな臭いな」


「他校ってことはリッシュバーグからは出ていないんですか?」


「はい。今朝の点呼で我が校には被害がないのが確認できています」


 それが不幸中の幸いか。


 ……正直に言おう。俺にとっては他校の被害はどうでもよかった。


 多少は同情する気持ちはあるが、あくまで他人だ。


 そんな奴らまで救おうとするのは勇者のような善人であって、俺のような悪役の仕事ではない。


 カレンは公爵家所有の船で来ていたな。あのサイズならリッシュバーグの代表生徒を乗せることくらい可能だろう。


 なら、さっさとマシロやレイナたちを連れて、この島からおさらばするとしよう――


「今晩は学院の教師がそれぞれ巡回をすることになっているみたいです。先生の指示をもらった私もそれに参加する予定です」


「――なら、俺も参加しよう。少しでも頭数はあった方がいい」


 それはよくない。非常によろしくない。


 今回、この島にやってきている生徒たちは将来の有望株ばかり。そんな彼ら彼女らを何人も実力者だ。


 もし万が一、レイナが連れ去られでもしろ。


 ここまでの俺の努力が泡になる。確かに巡回も面倒だが、俺にとっていちばん辛いのはこれまでの努力が無になることだ。


 ずっと遊んでいたゲームのデータが故障で消え去ったら虚無になる気持ちと一緒である。


 彼女を説得してもいいが、フローネの指示と言っていた。彼女がこれを破って、こちらに着くかはあまりにもギャンブルだ。


「だったら、ボクも! 悪い奴らはこらしめないと!」


「……わかりました。では、私から先生に伝えておきますね」


 そう言うとレイナは抽選会場の方角へと走り去っていく。


 今はあそこが対策本部となっているのだろう。


 そんな彼女と入れ替わる形でアリスがこちらへとやってくる。


「ただいま戻りました」


「おかえり、アリス。どうだった、ラムダーブの街は。楽しめたか?」


 俺は彼女に休暇を与えていた。


 今日は外出の予定もなく、マシロが付いてくれていたので比較的仕事がなかった日だからだ。


 彼女は俺と一緒にリッシュバーグ魔法学院という箱庭暮らしを敷いている。


 せっかく外に出たのだから、息抜きにと自由に回ってきていいと伝えていた。


 決してマシロと二人でイチャイチャするのに邪魔だったからとかではない。


「はい、とても。私にまで気をかけていただき、ありがとうございます。ところで、オウガ様。こちらを」


 そう言うと彼女は一通の便せんを寄越す。


 それにはヴェレット家の印籠が押されており、すぐに誰から差し出されたのかわかった。


「父上……」


 もう返事を書いてくださったのか。お忙しい身だろうに……。


「アリス」


「では、リーチェ嬢は閲覧をお控えください」


「はーい」


 マシロは両目をアリスによって塞がれる。


 それを確認してから、俺は封を開けた。




『我が最愛なる息子のオウガ


 手紙をありがとう。どうやら楽しい学院生活を送っているようでなによりだ。


 我が領地でもお前の活躍を頻繁に聞いている。次期当主として恥じぬ結果を残しているようだな。


 あのレベツェンカの娘と婚約したときは流石に驚かされた。お前のおかげで軍部とも連携が取りやすくなり、私も助かっている。礼を言っておこう。


 お前が学院魔術対抗戦の代表になれて母さんも喜んでいた。私も嬉しいよ。おめでとう。


 仕事の関係で私は直接応援することは出来ないが、お前の活躍はしっかり見ている・・・・ぞ。


 お友達もどんどん連れてきなさい。お前が見初めた子たちと会うのを楽しみにしている。


 さて、ここからはお前が知りたがっていた情報だ。


 子は父に似ているのか……まさかお前からこの情報が知りたいと言われるとは思っていなかったぞ。


 その二人が邂逅したのは――十二年前。ラムダーブ王国が魔族に襲撃された年だ。


 これがお前の役に立てば幸いだ。読んだ後、この手紙は処分するように』




「やはりか……」


 俺の読みは当たっていた。いや、想像よりも酷かったかもしれない。


 追記された情報を加えて、レイナ・ミルフォンティの過去を想像する。


 彼女はおそらく戦争孤児。行く当てもないところをなまじ魔法の才能があったせいで、フローネに目をつけられた。レイナが生き延びる道もそれしかなかった。


 弟子という名目で拾った幼い彼女に過酷な労働を強いたのだろう。俺たちが入る前の生徒会の状況がそれを物語っている。


 そんな過去があったなら、レイナの表情筋が死んでいるのにも納得がいく。


 つらさしかない日々に彼女は耐えきれず、笑顔を忘れてしまったのだ。


 もう彼女の心は壊れてしまっているのかもしれない。


 俺でさえ教会の子供たちは大人になってから搾取するつもりなのに……。


 フローネ・ミルフォンティ……あいつは俺をも超える邪悪だ。


 初めはレイナの事務能力に目をつけて引き抜こうと思っていた。


 だが、同じ境遇にあった者と知って、彼女に対する気持ちは百八十度変わった。


 必ずレイナをあのブラック企業も顔を真っ青にする親玉から救い出してやらねば……!


「ありがとうございます、父上」


 大切なことに気づかせてくれた父上に感謝を告げる。


「アリス。魔導着火具ライターを」


「どうぞ」


 アリスが魔導着火具を使って灯してくれた火で手紙を燃やす。


 しかし、こんなにも速く返信をくださるとは……まるでラムダーブにいるかのごとき速さだ。


「オウガ君! リーチェさん! こちらへ!」


 俺たちを呼ぶレイナの姿が可哀想に思える。


 対抗戦のオフの日でさえ、フローネに使いっ走りさせられて……。


 ……覚悟を決めた。


 この騒動を収束させた後、俺は彼女に己の気持ちを伝える。







◇暑さと仕事に忙殺されてます_ (:3」∠) _。

 みなさんも熱中症など体調にお気を付けください◇

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